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約束


バッジ争奪戦はルールがほとんどない。相手を殺してはいけない。ほぼそれだけだが、その一つは作戦立てにとても影響があった。銃やナイフはむしろこのルールだと邪魔になる。なので必然的に武器はダメという規制が入る事になる。


バッジを奪うなら、待ち伏せやらだまし討ちやら、何でもありだ。大人数で相手するのもありだ。


バッジ争奪戦は、ほぼこの学校の九割の生徒が参加している。残りの一割には、コウのように勉強や研究がしたい、という者が当てはまる。


つまり、バッジの所持者はこの学校のほとんどの生徒を敵に回すことになる。


バッジを保守し続けてるものはそれだけ強いということなのだ。


テルキもそのうちの一人だ。バッジを狙うアズサと相対しても余裕の表情を浮かべている。狙われるのは慣れているのか、あるいは相手が一年だから余裕なのか、はたまたその両方なのか。


ただ言えることは隙がないのだ。テルキは構えの態勢を解いているが、少しでも目を離したら、勝負がついてしまうことは分った。


アズサは喧嘩慣れしているものの、心理戦には弱かった。しかし、むやみやたらに突っ込んでいっても勝てないと言う事は分る。


(何とか気をそらさないと・・・)


焦る心に一つの案が浮かんだ。


アズサはテルキから目を離さないまま、横に飛んで、落ちていた石ころを掴んだ。そのまま勢いよく投げる。だが、小石5、6個投げたところでそれがどうしたというもの。


テルキはそのまま地を蹴り、アズサに近づくと、回し蹴りを叩き込んだ。


「ぐっ・・・」


思いのほか衝撃が強く、息が詰まった。アズサがまだ立てないでいると、テルキが近づいてきた。


「だから言ったじゃねぇか・・・。立てるか?」


テルキが手を差し出す。アズサも諦めたようで、ありがとうございます、と言ってテルキの手に掴まった。


なんとか、アズサが話せる状態になると、テルキは続ける。


「戦う場所を選ぶことも戦略だ。俺がいつもここにいるのは、さっきみたいに落ちてるもんを利用して戦おうにしても頼るものがないようなところだからだよ。校庭とかだと、砂かけしてくる奴とかいて厄介なんだよな。まぁ、ルール違反なんかじゃねーからとやかく言うつもりもねーけどよ。だからこそ、俺はここにいるんだ」

「でも、ここじゃ逃げづらいんじゃ・・・?」


そう言うと、テルキはきょとんとした。そして、当然のように言う。


「逃げる?何で逃げなきゃなんねーんだよ。勝負なんだから逃げるなんて選択肢ないだろ?」


その答えを聞いたアズサは、改めて先輩達がバッジ争奪戦にかける誇りと熱意を思い知ったのだった。





夜。この学校は全寮制であり、一年男子、一年女子、のように、学年と性別で棟が分かれていた。


そして、アズサとコウは二人で一部屋であった。通常は3人で一部屋なのだが、アズサとコウのところは余ったので、3人部屋を2人で使うという、ちょっとした贅沢をしているのであった。


コウは机で勉強している。広げられた大学ノートにはびっしりと丁寧な字で書き込まれていた。コウの几帳面な性格がうかがえる。


アズサは何をするでもなく、ベッドで寝転がっていた。頭には昼のテルキの言葉が響いていた。


『俺を殺すくらいの覚悟を決めないと、俺だけじゃない、他のバッジ保持者にも勝てねぇぞ』


(正直、そこまで厳しいものだとは思ってなかった・・・相手を殺さないルー

ルールだって聞いてたし、それに、ただの喧嘩だって甘く見ていたのかもしれない)


「コウ、ちょっといいか?」


コウは、勉強の手を止めてアズサを見た。


「どうしたの?随分と元気ないじゃない。なんかあったの?」

「んー、いや、あのさ・・・その・・・」

「どうしたの。はっきり言って」


いまだに踏ん切りがつかなかった。コウの勉強の邪魔にもなるかもしれないと。心の中にとどめておいた方がいいんじゃないかと。


しかし、催促されては言うしかなかった。


「じゃあ、言うよ。・・・俺、バッジ争奪戦、諦めようかな」

「は・・・!?」

「今日、さ。テルキ先輩のとこに行ってきたんだ。バッジを奪いに。でも、お前の覚悟じゃ無理だ、って・・・テルキ先輩は仇討ちのためにあの惑星へ行きたがってるのに、俺はただの好奇心・・・勝てるわけ、ないよな」


今日あったことをすべて、コウに打ち明けた。コウは黙ってそれを聞いていた。

すべて話すと、アズサは何か憑き物が取れたように晴れやかな気分になった。


「まぁ、そういうわけだから。俺も、せっかくこの学校入ったんだし、いろいろ天体のことを研究する道に行こうって思ったわけよ」

「・・・なよ」

「え?」

「ふざけんなよ!!」


コウが怒鳴った。コウがここまで激昂したのは初めてで、アズサはあっけにとられた。


コウが、アズサの胸倉を掴んだ。


「君はそう簡単に夢を諦めるのか!!僕達の約束を、君は忘れたのか!!!」

「約・・・束」


その言葉を聞き、アズサの脳内にある日の出来事がフラッシュバックした。






丘の上にそびえ立つ大木の根元に大穴が開いていた。そこは二人の秘密基地だ。いや、穴が、というより、その大木がと言ったほうが正しいかもしれないが。その大木の枝に腰掛け、小学校1年生の二人は惑星を眺めていた。まだ二人は知り合ってからそんなに経っていなかったのだが、とても仲良くなっていた。


『アズサ君、僕ね。あの星を見つけたラムス博士っていう人のことを研究する人になりたいんだ』

『ふーん。そんなに面白い人なの?』


興味なさげに返したアズサに、気に留めることもなくコウは続ける。


『だってさ、世紀の大発見をした人だよ!?きっと凄い立派な人だったんだよ!』

『そうか~。俺はあの星を探検したい。そして、皆が知らないあの星の秘密を暴いてみせるんだ!』


アズサは手を開いて、空へ伸ばし、それからぐっと空をつかむように握り締めた。


『いい夢じゃないか。僕らの夢、一緒に叶えようね!』

『ああ。約束だ』

『うん!途中で諦めたりとかダメだからね!』


二人は樹の枝に座り、笑っていた。




「あの、ときの・・・」


アズサは、はっとしてコウの顔を見た。コウは泣きそうになりながら、アズサを睨んでいた。


「そうだよ・・・!思い出したか!!君と僕の約束だ!僕はあの約束に何度勇気付けられたかっ・・・!それを、忘れただなんて・・・」


コウは胸倉を掴む手を離した。


「・・・悪かった。俺だって、この約束に何度も助けられたのにな・・・。やっぱり、テルキ先輩が言うように、俺には覚悟が足りなかったらしい」


アズサはばつが悪そうに目を伏せた。コウは涙を腕でぬぐうと、笑顔を見せる。


「思い出してくれて、本当によかった。僕は君がそう簡単に諦めるような奴じゃないと思ってる。君の根性は僕が保障するよ。だから、絶対に夢を叶えてくれ。それともう一つ。君は好奇心のためにあの惑星に憧れているんじゃない。夢のためなんだ。・・・それを、君は忘れないでくれ」


それだけ言い残すと、コウは再び勉強へ戻っていった。


ベッドに一人残されたアズサは無言で襟元を正した。


そして顔を上げたときには、本当に憑き物が取れたような顔をしていた。


「コウ、本当にありがとな。お前のおかげで、諦めずにいられたよ」


コウは机に向かったままだったが、どういたしまして、と一言聞こえてきた。


アズサは、その日は早く眠りについたのだった。


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