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音楽室の少女



次の日の図書室で、アズサはミモリと談笑していた。


「この本、すっごい面白いんだよ~!昨日いっき読みしちゃってさ、テストもあるのにどうしようかと思ったよ~」

「ああ、だから目の下隈あるんですか」

「え゛!?嘘っ!隈できてる!?」


ぺたぺたと目の下を触るミモリにアズサは苦笑する。


「うっすらと、ですけどね」

「いや~、マジか~。そりゃ朝の5時くらいまで読んでりゃ隈の一つや二つできるよね」

「ちょっ、一時間ほどしか寝てないんすか!?」

「いやいや、そっから寝ると絶対遅刻するから今日は貫徹よ」

「お、恐ろしい人だ・・・」


当たり前のように言うミモリに少々呆れながらも、アズサは昨日あった出来事を思い出す。


「あ、そういえば、昨日キョウタ先輩に会ったんですけど、あの人ってほんとに強いんですか?」

「へ?キョウタ君はガチだよ?」

「でも、昨日本人が喧嘩弱いって」

「あー、あの子すごい謙遜するタイプだからねぇ~本気にしちゃダメだよ」


苦笑しながら言うミモリに、アズサはまだ信じられなかった。あのひょろっとした体で喧嘩が強いとは到底思えなかったのだ。


その心を見透かしたようにミモリは話し始める。


「キョウタ君、結構華奢だから大した事無いように思っちゃうのも仕方ないかもね。でも、本当に強いよ?なにせ、君らが入学してくる前、キョウタ君はいつもテルキとギンヤの喧嘩を止めてたんだから」

「そうだったんですか!?」

「うん。そりの合わないギンヤとテルキはバッジ争奪関係なく、いつも手ぇつけられないような喧嘩してたからね。誰かが止めないと校舎が壊れると思いつつも誰も止められなかったのよ。でも、それを止めた人間が一人」

「それがキョウタ先輩だったんですか」

「そのとーり。私もあの子だけは狙わないようにしてたわ」


衝撃的だった。テルキの強さは身をもってわかっているし、ギンヤが手加減をしないというのも話に聞いている。その2人の本気の喧嘩を止めるなんて、そうそうできるものではない。


「なんていうか、すごい人だったんですね、キョウタ先輩」

「あの子を狙おうとかは思っちゃダメだよ?返り討ちに遭うだけだから」


どうやらアズサは考え直さなければならないらしい。やはり相当強かったのだ。


「そう、ですか・・・」


少しへこんでいるアズサに、ミモリはずいっと身を乗り出す。


「あ、そうだ。じゃあ、参考程度に他のメンバーを見に行ってみよっか。誰を狙うかも今から考えてたほうが対策立てられるじゃない?」

「ありがとうございます!ぜひお願いします」

「ふふ、了解。それじゃあ行こっか」


こうしてアズサはミモリのあとに続いて図書室を出た。







連れてこられたのは音楽室。


この学校は音楽はそれほど力を入れてやっているわけではないが、仮にもこの世界の命運を分ける学校だ。それなりの設備はあった。


音質の良いピアノが奏でる音が鼓膜に心地よく響いている。いや、これはピアノの質のせいだけではなかった。奏者の素晴らしい演奏が人々を惹きつけるのだと、音楽に別段興味があるわけでもないアズサも知っている。


「セオリ、邪魔するわよ」


そうミモリが声を掛けると、鳴り続けていたピアノがぴたりとやんだ。


「ミモリさん、いらしてたんですか」


奏者は椅子から腰を上げた。この女性がセオリだろうか。とても物静かな印象

を受ける。そして、その演奏からも、とても落ち着いていて大人びた印象があ

った。黒髪が方目を隠していて少しミステリアスな印象も受けた。


「さすがね、セオリ。素晴らしい演奏だったわ」

「ありがとうございます。・・・そちらの方は?」


セオリがアズサを見つめて言う。アズサは一瞬顔が熱くなった。


「ああ、この子は一年生のアズサ君。バッジ争奪戦に参加してるの。この子が

 あなたに会ってみたいって言い出してさ」

「まぁ、そうでしたか。はじめまして、アズサさん。私は3年B組のセオリと申します。以後お見知りおきを」

「お、俺は1年C組のアズサです。よろしく、お願いします!」


丁寧な所作でお辞儀をするセオリに、アズサもぎこちなく礼をした。その様子にミモリは微笑んだ。


「アズサ君、セオリはこう見えて、近接戦闘が得意でね。一対一の戦いに長けているわ。一人で挑んじゃまず勝てないかもね」


その言葉を聞いて、アズサは改めてセオリを見つめた。どこかのお嬢様のような優雅な物腰。おおよそ、戦いとは無縁な人間に思えた。


「ミモリさん、そんな、私なんかまだまだ強くないです。きっとアズサさんにすぐにバッジを取られてしまいますよ」


アズサは慌てて反論した。


「そっ、そんなこと無いです・・・!セオリ先輩は強いですよ」

「ちょ、あんたセオリの強さ知らないでしょーが」

「ああいや、そうですけど・・・」


ミモリのツッコミに再びアズサは慌てた。その様子に、セオリがクスリ、と笑う。


「お2人とも、仲がよろしいんですね。羨ましいです。私は、人の役に立ちたくてあの惑星を目指しています。・・・この星の命運を分けるあの星をなんとかすれば、お父様も・・・」

「セオリ先輩・・・?」


すこし、セオリの顔に影が落ちた。セオリの様子の変化に、アズサが声を掛ける。すると、セオリはなんでもないというように、微笑んだ。


「アズサさんもきっと何かあの惑星へやるべきことがあってこの争奪戦に臨むのだと思います。アズサさんが争奪戦へ参加するということは私とは敵同士になるということですが、私としてはあなたの目的が達せられる事を願っています。もちろん、私もバッジを取られないように頑張りますけどね」

「あ、ありがとうございます!」

「それじゃ、アズサ君。行きましょうか。邪魔したわね、セオリ」

「いえ。それでは、ミモリさん、アズサさん、またお会いしましょう」

「ありがとうございました、セオリ先輩」


ミモリとアズサは音楽室をあとにした。


「セオリ、いい子だったでしょ」


ミモリが呟くように聞いた。


「ええ。とてもいい人でした」

「・・・惚れちゃった?」

「え・・・?」


唐突なミモリの言葉に、アズサは返事ができなかった。ミモリの顔は茶化しているわけでもなかった。声音も、ただ淡々と質問を紡いでいた。ふざけている雰囲気は微塵も無い。


「セオリに惚れちゃった?あの子と話してるとき、顔赤かったよ」

「そ、れは・・・」

「どうなの?」


絶対に質問に答えなさい、と言外に言うミモリに、アズサはややあって返事を返した。


「惚れて、ないです。だって、敵になるんですから」

「・・・そう。それでいいわ」


ミモリは微笑んで、少し寂しそうな顔をした。


「バッジ争奪戦に参加するってことは私情なしに相手のバッジを奪えなければならない。つまり、セオリに惚れてしまったらその時点でセオリのバッジは奪えない。七つのバッジのうち、一つのバッジを奪えなくなるってことはかなりの痛手よ。それに、バッジを守らなければならなくなっても同じ。相手に同情なりなんなりしてバッジをあっさり渡すなんて情けない事になりかねないわ。少なくとも、バッジ保持者に恋をしたら、あなたの目的は達成できないと思いなさい」

「・・・わかりました」


静寂が流れた。少しして、その静寂を破ったのはミモリだった。


「・・・さぁて、次はカノンのところに行きましょうか」


仕切りなおしだ、というようにミモリはいつもの調子に戻ってアズサに話しかけた。アズサはその切り替えの早さが、逆に恐ろしかった。


アズサの、ミモリの質問に返した答えが、自分の意図するものではなかったのは、アズサの心の奥にしまって、何事もなかったかのように2人は歩き出した。



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