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第九話 エルフの子と その1

遅くなりましたー

 けっきょく、準備にいちばん時間がかかったのは九条だった。


「九条センパイ……荷物すげーっすね」

「ん? そうかな?」


 九条は自分の体を見回す。

 でけーリュックサックにはパンパンに物が詰め込まれ、なんかゴテゴテしたベストまで着込んでいる。

 明らかに荷物が増えたにも関わらず、本人にその自覚はないらしい。


「九条センパイ、そのベストはなんすか?」

「これかい? これは防刃ベストだよ」

「じゃあ、その手に持ってるのは? まさか……本物ってことはないっすよね?」


 俺は九条が右手で担ぐように持っているスナイパー・ライフルを指さす。


「はっはっは、まさか本物なわけないじゃないか。これはモデルガンだよ室生後輩。モ・デ・ル・ガ・ン。……ただ、ちょとだけ改造していて威力は増しているがね」

「デュフフ、九条殿、ベアリング弾を発射できるモデルガンは違法でござるよ」

「なーに、ここは異世界さ。日本の法など通用せん場所だ。問題ないよ西園寺」


 どうやら九条が持ってるモデルガンは違法改造された物らしい。

 日本だったら警察コースだけど、隣には血まみれの女子高生がいるんだ。改造モデルガンより遥かにインパクトがでかいだろう。それにモンスターとか奴隷商とかが普通に生活なさってるこっち(異世界)では、自衛のためにも武装していたほうがいいに決まってる。


(それに……)


 と俺は横目で鳴沢を見る。

 鳴沢はチェーンソーにこびり付いた血と肉片を洗い落とし、ブオンブオンと動作チェックをしていた。


(チェーンソーに比べれば、改造モデルガンなんて可愛い方だろ)


 そんなことを考えていると、制服の袖をぐいぐいとアーシアに引っ張られた。


『タツミ、早く! 早くルーファを助けに行こうよ!』


 俺を見上げるアーシアの頭にポンと手を置き、答える。


『分かってるって。それよりアーシア、その捕まってるルーファって人の場所は分かるのか?』

『うん。ルーファには私の魔力を込めた羽を渡してあるから、どっちの方角にいるかは分かるよ! だからお願い、早く!』

『おっし任せろ。んーじゃ、――』


 俺はアーシアの頭をくしゃりと撫で、九条の方を向く。


「九条センパイ、行きますか?」

「無論だ。エルフを捕えし非道なる奴隷商共に、我々異世界部が正義の鉄槌を下してやるのだ!」


 拳を握りしめる九条。


「ボクもやるよー!」


 チェーンソーを構える鳴沢。


「デュフフ、拙者のヌンチャクが火を噴くでござるよ」


 不敵に笑う西園寺。ヌンチャクは火を噴かないぞ。

 俺の言葉に異世界部の面々が大きく頷いた。





『アーシア、どっちだ?』

『あっち! あっちだよタツミ!』

『りょーかい!』


 俺におんぶされて背中にしがみついてるアーシアが、びしりと森の奥を指さす。

 途中、ゴブリンやオークとも何度か出くわしたが、そのつど鳴沢がチェーンソーを振り回してバラ肉に変えていき、いまのところピンチらしいピンチにはなっていない。

 まあ、しいていえば、体力が限界突破した九条と西園寺が、それでもなお必死の形相でついてきていることぐらいだろうか。

 俺が「センパイらは戻った方がいいんじゃないっすか?」と聞いてみても、九条には「エルフを救うという絶好のシチュエーションを逃せるわけがないだろう!」と怒鳴られ、西園寺には「デュフフ、その奴隷商とやらが獣耳娘を連れている可能性がある限り拙者も同行いたす!」と固辞されてしまった。

ちなみにアーシアに聞いてきたところ、エルフのルーファの他には捕まっている人はいないそうなので、西園寺の努力はまったくのムダなんだけどね。


『もう……ちょっとだと思う』


 目をつむって意識を集中させているアーシアが言う。なんでも自分の魔力とやらを探っているらしい。

 すでに日は傾きはじめ、森は夕日で燃えるように赤く染まっている。あと一時間もしないうちに暗い闇に覆われてしまうだろう。

 アーシアの話では奴隷商は暗くなる前に野営の準備をするらしく、その間はルーファってやつの見張りが少なくなるらしい。助け出すならそのタイミンングが理想的だろう。

 そして――


『いた! あいつらよ!』


 アーシアが指さす先に、火を囲む人影が見えた。

 数は六。他のやつらは食糧や枯れ枝の調達に行っているらしく、姿は見えない。


『おいアーシア。あれがルーファって人か?』


 俺の指さした先で、小柄な女性が木に縄で繋がれている。


『うん。……ルーファ……』


 縛られているとはいえ、ルーファの無事を知ったアーシアの目に涙が浮かぶ。できることならすぐにでも飛び出して助け出したいんだろう。アーシアは悔しそうにきゅっと口を真一文字に結んでいた。


「さてっと、九条センパイ、どーやって助け出します?」


 奴隷商の野営地からは二百メートル。声が届かないとは思うけど念のため小声で話し、顔を寄せ合う。

 日本語なのは西園寺に気を使ったからだ。


「ふむ、そうだね。僕の腕とこのライフルが合わされば、百メートル先からでも当てることができる。僕があの奴隷商たちを引きつけるから、その隙に室生後輩と鳴沢後輩がエルフを救い出すのはどうだろう?」

「いやいや、九条殿。それだと悪漢どもが九条殿に殺到してしまうでござるよ。エルフは救い出せるやも知れぬが、九条殿が死んでしまっては元も子もないでござる」

「た、確かに。うーむ……では室生後輩か鳴沢後輩のどちらかに、僕の護衛についてもらうのはどうだろうか?」

「デュフフ、こちらは手札が少ないでござるからな。強力なアタッカーである鳴沢殿を護衛に回すのはもったいないでござる」

「んじゃー、鳴沢が救出班で、俺が九条センパイの護衛っすか?」


 俺の質問に西園寺がいやいやと首を振る。


「そうではござらん。彼奴らもエルフの見張りは置いていくはずでござるから、縄を切り助け出せたとしても、重い血怨爪チェーンソーを持つ鳴沢殿ではすぐに追いつかれてしまうでござるよ」

「ってことは、助けに行くのは俺ってことっすね?」

「如何にも」


 西園寺はしたり顔で頷く。


「九条殿は遠方から狙撃姿勢のまま待機。室生殿がピンチになったら狙撃して逃走の手助けをするでござるよ」

「分かったよ西園寺」


 九条が親指を突き立てる。

 次に西園寺はリュックサックからトランシーバーを六機取り出し、アーシアを除いた全員に配る。トランシーバーにはマイク付のイヤホンが繋がっていて、ベルトに引っかければ手を使わないで通話できるタイプだった。


「鳴沢殿は――、」


 西園寺は二機のイヤホンを抜き、一機を鳴沢に手渡す。


「これを野営地近くの木にぶら下げてきて欲しいでござる。テープで通話ボタンを押しっぱなしにするのも忘れてはいけないでござるよ」

「これを……ボクが?」

「そうでござる。イヤホンを外した二機は周波数を別にしてあるでござるから、拙者たちの通話に影響はござらん」


 その言葉を聞いてピーンときた俺は、西園寺の意図を理解する。


「なーるほど。西園寺センパイ、“声”であいつらを引きつけるってことっすね?」


 西園寺の笑みが、それが正解であるとを語っていた。


「デュフフ、その通りでござるよ室生殿」

「むう、説明してもらえるかな西園寺?」

「デュフフ、いいでござるよ。では、いまから拙者の考えた作戦の説明をするでござる」

「西園寺先輩はやくーはやくー。あのエルフ助けるんだからー」


 もったいぶる西園寺を鳴沢が急かす。

 

「デュフフ、おっと拙者としたことが、これは失敬失敬。では……まず九条殿は狙撃ポイントで待機。九条殿はポイントについたらシーバーで連絡するでござるよ。次に拙者と鳴沢後輩が囮用のシーバーをそれぞれ別の場所で木にぶら下げるでござる。ぶら下げた後は引き返し、鳴沢殿は室生殿の撤退を援護。拙者は九条殿の護衛をするでござる」


 そこでいったん区切った西園寺が全員の顔を見回し、質問がないか確認する。


「質問はないでござるは? それでは次に、室生殿は他のメンバーの準備ができたらエルフを縛っている縄を切るために近づいていってほしいでござる。限界まで近づいたら報告するでござるよ。拙者が囮用のシーバーで音を出し、彼奴らの注意を引くでござるから」


 西園寺はここでまたいったん区切り、俺にナイフをさし出してきた。このナイフで縄を切れってことだろう。


「うっす。俺が救けにいけばいいんすね?」

「然り」


 西園寺は頷くと、今度は九条に顔を向ける。


「そして九条殿には、囮用のシーバーで釣れなかった者を狙撃してほしいのでござる。できれば目を潰し、追えないようにしてもらえたらベストでござるな」

「なかなか難しい注文をしてくれる…………しかし、だからこそやりがいもある! 近所のやかましい鴉をストレスのはけ口として撃ち倒し磨いた僕の腕を、ついに披露する時がきたようだね! なーに、目だろうと口だろうと、狙いたがわずベアリング弾を撃ち込んでみせるさっ!」

「九条先輩、カラスをいじめるのは犯罪ですよー」


 さらっと犯罪告白した九条にツッコミを入れる鳴沢。しかし九条は「はっはっは、鳴沢後輩、世の中にはバレなきゃいいこともあるのさ!」と軽くいなしていた。


「デュフフ、では各自作戦は理解したでござるな?」


 そう確認する西園寺に九条と鳴沢の二人が頷き、アーシアに作戦を説明した俺と作戦を理解したアーシアが遅れて頷く。


「デフフ、では……作戦開始でござるよ!」


 西園寺の掛け声を聞いた俺たちは、それぞれの役目を果たすために動き出すのだった。

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