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第八話 女の子と…

『ど、奴隷商って……マジか!?』


 驚く俺に、アーシアは涙を拭きながら頷く。


『うん。五日前に捕まって……街に連れていかれるとこだったの……』

『こ、子供なのにか!?』

『歳なんか関係ない。あたしが……有翼人だからって、人族より高く売れるって、だから……』


 アーシアは歯を食いしばり、悔しそうに涙を流している。

 俺はそんなアーシアを刺激しないよう、九条に向かって日本語で話しかけた。


「……せ、センパイ。やべーっすよ、『奴隷』つってますよ? 人身売買っすよこれっ!?」

「落ち着き給え、室生後輩」


 アーシアから聞いた「奴隷」という言葉に狼狽する俺とは対照的に、九条はまるでそれを予想していたかのように落ち着き払っている。


「室生後輩、君は驚くかもしれんが、『奴隷』というものはそう珍しいものでもない。我々の世界でも、例えばアメリカでは十九世紀半ばまで奴隷というものが制度として存在していたし、一部の国ではいまもなお当たり前のように人身売買が行われている。むろん、表立って行われているわけではないがね」

「…………」


 九条の言葉に俺は黙り込んでしまう。日本に住んでると忘れがちだが、世界にはまだ問題を抱えている国も多い。その問題の一つには人身売買もある。

 俺たちの住む世界は、自分たちが思っているほど綺麗にできてはいないのだ。


「それに、だ」


 九条は眼鏡を押し上げると、邪悪な笑みを浮かべ、語り始めた。


「“奴隷”というものは、異世界においていわば“お約束”といっても過言ではないほどの確固たる地位を持った存在なのだよ!」

「…………は?」


 突然わけのわからんことを言い出す九条に、俺の口がポカンと開く。


「奴隷となり未来に希望を見いだせないでいる少女を救い出す! ついでにその少女から『ご主人様』とか言われちゃったり、そこから恋仲に発展しっちゃったり! ……これぞ、異世界に憧れる男子共通の願い!」

「………………」

「まあ、僕はその中でも迷うことなくエルフをチョイスするがね。なーに、多少値が貼っても構うものか。我々の世界の知識や技術を使えば大金を稼ぐことなど容易かろう。ふっ、ちょろいものさ」


 俺が理解できないことを得意げに語り続ける九条。その隣には、いつの間にか復活した西園寺が並び立っていた。


「デュフフフフ……拙者は獣耳の奴隷をこうにゅ――げふんげふん、……“解放”してあげるでござるよ」


 そう言った西園寺は、パンイチのままドヤ顔で九条と共に変なポーズをキメている。

 理解の範疇を大きく超えてしまった二人を呆然と見ていた俺は、救いを求めるかのように鳴沢の方に顔を向けた。


「鳴沢……センパイたち…………なに言ってんだ?」

「人としてサイテーなことを言ってるだけだよ。もう、龍巳は気にしなくていーのっ!」

「わ、分かった」


 なぜか不機嫌な鳴沢は、ゴミを見るような目で九条と西園寺の二人を一瞥したあと、いまだ泣き続けているアーシアの背を優しくさする。


『そっかー、奴隷商から逃げてきたんだね。怖かったよね。でもボクたちがいるからもー大丈夫だよー』

『……グス』

『まー、あれだ。若干一名変態がいるが……アーシア、俺たちはお前を売ったりしないから安心しろ。な?』


 いま思えば、俺たちの姿を見たアーシアの必死さと慌てぶりはただ事ではなかった。たぶん、俺たちを奴隷商の仲間だと勘違いしたのではないだろうか?

 そして俺たちがアーシアと同じ言葉を話せないのを知り、ひとまず奴隷商の仲間ではないと理解してくれたからこそ、“まほー”とやらで言葉を焼き付けてくれたんだと思う。


『よしよーし。もう大丈夫だからねー』

『……ヒック……グスッ……』



 アーシアはなかなか泣き止まなかった。

 十歳だってのに奴隷にされかけていたんだ。その絶望と恐怖は、日本に生まれ育った俺や鳴沢には絶対に理解できない領域だろう。


『しっかし、よく逃げてこれたな。やるじゃん、アーシア。なあ、鳴沢?』

『え? あっ、う、うん! そうだよ、アーシアちゃんすごいよ! よく逃げてこれたねー!』


 俺はアーシアを励ますため明るい声をだし、急に話題をふられた鳴沢もそれに合わせる。

 だが……どうやらこの言葉は地雷だったらしい。その証拠に両目から流れ出る涙の勢いが増してしまった。

 両の目から、涙をとめどなく流し続けるアーシアが口を開く。


『うっ、うぅぅ……あ、あのね。る、ルーファが……ルーファがね。に、逃がしてくれたの。グス、あなたは逃げなさいって、に、逃がしてくれたのぉ……』


 アーシアは激しく肩を震わせ、嗚咽を漏らす。


『……その“るーふぁ”って人は、アーシアちゃんのお友達なのかな?』


 鳴沢の問いにアーシアが首を縦に振る。


『る、ルーファはね、あたしと一緒に旅してくれてて……でも奴隷商アイツらに捕まっちゃって……そ、それなのにルーファは、奴隷商の狙いはエルフの自分だからって、アイツらの隙を見てあたしだけ逃がしてくれたの……』

『なっ!? え、エルフだってっ!?』


 変なポーズをキメたままだった九条が驚きの声を上げると、アーシアの隣に移動しその顔を覗き込む。


『エルフが……エルフが奴隷商に捕まっているというのかいっ!?』

『う、うん。もともとアイツらの狙いはエルフだったみたい。有翼人のあたしは“オマケ”って言ってたから……だから、あたしのこと追ってこなかったんだと思う……』

『むう。……その奴隷商は全部で何人いたか憶えているかね?』

『ちゃんとは数えていない。……でも、人族の男が十人以上はいた……』

『じゅ、十人以上もいたのか……』


 奴隷商の人数を聞いた九条が黙り込む。

 話を聞く限り、アーシアはそのルーファってやつと一緒に奴隷商に捕まっていたらしい。で、アーシア一人だけ逃げ出してきたのだ。そのルーファとやらを置いて。

 一緒に旅をしていたぐらいだ。きっと親しい間柄だったんだろう。だからこそ悔しくて、悲しくて、どうしようもなくて涙が止まらないのだ。


『く、九条先輩! ボクたちで――』

『ダメだ鳴沢後輩!』


 鳴沢が何を言うのか察していたのだろう、しかし九条は鳴沢の言葉を制止し、喋らせない。


『でもっ――』

『いいや、ダメだ鳴沢後輩。そんな危険なこと、僕は許可できない』


 なおも食い下がる鳴沢に対し、九条は首を横に振る。


『鳴沢後輩、君は『エルフを助けよう』と言いたいのだろう? だがダメだ。異世界部の部長として、認めるわけにはいかない』

『どうしてですかっ!? だってこのままだとそのエルフ、奴隷として売られちゃうんですよ? 可哀そうじゃないですか! 九条先輩だって、あんなに『エルフに会いたい』て、ずっと……ずっとずっと言ってたじゃないですか! なのにどうして救けにいかないんですかっ!?』


 怒りを内包した鳴沢の言葉に、アーシアがびくりと細い肩を震わす。


『ならば聞こう、』


 メガネを押し上げた九条が、興奮して鼻息が荒くなっている鳴沢に顔を向ける。


『鳴沢後輩、君に『人を殺す覚悟』はあるかね?』

『……え?』

『人を殺す覚悟だよ。さっきのゴブリンやオークと同じように、チェーンソーで人を切ることができるかね?』

『そ、それは……』

『いいかい鳴沢後輩。エルフを救いに行きたいのは君だけじゃない。僕も同じ気持ちだ。できることなら僕だって救けに行きたいよ! ……だが、我々の住む国とは違い、この異世界でなにかを成そうとするのなら、それ相応の危険が付きまとい、そしてそれ以上の“覚悟”が必要となるんだ』


 九条はいったん区切り、鳴沢の肩に手を置く。


『危険とは、当然命を奪われるリスクだ。そして君の場合だと、もうひとつあるだろう。なにかわかるかい?』


 九条の問いに鳴沢は首を振る。


『僕や西園寺のような男子はまだいいさ。だが鳴沢後輩、君みたいな可愛い女子がもし奴隷商に捕まってしまったらどうなると思うかね? きっとこの世界で奴隷として売られてしまうだろう。 誰かが助けてくれる? 優しい人が主人になってくれる? 馬鹿馬鹿しい。うまく事が運ぶのはマンガやアニメの世界だけだよ。そしてもうひとつの覚悟、だ。確かにチェーンソーは凄い武器だ。この世界ではチートといっていいかも知れないぐらいに。でもね、君はその凄い武器を使い、誰かの命を奪う覚悟があるのかね? ゴブリンやオークとは違う、“人間”を殺す覚悟が、君にはあるのかね?』

『………………』


 ついに鳴沢は完全に黙り込んでしまった。

 九条の言っていることは正論だ。遊び半分でこの異世界に来ている俺たちに、殺す覚悟も殺される覚悟もあるわけがない。

 そもそもからして育ってきた土壌が違うのだ。いかに相手が人身売買しちゃうような悪人とはいえ、法に守られている日本で生まれ育った鳴沢に人を殺せるわけがない。いや、鳴沢だけじゃない。人を躊躇いなく殺せる“向こう側”の人間などそうそういないのだ。

 おれは、「ふむ」と一人思案する。


(まー、鳴沢やセンパイらに命のやり取りなんかできるわけないしな。しかたねー。ここはひとつ、俺がひと肌脱ぎますかっと、その前に――)


 いまだ納得していないのか、不機嫌そうに口を尖らす鳴沢に声をかける。


『鳴沢、九条センパイの言う通りだ。命のやり取りできないお前じゃ救けに行けねーよ』

『龍巳……』


 鳴沢は悔しそうに唇を噛みしめ、爪が喰い込むほど手を握りしめている。

 とその時、西園寺が俺の服の裾を、ちょいちょいと引っ張ってきた。


「室生殿、室生殿、言葉の分からぬ拙者に状況を説明してもらえないでござるか?」

「あ、西園寺センパイ」


 なにやら空気が重くなっているのに一人だけ置いてけぼりだった西園寺が、そう俺に説明を求めてきた。もちろん、まだパンイチのままだ。


「あー、っとっすね。実は――」


 俺は西園寺に説明する。

 アーシアが奴隷商から逃げてきたこと。まだ知り合いが捕まっていること。助けに行こうとした鳴沢を九条が説き伏せたこと。

 それら説明を聞いた西園寺は、「そうで……ござったか……」と重々しく頷いていた。


「――ってことなんすよ西園寺センパイ。そんなわけで、九条センパイの判断でそのエルフってのは助けに行けないんすよ。まー、九条センパイのいう事は正論なんすけどね」

「なるほど。拙者、やっと状況を理解したでござるよ。しかし……室生殿は九条殿を誤解しているでござるよ」

「誤解……っすか?」

「如何にも」


 不思議そうな顔をする俺に西園寺が頷き、続ける。


「九条殿と付き合いの長い拙者だからこそ分かるのでござる。九条殿がエルフを救いに行かないのはもっと別の理由でござるよ」

「……どいうことっすか?」

「なーに、簡単なことでござるよ。九条殿は処女厨でござるからな。奴隷商に捕まり、荒くれ者の男たちにあーんなことやこーんなことをされてしまい『中古』になってしまっては、いかにエルフとはいえ、もう興味がないのでござろう」

「うわー、すげークズっすね」

「さささ、西園寺! ななななな、何をいっているんだい!?」


 その動揺っぷりが、西園寺の言葉が真実であると告げていた。隠された真実に俺のなかで九条の評価が急落していく。たぶん鳴沢のなかでは地中に埋まってんじゃないのか? だって俺の隣では鳴沢がその真実をアーシアにも伝えているし。てか子供になに言ってんだよお前は。

 鳴沢から耳打ちされたアーシアが涙を拭い、顔を上げる。


『それは……たぶんない。アイツら純潔のエルフとそうでないのでは売値が倍も違う、って言ってたから、ルーファは酷いことされてない……はず』

「だ、そーっすよ。センパ――」

「みんなすぐに準備をするんだ! エルフを救けにいくぞッ!!」


 華麗に掌を返した九条はそう叫ぶと、急いで自分の荷物をまとめはじめた。

 呆気に取られた俺と鳴沢が、ジト目で睨み続けていたのは言うまでもない。


「いやー、すがすがしいぐらいクズっすね。センパイ!」

「室生後輩、僕のことは何と言ってくれてもいい。だがっ、だがいまだけはエルフを救う事だけに集中してもらえないだろうか? アーシア君のためにも、そしてぇっ、僕自身のためにっ!」


 遠い目をする九条。その視線の先には、まだ見ぬエルフってやつをバッチリ補足しているんだろう。


「ほら、龍巳も準備して!」


 素早く気持ちを切り替えた鳴沢が俺の背を叩く。

 横では西園寺がやっと服を着はじめていた。


『え? え? ど、どうしたのタツミ?』


 突然慌ただしく動き始めた九条たちを見たアーシアが、不思議そうな顔をして俺を見上げる。

 俺はめんどくさそうに頭をボリボリかきながらその質問に照れくさそうに答えた。


『いまから救けにいくんだよ。お前の――アーシアの友達をな』

『――ッ!』


 俺の言葉を聞いたアーシアは、さっきとは違う涙をポロポロとこぼしていた。

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