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第五話 アーシアの脱走 前編

「い、いまの……は?」

「おそらくは悲鳴……でござるな」

「なんかお、女のひとの悲鳴っぽかったですよっ」


 ひょろ長の言葉に小太りが答え、それを鳴沢が補足する。

 三人が不安そうに顔を見合わせているこの間にも悲鳴は上がり、ついでにドコンドコンという爆発音みたいなものまで一緒になって聞こえ始めてきた。

 爆弾でも投げてるのかは知らないが、『何か』と『何か』が争っているってことぐらい容易に想像がつく。


「センパイ……どーします?」


 俺の問いにひょろ長は少しだけ思案したあと、顔をあげ不敵に笑いながらメガネをくいと指先で押し上げる。


「ふっ、愚問だな室生後輩。……ここが異世界でこの先にどんな危険が待ち受けていようともっ、我々は異世界部として――いやっ! 良識ある一人の人間として女性の悲鳴を聞いておきながら見過ごせるわけがなかろうっ!」

「デュフフ、さすがは九条殿。拙者、九条殿なら必ずやそう言ってくれると信じていたでござるよ。願わくば、悲鳴の主が獣耳であらんことを……」


 おお、助けに行く気まんまんだよこの人たち。

 予想していた答えと反対のことを言った二人に、俺は思わず「ほー」と感心する。

 きっとこの二人のことだから、真っ先に「部室へ戻ろう」と言ってくるに違いないと勝手に思っていたからだ。


「……正直意外でしたよセンパイ方。俺、センパイらのこと舐めてました」


 そのあまりにも男前な横顔と発言に、俺のなかで『ひょろ長』の呼び方が『九条』へ、『小太り』が『西園寺』と、正しい呼名へと昇格を果たす。


「ふっ、気にするな室生後輩。女性を見捨てるなど男のすることじゃない。ただ……僕はそう思っただけにすぎんよ」

「かっけーっすねセンパイ。んじゃー、行きますか!」

「行こうっ、龍巳! ボクも準備おっけーだよー!」


 血まみれのホッケーマスクを被った鳴沢が、どんと俺の背を叩く。


「デュフフ、拙者も準備万端でござる」


 小太り改め西園寺がヌンチャクを肩にかけ、そう続くと、


「よし! では助けに向かうぞ!」


 と九条がメガネを押上げながら気合を入れた。

 俺たち四人はその言葉に大きく頷き、走り出す。

 悲鳴のした、森の奥を目指して。





「なっ、なんだありゃ!? て、天使……か?」

「うっわー、あの子かっわいいなー」


 草木をかき分け、悲鳴のした場所へとたどり着いた俺たちの視界に飛び込んできたのは、直立歩行するブタの集団に囲まれている、背中に翼を生やした幼い少女の姿だった。

 十歳ぐらいの少女は全身泥まみれで、ボロボロのワンピースのような服を着ていてる。

 まるでどこかから逃げてきたかのような姿だった。


「いや、あれは天使ではないよ室生後輩。おそらくあれは……『有翼人』に違いない」

「ゆ、ゆうよく……な、なんすかそれ?」

「翼を生やした人間、みたいなものでござるよ室生殿」

「翼っすか……」


 確かに、少女の背中からは真っ白い鳥の翼のようなものが生えていた。原宿なんかでたまに見かける偽物の翼を生やした不思議さんとは違い、背中のひらけた服からは、肩甲骨辺りの皮膚と翼が完全にくっついているのが見える。

 少女が直立歩行するブタ――確かオークだっけ? 少女はオークに両手を向け、聞いたこともないような言語を叫ぶ。瞬間、少女の掌からサッカーボールぐらいの火の玉が飛び出してきてオークの一体を爆発音と共に炎で包みこんだ。

 さっきからドコンドコン聞こえていた爆発音の正体はこれかだったのか。

 少女の周りには焼け焦げたオークが何体も転がっているが、それでもなおオークの集団が怯む様子はない。


「あの少女は魔法を使えるのかっ!?」

「九条先輩、そんなことよりも早くあの子を助けましょーよぉ! オークにえっちなことされちゃう前にぃ!」


 九条がメガネを押し上げ、冷静に状況を見極めようとするなか、鳴沢はそんなことお構いないしぐいぐいと九条の肩を揺すっている。

 俺たちがこっそりと見守る中、少女は「ぜーはーぜーはー」と荒い呼吸を繰り返したかと思えば、ついにがくりと地面に片膝をついてしまう。

 限界が近いのは誰の目にも明らかだ。


「もうっ」


 頬を膨らませた鳴沢が一人飛び出し、



「そこまでだー、オークどもめぇー! ここからはボクが相手だー!」


 チェーンソーを頭上に掲げ、叫ぶ。


「お兄ちゃんより授かりしボクの魔剣、血怨爪を受けてみろー!」

「鳴沢、お前さっき『聖剣』って言ってなかったか?」

「よーし! 目覚めよ、魔剣!」


 俺の冷静な指摘を華麗にスルーした鳴沢がチェーンソーのエンジンを起動させる。

 とたんにやかましい重低音が辺りに響きわたり、それに気づいたオークたちが一斉に鳴沢の方を振り向いた。まあ、天使な少女から意識を逸らすことには成功したみたいだな。


『ブゥゥヒヒヒィィィィィィ!!』


 突然の乱入者である俺ら――てか、主に鳴沢に向かってオークが牙を剥く。 


「うおぉぉっ! 血怨爪の振動がボクの魂までをも震わせるぅー!」

「震えんのは声だろ」

「い゛く゛ぞ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」


 だから震えてるのはお前の声だよ鳴沢。そう心の中で突っ込みを入れつつ、考えなしにオークの集団へ突進していく鳴沢をフォローすべく追走する。

 オークとやらは、ゴブリンとは違って体のサイズが大きい。ぱっと見俺と身長がそう変わらないが横幅が二回りは違う。たぶん体重は百キロを余裕で超えているだろう。


「こりゃ少しは楽しめそうだな……」


 俺はオークの頑強そうな体躯に僅かな期待を持ちつつ、ペロリと唇を舐める。

 オークの数は十。鳴沢が解体ショーを行うにしても十分俺にも回ってくるに違いない。


「う゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!」


 鳴沢がチェーンソーを水平に振るい、少女の近くにいたオークの首を刎ね飛ばす。

 続いてもう一体。三体目はチェーンソーを木のこん棒で受け止めようとしてそのままこん棒ごと真っ二つになった。

 オークの内一体が正面からは無理だと気づいたのか、鳴沢の背後に回って錆びた剣を振り上げる。鳴沢はそれに気づいていない――が、


「ほいっと」


 俺が剣を振り上げるオークの後ろから、ひざ裏に蹴りを入れる。


『ブヒィッ!?」


 俺に膝かっくん喰らう形になったオークのバランスが崩れ、そのまま後ろに尻もちをつく。


「なるさわー。うしろうしろー」


 俺の声に気づいた鳴沢が、尻もちついたままのオークにチェーンソーを叩きつけた。


「ま゛た゛ま゛た゛ぁ゛!」


 次に鳴沢はチェーンソーを水平に構え、ぐるぐる回りながら次々とオークへ突っ込んでいく。

 範囲内に入った相手を容赦なくミンチに変える、地獄のサイクロンと化した鳴沢はあちこちで血煙の花を咲かせ、後に残るのはブタの細切れ十体分。

 けっきょく、今回の俺の出番は膝かっくんだけだった。





「はぁ、はぁ……」


 荒い息を吐く鳴沢が少女の方を向く。

 鳴沢は少女の無事を確認しているだけなのだろうが、少女からしてみたら、でっけー凶悪な刃物持った血まみれの不審者が自分のことをギロリと睨み付けてきたように感じたに違いない。

 だって、少女は全身をガタガタ震わせながらぺたんと尻もちをついてるし。しかもなんか逃げようと必死に後ずさってるし。

 でも、可哀そうなことに後ずさりは、背後の巨木によって阻まれてしまった。


「もう大丈夫だよー」


 血まみれのホッケーマスクにそう言われても大丈夫じゃない。事実、少女はブタさんたちを解体した鳴沢にビビりにビビりまくり、涙目になりながら近くの石や泥を投げつけている。どうやら『魔法』とやらは打ち止めみたいだな。


「や、やめてよー。ボク敵じゃないよー」


 ならせめてホッケーマスク取れよ。


「ぬう……困ったな。鳴沢後輩のインパクトが強すぎたようだ。我々はあの少女に警戒されてしまっているねぇ」

「言葉が通じないって不便すね」

「まったくだよ室生後輩。君の言う通りさ」


 そう言って肩をすくめる九条。鳴沢はまだ「きゃーきゃー」騒ぎながら少女の投げる泥や石を避けている。重いチェーンソーを持ったままあれだけ避けれるって、なかなか凄いな。

 そこで、いままで静かにしていた西園寺が立ち上がった。なんか知らんがその目には強い意志の光が宿っている。


「九条殿。ここは拙者に任せてもらおうか!」

「おお、なにか策があるのかね西園寺?」

「如何にも。『モンスターに襲われている少女を助ける』デュフフ……拙者、かような状況は既に何度もシュミレーション済みでござる。大船に乗ったつもりで拙者に任せるでござるよ」

「西園寺先輩ったら、やっるー!」


 大船ねぇ……泥船じゃなきゃいんだけど。

 そんな俺の心配をよそに、西園寺はどんと一歩前へ進み出る。

 少女はビクリと身を震わせ西園寺を睨み付けるが、それに構わず優しい笑みを浮かべたままゆっくりと近づいていき…………ばさりと上着を脱ぎ捨てた。


「ちょっ!? え!? は、はぁ!? な、なにやってんすかセンパイ!」

「きゃー!? 西園寺先輩のえっちー!」

「拙者たちは敵ではござらん。敵ではないのでござるよ~」



 突然の行動に驚愕する俺と鳴沢など気にも留めず、西園寺はそう言いながらズボンまでをも後方に脱ぎ捨てる。

 パンイチとなった西園寺は、しかし止まらない。

 身を守る最後の砦となった純白のブリーフに手をかけ、一気に下げおろした。


「怖くない……怖くないでござるよ~」


 そしてついに生まれたままの姿となった西園寺。

 その顔は少女を怯えさせないためか、はたまた服を脱ぎ捨てた解放感からか、慈愛に満ちた笑みを湛えていた。


「く、九条せんぱいっ! あ、あれ! あああ、あの変態止めて下さい! 早く!」

「センパイ……さすがにあれはまずいんじゃないっすかねぇ?」


 鳴沢は顔を赤らめ、俺は西園寺の股間でぷるんぷるんしてる火星人を一瞥してから九条の方を向く。

 顔を向けた先では、なぜが九条が号泣していた。


「か……完璧だ。完璧だよ西園寺。武器を持っていないことを示すために全裸となり、頑なに閉ざされた心の扉をぱっかりと開きかねんほどの愛に満ち満ちた微笑み。ぱ、ぱ、パーフェクツ! パーフェクツだよ西園寺っ!」


 どうやら九条の中では、西園寺の全裸スタイルは最適解らしい。

 正しい回答を導き出した西園寺は「ほ~らほ~ら」と誇らしげに火星人を少女に見せつけながらにじり寄っていく。


「んもうっ。龍巳、あの変態とめてー!」

「あいよ」


 地面に落ちていたヌンチャクを拾い、西園寺めがけて投げる。

 ヌンチャクはぶんぶん回りながら真っ直ぐに西園寺の後頭部へと迫り、


「デュフフ、ほ~らほら。怖くない。怖くな――グホォウッ!!」


 無事命中した。

 西園寺がもんどりうつのと、少女の脳がオーバーヒートして「くぎゅぅぅ」という可愛らしい声と共に気を失うのは同時だった。


「…………先輩、あの女の子気を失っちゃったみたいっすけど、どーします?」

「ふむ。きっと西園寺を見て我々が敵ではないことに気づいて気が緩み、緊張の糸が途切れてしまったのだろう」

「いや、それ絶対に違うと思うっすよ」

「はっはっは、室生後輩、西園寺に手柄を取られたのが悔しいのかな? 安心したまえ、部の成果は部員みんなのものだよ。まあ、取りあえずあの少女をこのままここに置いていくわけにもいかん。室生後輩、運んでくれたまえ」

「え? は、運ぶって……どこにっすか?」

「ふっ、決まっているだろう」


 九条はいつものようにくいとメガネを押し上げ、


「我々の部室へ、だよ」


 と言うのだった。

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