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第四話 異世界の中 後編

横読み推奨です。

『ゴブリン』


 俺は鳴沢が絞り出したその言葉を頭の中で反すうする。

 そうだ。そうだった。

 どっかで見たことあると思ったら、この顔面事故ってる生物は異世界部のファイルに写真が載っていたゴブリンってモンスターだ。

 写真からはサイズが分からなかったが……ゴブリンは身長が小学校低学年の子供ぐらいしかなく、見た感じ体重も四十キロ前後ってとこか。体重が俺より軽いから、少なくとも当たり負けすることだけはなさそうだ。


「さてと、どうすっかな……」


 俺は試しに両腕を上げ、自分が大きく見えるよう広げる。熊とかが威嚇するポーズを真似てみたのだが……さて反応は?

 ゴブリンたちは俺たち四人を……てか、主に俺を見上げたまま動かない。しかし、牙をむき出しにして殺気を放ち、俺に負けじと威嚇し返しているところを見ると、ただ単に跳びかかるタイミングを伺っているだけなのかもしれない。


「えっとぉ……えっとぉ……」


 俺の後ろでは鳴沢がギターケースを開けて、がさごそと中身をあさっている音が聞こえる。できればもっと後ろに下がってほしいところだが、下手に動いてゴブリンの意識が鳴沢に向いても困るしな。頭数、持っている武器、その両方を加味した上でなお俺が負けるとは思えないが、なんせ相手は未知の生物だ。警戒するに越したことはない。


「ぬぅ……ゴブリンでござるな九条殿」

「あ、ああ。ご、ゴブリンだ西園寺。どどどど、どうするかねっ!?」

「ふっ。九条殿、決まっておろう……戦うのでござるよ! 拙者、実はこのような場合に備えて武器を持ってきているのでござる!」

「なっ、なんだってー!?」


 鳴沢のさらに後ろでは、ひょろ長と小太りが楽しそうにコントを繰り広げている。俺はゴブリンから視線を外していないので見えないが、小太りも背負っていたリュックに手を突っ込んで、鳴沢同様なにか探しているみたいだった。


「えっとぉ~、コレを……こうしてぇ~」

「デュフフ、確かこの辺りに……」

「いったいどんな武器を持ってきたんだ西園寺ぃー!」


 マイペースな鳴沢とコントを繰り広げる先輩方に、俺のやる気メーターがもの凄い勢いで減少していく。

 俺のやる気メーターが減少した分だけゴブリンたちは強気になっていき、「ぎゃっぎゃ」と威勢よく騒ぎだす。襲い掛かってくるのも時間の問題だろーなこれ。


「あとはコレを引っ張ってっと……んしょっ! あ、あれ? うまくいかないなぁ。もう一回……」


 なにを引っ張っているんだ鳴沢。


「デュフフ……あったでござるよ」


 なにを見つけんだ小太り。


「な、なにぃぃぃ!? そ、それはッ!!」


 いいから黙れひょろ長。

 自分勝手な三人の声を背中越しに聞いていた俺のやる気メーターがついに限界まで落ち込み、威嚇のために上げていた両手もいまはズボンのポケットにすっぽりと収まってしまった。


「デュフフ、加勢するでござるよ室生殿」


 そう言って、俺より頭一つ分は低い小太りが隣に立つ。横目でちらりと見ると、手には鎖の両端に黒光りする木製の棒が連結されている武器――ヌンチャクが握られている。それを探してたのかよ。


「えーっと、さいおんじ先輩……でしたっけ? 先輩、ヌンチャクなんか使えるんすね」

「デュフフ、拙者、実は幼少のころよりヌンチャクを振るっていたのでござるよ。では…………アチョォォオオッ!!」


 小太りが右手にヌンチャクを持ち、もう一端を右脇に挟む。そして左手の平を前方に突き出して奇声を上げると、ゴブリンが驚いたように一瞬ビクリと震えた。

 このゴブリンというモンスター、顔面事故ってるくせにあんがい小心者なのかもしれないな。

 俺同様、ゴブリンが僅かに怯んだのを見逃さなかった小太りがニヤリと笑う。そして得意げな表情で右手に持つヌンチャクを手首だけで回し始めた。


「ホォォォッ、ワチャァァァッ!」


 とりあえず小太りは「ござる」なのか「あちょー」なのか統一しろよ、とか突っ込みを入れるべきか迷った時、小太りは右手で「ヒュンヒュン」と回して遠心力をつけていたヌンチャクを左手に持ち替えようとして失敗。

ヌンチャクで後頭部を猛打した小太りが、「ごふぅっ」と苦悶の声を残してそのまま崩れ落ちていく。


「さ、西園寺ぃぃぃーッ!」


 親友の死に絶叫するひょろ長。

 もうお前らまとめてどっかいけよ。


「っうんしょ……っと!」


 後ろでは相も変わらず鳴沢がなんかしているが――、


「できたー!」


 そんな鳴沢の喜びの声と共に、周囲に響きわたる重低音。

 後ろから聞こえる、「ドルルルルルッ! ドッドッド――」というやかましいエンジン音に俺はもの凄く嫌な予感を感じ、思わず振り返ってしまう。

 そこには――、


「た゛つ゛み゛ホ゛ク゛も゛た゛た゛か゛う゛ー!」


 両手にでけーチェーンソーを握っている鳴沢がいた。

 しかもご丁寧なことにホッケーマスクまで被っていやがる。ぜひともさっき言われた「映画の見すぎ」って言葉をそのままお返ししたい。


「い゛く゛そ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!」


 チェーンソーの振動で、声まで震えている鳴沢が両手に持つチェンソーを振り上げて先頭のゴブリンへと突進していく。

 ゴブリンは唸るエンジン音にビビッているのか、まったく動かない。


「し゛ね゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!」


 鳴沢はそう叫びながら、なんらためらうことなくチェーンソーを振り下ろす。


 そして……殺戮が始まった。


『グアアァァァァァアアアッ!』


 響く断末魔。飛び散る血しぶき。

 ファーストアタックとなったチェーンソーの一撃は、そのままゴブリンをミンチに変えながら頭から股下まで縦に真っ二つにする。


「ふ゛ん゛ッ゛!」


 チェーンソーを振り下ろした鳴沢は、踏み込んだ右足を支点に逆時計回りに一回転。近くにいたもう一体のゴブリンをこんどは上下に切り分ける。

 途中、ゴブリンの血しぶきが飛んできたが、横で後頭部を押さえ呻いている小太りを掴んで盾にしておいた。

 最後の一匹となったゴブリンは勝てないと悟ったのか、背を向けて一目散に逃げようと走り出す。

 だが、それを見逃すひょろ長ではなかった。

 さっきまであんなにも狼狽えていたひょろ長は、ゴブリンが逃げ出すのを見た瞬間とたんに強気になりはじめる。


「逃すものかっ!」


 ひょろ長は高笑いを上げながら、自分の足元に転がっていた石や木の枝をゴブリンに向けて次々と投げつける。

 偶然にもその投げた棒きれの内一本がゴブリンの足に引っ掛かり、ずべしゃと盛大にすっ転ばせることに成功した。よしとばかりに拳を握りしめたひょろ長が叫ぶ。


「いまだ鳴沢後輩っ!」

「ま゛て゛え゛ぇ゛!」


 逃げるゴブリンに追いついた鳴沢が躊躇なくチェーンソーを振り下ろす。

 ゴブリンは、断末魔の叫びすら上げることができずに肉塊へと変わっていき、後に残るは後頭部を押さえて悶絶している小太りと、得意げに眼鏡を押し上げるひょろ長、ホッケーマスクを被りチェーンソーを握る血まみれの女子高生と、心底家に帰りたいと願う俺のみ。

 こうして、異世界で初めてのモンスターとの戦闘は突っ込みどころ満載であっさりと終わったのだった。





 辺りに血の匂いが充満し、バラバラになったゴブリンのパーツがそこかしこに転がる猟奇的な殺人現場と化したこの場所で、鳴沢はチェーンソーについた血を拭き取りながら「血がべったりだよ~」と不快そうに唇を尖らせ、小太りは右手で後頭部をさすりながら「デュフフ、失敗したでござる」とはにかむ。

 そんななか、俺はというと……


「まったくっ、君にはがっかりだよ室生後輩!」


 なぜかひょろ長に説教されていた。しかも正座で。


「……はぁ、すんません」

「『すみません』じゃすまないんだよ! いいかい室生後輩。僕はねぇ、君が『武道家』と聞いていたからこそ、隊列の重要なポジションでもある先頭を任せ、モンスターとの遭遇に備えていたんだ。それがどうだい? いざ戦いが始まってみれば、戦ったのは僕と西園寺、そして『女性』である鳴沢後輩の三人だけじゃないか。分かるかい? つまり、君を除いた全員が戦っていたんだよ。それなのに室生後輩、君はポケットに手を突っ込んで、ただぼけーっと見ていただけじゃないかっ。君は我々異世界部の一員としての自覚があるのかね? いや、そもそもやる気があるのかね!?」


 ひょろ長は興奮しているのか、メガネをくいくいと何度も押し上げてはツバをばしばし飛ばしてくる。ひょろ長の中では自分も戦ったことになっているそうだから驚きだ。

俺は「最初の方はやる気あったんすけど、後半はまったくありませんした」などと言えるはずもなく、再び謝罪の言葉を口にする。


「はぁ、すんません」

「謝ってすむ問題じゃないんだっ! 理解しているのかい? ここ、異世界での油断は――」


 適当に謝罪の言葉を述べながら、血の匂いが漂ってるから場所変えた方がいいんじゃないかーとか、血の匂いに釣られて肉食な何かが来ちゃうんじゃないかなーとか、そもそもこんな猟奇的な場所にいたくないなーとか、延々と考えていると、やっとこさ説教タイムが終わりが見えてきた。


「――とまあ、長々と言ってしまったが、別に僕は室生後輩に失望したからうるさく言っているわけじゃない。むしろ逆だよ。僕はこれでも室生後輩に期待しているんだ。期待しているからこそこうも強く言ってしまったんだ。そこのところ勘違いしないでくれたまえよ。じゃ、次からは頼むよっ! 期待しているんだからねっ!」

「うーす」


 投げやりな返事だったにもかかわらず、ひょろ長は満足そうに頷くと、小太りと鳴沢の方を向く。


「二人とも、お疲れさま! 特に鳴沢後輩、君は凄い物を持ってきていたものだね。ひょっとしてそれが鳴沢先輩に託された、『戦うためのアイテム』かね?」

「はい! お兄ちゃんから『絶対に必要になる!』って言われたボク専用の武器、聖剣血怨爪(チエンソウ)です!」

「デュフフ、この世界にチェーンソーとは……ある意味チート剣でござるな」

「さすがは鳴沢先輩だ。常に我々の二手三手先を読んでいる……」


 誇らしげにところどころ赤く染まったチェーンソーを掲げる鳴沢に、ひょろ長と小太りが驚嘆の声をあげる。満臣さん……あんた実の妹になんて物持たせてんだよ。

 俺はズボンの汚れを手で払い落としながら立ち上がる。


「んで先輩、このあとどーすんすか?」

「ふむ。そうだな……」

「ボク一回学校に戻りたいでーす。血でべったべただからシャワー浴びたいよぉー」


 俺の質問に鳴沢がそう割り込む。

 確かに鳴沢の全身は返り血で真っ赤に彩られている。シャワーを浴びずに帰ろうものなら、おまわりさんからの職質コースは確実なので俺も賛成だが、こいつはどうやってシャワールームのある更衣室まで行くつもりなのだろうか?

 返り血浴びまくってる事件性たっぷりな新入生とか、先生に見つかったらそっこー指導室行だろ。


「なるほど。鳴沢後輩の意見も一理ある。西園寺は負傷し、僕も足の筋肉がヤバい。鳴沢後輩もこう言っていることだし……ここはいったん部室に引き返そうか」

「やったー!」

「デュフフフ、拙者は異議なしでござる」


 疲労で足がぷるぷる震えているひょろ長の意見に、鳴沢と小太りが追従する。

 まあ、昼飯を食べてない俺としても、学校に戻りたかったので賛成だ。


「うっす。んじゃー戻りますか」


 と、俺が言い、元来た道を戻ろうとした時だった。

 森の奥から悲鳴が上がったのは。

誤字脱字ありましたら教えてくださると嬉しいです。

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