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最終話 シンデレラ・アーシア

『坊主、こっちだ!』


 屋敷から出た俺を、馬車に乗ったグレイブルのおっさんが呼びかける。

 おっさんにはいざという時に備えて、逃走用の馬車を用意しておいてもらったのだ。


『おっさん!』

『早く乗れ』


 急かされ馬車に飛び乗ると、おっさんは周囲を見まわしてから口を開く。


『サイオンジや他の連中はどうした? 捕まったのか?』

『いんや、みんなはアーシアの魔法で転移してった。残ったのは俺だけだよ』

『そうか。じゃあさっさとずらかるぞ。ハァアッ!』


 おっさんが馬に鞭を入れ、馬車が走りだす。

 すでに日は暮れているが、道は魔法の明りを放つ街灯に照らされている。

 そのぼんやりとした明りに照らされた道を進む途中、猛スピードで走るいくつかの馬車とすれ違った。


『ありゃ衛兵連中の馬車だな。やっとお上(役人)が動き出したかよ』


 すれ違った馬車を、横目で見送っていたおっさんが吐き捨てようにして呟く。


『なるほどねー。そんじゃ、万事解決ってことなのかな?』

『エルフが捕まっていた問題に対してはそうだな。だが……今後はエルフの偉いさんとの間で揉めることだろうぜ。なんせ、エルフってのは自尊心プライドの高い奴らばっかだからな』

『揉める……ねぇ。“がいこーもんだい”ってヤツか』

『そうだな。坊主の言う通りだ。ま、お偉いさんにはせいぜい苦労してもらおうじゃねぇか。いままで散々ペトゥグリーのクソ野郎から甘い汁を吸っていたんだからな。領主が交代になろうとも自業自得だろう』

『……後味が悪いねぇ』

『そうでもねぇさ』


 俺の肩をおっさんがバシンと強く叩き、顔を向ける。


『少なくとも坊主たちがエルフを救い出したからな。彼女エルフたちにとっちゃあ、悪夢は終わったんだよ。だからな坊主、ちったぁ自分を誇りな』

『誇る、か。そーゆーもんかね?』

『そうゆうもんさ。坊主は若ぇんだからよ、手前ぇのやり遂げたことをもっと誇るんだな。胸張ってよ』

『……考えとくよ』

『おうさ』


 その後、俺たちは無言のまま馬車に揺られる。

 会話はなかったけれど、不思議とおっさんとの繋がりを強く感じた。





『おおっ! 無事だったか室生後輩!!』

『龍巳!』

『タツミー!』


 合流場所だったトムルックさんの屋敷につくと、俺を見たみんなが駆けよってきた。

 鳴沢が俺に抱き付けば、アーシアが首に飛びついてぐいぐ絞めあげてくる。

 ずいぶん荒っぽい歓迎のしかただけど、まあ、俺が無事で喜んでいるわけだから文句は言えないか。


『デュフフ、無事でござったか室生殿。拙者心配したでござるよ』

『西園寺センパイこそ無事でよかったですよ。ペトゥグリーに捕まった時はどうしようかと思ったんですから』

『デュフフ、それはすまぬことをしたでござるな。しかしながら、結果オーライでござるよ』


 不敵な笑みを浮かべながら、親指を突き立てる西園寺。

 俺は鳴沢とアーシアを引き離しながら、親指を突き立てて応えた。


『西園寺の言う通りだ。ところで室生後輩、ペトゥグリーはどうした? ちゃんと断罪してきたかい?』

『その……それがですね。えっと、なんと言うか……』


 九条の質問に目を泳がせ、必死になって言い訳を考える。

 さてどうしたもんか? 『グルーゼとの戦いに夢中になって存在を忘れてました』なんて言えるはずがない。


『まさか取り逃がしたなんて言わないだろうね?』

『……すんません。護衛のヤツがけっこー強くて、闘っているうちに逃げられちゃいました』

『やれやれ、こんなこともあろうかと、僕が街の衛兵に通報しておいてよかったよ』

『いやー、さすがですね九条センパイ! かっけー!』

『ふっ、理不尽な暴力を受けて通報しまくっていた僕にとっては造作もないことさ』


 と言って得意げにメガネを押し上げるが、さらっと九条の暗い過去暴露されてもリアクションに困る。

 取りあえず、遠い目をして『へー』と曖昧な返事をしておいた。


『ところで九条センパイ、ルーファさんは?』

『ルーファさんは……救出したエルフたちの元にいる』


 言いにくそうに顔をしかめた九条は続ける。


『精神的に弱ってしまったエルフたちを懸命に支えているよ。僕たちも異世界部として手伝いを申し出たのだがね……いまは“人間”である僕たちは近づかな


いほうが彼女たちのためでもある、らしい』

『……そうですか』


 ルーファさんの判断は正しい。

 ペトゥグリーにさんざん酷いことされてきたんだ。人間全てが敵に見えてもおかしくはない。

 九条の言う通り、いまは近づかない方がいいのだろう。

 そう考え、俯いた俺の肩を九条が強く叩いた。


『いって』

『そうしょげるな室生後輩! エルフは我々人間と違って長命だ。心に深い傷を負っていても、時の流れがゆっくりと癒していくだろうさ。だから――』

『だから?』

『いまは僕たち異世界部としての活躍を誇ろうじゃないか! エルフを救い出した自分たちのことをね』


 胸を張った九条はそう言い、笑う。


『……なんか、同じようなことグレイブルのおっさんにも言われました』

『龍巳、だったらそーゆーことなんだよ!』

『おわっ』


 後ろから再び鳴沢が抱き付いてくる。


『ボクたちはがんばったと思うよ。アーちゃんと出会ってさ、そこからルーちゃん助けてさ、そしていま捕まっていたエルフさんたちも助けたんだもん。上出来だよ!』

『そーだぞタツミ』


 鳴沢に触発されたのか、飛びつくタイミングをうかがっていたアーシアが人差し指をピンと立て、腰に手をあてる。


『タツミたちと出会わなきゃ、あたしもルーファも大変なことになってたんだからな。タツミたち“イセカイブ”は、あたしたちの命の恩人なんだよ』


 おすまし顔をしてはいるが、その頬はほんのり赤い。

 照れているんだろう。


『はっはっは。そう褒めないでくれたまえ。まあ、それほどでもあるのだがね。アーシア君もなかなか違いのわかる少女ではないか』

『デュフフ、拙者は己のするべきことをしたまででござるよ。あっ、でも、どうしてもお礼がしたいと申すのなら、拙者に獣耳娘を紹介してくれてもいいでござるよ』


 九条と西園寺が、もっと褒めてくれとばかりに身を震わせている。

 そんな二人を見て、鳴沢が小さく笑った。


『先輩たちったらー。でも、アーちゃんに面と向かって言われると、ちょっと恥ずかしいかな』


 鳴沢がアーシアを抱きしめて『キャーキャー』はしゃいでいる、ちょうど扉が開いてルーファさんが入ってきた。


『ルーファさん……』

『タツミさん、ご無事でしたか』

『この通りピンピンしてるよ』


 言葉とは裏腹に傷だらけの俺を見て、ルーファさんが困ったような顔をする。


『私の同胞のために……すみません』

『ルーファさんが謝ることじゃないでしょ。それに俺は自分の意思を通しただけだ』

『でも……』

『“でも”はなしだルーファさん。みんな無事だった。いまはそれを素直に喜ぼうぜ』

『そうそ。龍巳の言う通りだよアーちゃん!』


 鳴沢がルーファさんの手を取る。

 その上に、アーシアが更に手を重ねた。


『キヨネ……アーシア……』

『笑お、ルーファ。“みんな”ここにいるんだからさっ!』

『そうですよルーファさん! 貴方に暗い顔は似合いません。さあ、笑っ下さい。野に咲く花のように! 夜空に輝く月のように!』

『デュフフ、デュフフフフ!!』


 西園寺、お前じゃない。


『みなさん……ありがとうございます。あなた方は私たちエルフの命の恩人です』

『命の恩人……そんな大そうなもんじゃないよ俺たちは』

『そんなことないよタツミ!』

『アーシア……』


 両手を腰に当て、怒ったように頬を膨らますアーシア。


『タツミたちは命の恩人だよ! オークに襲われていたあたしを助けてくれたもん!』

『私も奴隷商に捕まっていたところを助けてもらいました』


 アーシアの肩に優しく手を置いたルーファさんが言う。


『みなさんは恩人です』

『そうなんだよ! だからね、タツミにキヨネ、それにクジョーとサイオンジもっ!』


 アーシアはくるりと回って俺たち異世界部員、全員を見まわしてからニッコリ笑う。


『ありがとう!』


 その笑顔は無垢ゆえにとても眩しく、とても綺麗だった。

次回で完結ですー

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