第三十三話 とらわれたエルフ
『撃ちもらしたっ。鳴沢後輩頼む!』
『はい! えーい!!』
『鳴沢あんま無茶すんなよー』
『わかってるよ龍巳。このー! このー! 悪者めー!』
エルフが監禁されている部屋を探す俺たちは、見回りの傭兵にあっさりと見つかった。
でもそれは想定済み。肝心なのは、俺たちの存在がペトゥグリーに知られないことだ。
少なくとも、エルフを救出するまでは。
『あ! タツミ、向こうにメイドが走っていくよ!』
『魔法で眠らせるんだ。絶対にいかせるな!』
『うん!』
俺の指示を受けたアーシアが力強く頷き、廊下を全力疾走していたメイドを魔法で眠らせる。
視線を前へと戻す。
九条が自作した笑えない威力を持つ空気銃で向かってくる傭兵を撃ち倒し、動けなくなったヤツや撃ちもらしたヤツを鳴沢がスタンロッドで昏倒させていく。見事な連携プレイだ。
『今のところは……傭兵共が集まってくる様子はないな』
最後のひとりが、鳴沢にスタンロッドでぶん殴られて気を失ったのを確認した九条がそう言う。
『見つけたヤツらはみんなやっつけてますからね。ボクたちが地下で暴れてること、まだ気づかれてないんじゃないですか?』
『そう願いたいものだ。よし、進もうか。ここに見張りの傭兵がいたということは、エルフを監禁している部屋も近くにあるに違いない。急ごう』
九条が小走りで駆け、その後を俺たちが追う。
程なくして、目的の部屋は見つかった。
『いち、にい、さん……センパイ、十人もいますけど、どーします?』
『うーむ。……ちと見張りの数が多いな。どうしたものか……』
廊下の曲り角からそっと覗き込む先には、両開きの扉を守る傭兵たちの姿があった。
しかも十人も。ここまであからさまに『何か守ってます』って主張してくれてんだ。
エルフを監禁するとしたら、ここしかありえない。
『ねーねー九条先輩。ここからアイツら狙えます?』
『そうだな、狙えんこともないが……せいぜい二人だ。三人目を撃つまえに気づかれてしまうだろう』
『そうですか……』
九条から返ってきた質問の答えに、鳴沢が顎に人差し指をあてて「うーん……」と思案顔をする。
たっぷり十秒たったあと、鳴沢はポンと手を叩いて人の悪い笑みを浮かべた。
『じゃあ、ボクちょっと行ってくるねー』
『は? え、ちょっ、鳴沢』
俺が止める間もなく、鳴沢はまるで散歩にでも行くように無造作に、そして無警戒に見張りたちのところへと歩いていく。
『すいませーん』
『なんだお前は!? どこから入った!!』
『ちょっと聞きたいんですけどぉ、お手洗いって、どこにあるんですかー?』
『便所だぁ……? なんだお前、迷ったのか?』
『そーなんですよー』
あまりにも脳天気な鳴沢の物言いに、思わず見張りの連中も脱力してしまう。
『ったく……便所はだなぁ、いまきた通路を戻って突き当りを右だ。旦那の客人だからって、ここらをウロついてんじゃねぇぞ』
『はーい。ありがとーございま――すぅッ!!』
『んがッ!?』
トイレの場所を教えるため、鳴沢から目を離した隙をついて喉元にスタンロッドを叩き込む鳴沢。
次の瞬間、
『九条先輩!』
鳴沢が叫ぶより早く、九条が空気銃で見張りを二人打ち抜く。
そして三人目が撃たれてうずくまるのと、突然の出来事に反応できずにいた見張りのひとりが鳴沢のスタンロッドで昏倒するのはまったく同じタイミングだった。
残り五人。
『無茶しすぎだろ――ってぇの!!』
俺たちが敵であることにやっと気づけた見張りたちが、腰から剣を引き抜く。
素早く距離を詰めた俺は、鳴沢と入れ替わるように立ち位置を変えると、左腕をたたんで正面にいた見張りのみぞおち目がけて肘を突き刺す。
吐しゃ物を撒き散らしながら崩れ落ちる見張りの男には目も向けず、次の標的に向かって拳を走らせる。
最短、最速であごをかすめた拳が男の意識を刈り取ったところで、『ピー』という甲高い音が響き渡った。
『くそ!』
見れば、見張りのひとりが笛を咥え、息の続く限り吹き続けている。
『眠りの雲よ!』
アーシアが立て続けに二人を眠らせ、最後の笛を吹いている男に向かって鳴沢がためらうことなくスタンロッドを振り下ろした。
『まずい! 我々の行動がバレたぞ!』
『んなこと言ったって遅いっすよセンパイ。それより早くこの扉を開けましょう!』
『う、うむ。鳴沢後輩、僕に鍵を!』
『はい!』
鳴沢がメイドから奪った鍵束を九条に渡す。
九条が『違う……これも違うっ』と鍵穴に鍵をさす間、俺とアーシアは見張りの男たちの持ち物をあさった。
見張りの連中が鍵を持っているかもしれないからだ。
残った鳴沢は、
『西園寺先輩ごめんなさい! 見つかっちゃいました、はやく逃げて下さい!!』
シーバーに向かって泣きそうな――いや、むしろ泣きながら西園寺に向かって警告を発した。
『よし! 開いたぞ。……くっ、扉が重い。室生後輩、君はそっちの扉を――』
『んなもん蹴破ればいんですよ! うらぁっ!』
俺の前蹴りを受けた扉が、すっ飛んでいきそうな勢いで開く。
そして、部屋の中を見た鳴沢と九条が、言葉を失う。
『ひ、ひどい……』
『ペトゥグリーめぇ……なんと卑劣な……』
部屋の中には何人ものエルフたちが、ほぼ裸に近い恰好でうずくまっていたのだった。
『………………』
エルフのひとりが、入ってきた俺たちを見る。
その眼は、意思の光を宿していなかった。いったいどれだけ間閉じ込められ、どれだけの間惨い仕打ちを受けていたのか、俺には分からない。ただ、ひとつだけ分かることがある。それは、彼女たちが絶望に沈んでいるということだ。
未来に絶望し、己の境遇に絶望し、未来になにも期待していない。
この部屋に閉じ込められていたエルフたちは、全員がそんな眼をしていた。
『アーちゃん、見ちゃダメだよ』
鳴沢がアーシアの眼を手で覆い隠す。
『鳴沢、お前も見ない方がいい』
そんな鳴沢の眼を、俺が覆い隠す。
『九条センパイ、彼女たちを』
『あ、ああ。わかった』
俺に促された九条が、ひとつ咳払いをしてから顔をあげる。
『皆さん、安心してください。僕たちは貴方たちを助けに来たものです! さあ、早くここから脱出しましょう!』
エルフたちを安心させるように両手を広げ、ぎこちない笑みを浮かべる九条。
だが――
『ほっほっほ。それは困りますなぁ』
その言葉を遮る者が、この場に姿を現した。




