第三十二話 バッキャルド・シティ
『諸君、あと少しで目的地につく。準備はいいな?』
めずらしく真面目な顔をした九条の問いに、俺を含めた異世界部の面々と、ルーファさんとアーシアが頷いて答える。
いま俺たちは、エルフを監禁しているというバッキャルドの街の大商人ペトゥグリーの屋敷へ馬車で向かっていた。
馬車を用意してくれたのは、トムルックさんだ。ちなみにそのトムルックさんは、俺たちとは別に先行する馬車に乗っている。
トムルックさんはペトゥグリーに商談を持ちかけ、直接交渉するべく屋敷へと招かれたのだった。
商談の品はやっぱりというか、西園寺作のエロエログッズだ。そんで俺たちは西園寺のアシスタント件、トムルックさんの小間使いという役で馬車に便乗乗車している。
もちろん“商談”ってのはフェイクで、本来の目的はエルフの救出だ。
作戦は簡単に説明すると、まずトムルックさんと西園寺、アシスタント役のルーファさんがペトゥグリーと商談をし、意識を引きつける。美しいエルフであるルーファさんが目の前にいれば、奴隷商を使ってまでエルフ集めているペトゥグリーも席を離れようとしないはずだ。
そんでその間に俺と鳴沢、アーシアに九条(エルフを救出するために「絶対に行く」と言ってきかなかった)の四人が屋敷の地下に忍び込み、こっそりとエルフを助け出すって作戦だ。
ぶっちゃけ行き当たりばったりな酷い作戦だと思うけど、グレイブルのおっさんが屋敷の見取り図をどこからか入手してくれたからこそできる、強行作戦といえる。
それに、九条が言うには他にもいくつかの手段を用意しているらしいしね。
商談にかかる時間は、およそ二時間。
天才画家として紹介される西園寺が、天才にありがちな奇行っぷりをぞんぶんに発揮して、それだけの時間を稼ぐと約束してくれた。
まあ、もしなんかあってもトムルックさんがうまくフォローしてくれるだろう。トムルックさんだって、百戦錬磨の商人なんだから。
『みなさん、到着しました』
御者台に座るララウが、小声で声をかけてきた。
見習いのララウは前回同様、俺たちを馬車で運んでくれてくれていたのだ。
『デュフフ。みなの者、拙者がしこたま時を稼ぐでござるから、慌てず騒がず、なおかつこっそりとエルフの救出に向かうでござるよ』
『いまは西園寺センパイだけが頼りなんですから、センパイこそ取り乱して怪しまれないで下さいよ』
『デュフフ、安心されよ室生殿。拙者を信じ、大船に乗ったつもりでいるでござるよ』
なんだかやたらヒラヒラした高そうな服(異世界での正装らしい)に着替えた西園寺が、頬肉をぷるんぷるんしながら胸を張る。
てーか、大船? 泥船の間違いだろ。
得意げな西園寺の顔を見るたびに一末の不安がよぎるが、今回の作戦は西園寺に頼らざるを得ない。
ならばここは、西園寺のフォローに回ってくれる、ルーファさんとトムルックさんを信じるほかないな。任せたぜ二人とも。
俺たちはそれぞれ“準備”をしたあと馬車を降り、屋敷の前に立つ。
見ると、トムルックさんはすでに馬車を降りていて、にこやかな笑顔で俺たちを待っていた。
そんなトムルックさんと合流したあと、これから潜入する屋敷を仰ぎ見る。
すんげーでっかい屋敷だった。バッキャルドの街の金持ちばかりがすむ地域でも、ひときわ大きなレンガ造りの屋敷。まるでちょっとしたお城みたいだ。
街中であるながら高い塀に囲まれ、塀の内側を巡回の私兵がウロウロしている。きっと私兵は屋敷の外だけじゃなく、中にもいるんだろう。
そして、俺たちはそいつらの目を掻い潜り、エルフの救出に向かわないといけないのだ。
みんなが無言で屋敷を見ていると、正面のでっけー扉が開き、中から初老のおっさんが出てきて俺たちに一礼する。
『トムルック様、そして天才画家のサイオンジ様。ようこそいらっしゃいました。ささ、主人がお待ちです。どうぞ中へお入りください』
どうやらこのおっちゃんは執事ってやつみたいだな。
けっこーお年を召しているくせに、背筋はピンと伸びていて、立振る舞いは洗練されている。
執事の言葉を聞いたトムルックさんが一歩前に出て、応えるように両手を広げた。
『お招き感謝いたしますぞ! おおそうです、実はささやかながら“お土産”を持ってきているのです。おい、お前たち、アレを持ってきなさい』
トムルックさんの言葉に使用人のフリをした俺と鳴沢、それに九条が返事をし、三人で大きな木箱を持ち上げる。
『この木箱は、私からペトゥグリー様への贈り物でございます』
『それはありがとうございます。主人にも伝えておきます。きっと喜ぶことでしょう。では、そちらの贈り物は私どもの方で――』
『いやいや、この木箱には非常に壊れやすいものが入っておりましてな。私の使用人に直接運ばせましょう』
『ですが――』
『なんのなんの! 気になさらなくて結構ですぞ! もし万が一にも私の贈り物が損傷したりして、そちらの使用人が叱られたとあっては私も心苦しいですからな。どうぞ私の使用人に運ばせてやってくだれ』
『……わかりました。そこの者、客人を宝物庫まで案内しなさい』
ゴリ押しするトムルックさんに言いくるめられた執事が、メイドさんの一人を呼んで鍵束を渡し、俺たちを案内するよう言う。
『お前たち、落とすんじゃないぞ。ではサイオンジ殿、我々もまいりましょう』
『デュフフ、うむ。いざ参るでござる』
執事に連れられた西園寺とルーファさん、それにトムルックさんを見送ったあと、木箱を持った俺たちもメイドさんに促されて屋敷へと入っていった。
『こちらです』
二十歳ぐらいの美人さんなメイドさんに先導され、俺たちは屋敷の地下へと降りていく。
『いま宝物庫をあけますので、少しお待ちください』
『はーい』
鍵束を取り出すメイドさんに鳴沢が答える。
そして、頑丈そうな扉の鍵をあけたメイドさんが振り返り、
『ここに運び込んでください』
と言った瞬間だった。
勢いよく木箱のふたがあいたかと思えば、なかから飛び出してきたアーシアがメイドに向かって魔法を放つ。
『眠りの雲よ』
突如として目の前に現れたアーシアに、非戦闘員であるメイドさんが対応できるわけもなく、
『くきゅう……』
とか可愛らしい声を残して眠りに落ちていった。
メイドさんと木箱を宝物庫に運び込み、しっかりと鍵をかけたあと九条が得意げにメガネを押しあげる。
『ふぅ……。ここまでは作戦通り、といったところか』
『いやー、ボクどきどきしちゃいましたよ。アーちゃんもお疲れ様』
『へっへー。どんなもんだい!』
ドヤ顔っているアーシアのあたまを、鳴沢がよしよしとばかりに撫でる。
九条の立てた作戦。
それは“贈り物”とみせかけて木箱にアーシアを隠し、トムルックさんがなんくせつけては無理やり俺たちに木箱を運ばせて屋敷に侵入する、という力押しの酷いものだった。
鳴沢じゃないけど、内心ドッキドキだった俺もアーシアのファインプレーには素直に賞賛を送りたい。
『聞こえるか西園寺。こちらは無事侵入に成功した。これよりエルフの探索を行う』
九条がシーバーに越しに西園寺に報告を入れる。
いま西園寺は耳にイヤホンをつけているから、九条の声は西園寺にだけ届いているはずだ。
九条がシーバーで報告を入れた数秒の後、西園寺から『デュフフ、デュフフフフ』と返事が返ってきた。
どうやら向こうも順調みたいだな。
『よし諸君、西園寺が時を稼いでいる間に僕たちでエルフを救い出すぞ!』
『『『おー!!』』』
九条の言葉に、残りの全員が拳を突き上げて応えた。




