第三十一話 白い闇を抜けて 後編
西園寺の目論み通り、えっちなお店で働く女たちをモデルにした写真は飛ぶように売れ、ついでにえっちなお店も大繁盛しているそうだ。
もちろん、そのぶん西園寺の懐も潤い、いま俺たち異世界部は非常にリッチであった。
「さて諸君、僕と西園寺の頑張りの甲斐あり、我々異世界部が掲げた“カネを稼ぐ”というミッションは無事達成できた」
カネを稼いだ功績に、さりげなく自分も加えている九条が眼鏡を押しあげながら不敵に笑う。
いま俺たちは旧校舎にある部室にいた。
ここにいるメンツは、九条を筆頭に鳴沢と俺と西園寺を含む四人だけ。
ルーファさんとアーシアはがこの場にいないのは、ここが俺たちの世界ってことだけじゃなく、今後の異世界部の方針を決めるためでもある。
ホントはふたりもここにいたほうがいいと思うんだけど、それをしないのにはちゃんとした訳があった。
ルーファさんがいると、九条がへんにカッコつけたり見栄を張ろうとしてめんどくさくなるから、鳴沢と相談して今回は呼ばないことにしたのだ。
まあ、そのことに九条はやや不満そうだったけどね。
「デュフフ、拙者たちはいまや大金持ちでござるよ。そろそろ拠点となる屋敷を購入し、獣耳のメイドを雇うことを提案するでござる」
西園寺にしては珍しく、強くそう主張する。
「わかっているよ西園寺。僕も君の提案には賛成だ。しかし、その前に我々にはやること――いや、やらねばならないことがあるんだ!」
「『やらねばならないこと』……それなんですか九条先輩?」
「わからないのかい鳴沢後輩? 君らしくもない」
「ぶー、ボクには九条先輩と西園寺先輩の考えてることなんか知らないし、知りたくもないですよー」
「デュフフ、これは一本取られたでござるなぁ……」
「ねーねー龍巳、龍巳はわかる?」
肩をすくめて首を振る九条と「デュフデュフ」笑う西園寺のふたりに対し、頬を膨らました鳴沢が俺に顔を向ける。
「室生後輩、君は……君なら、わかるよね?」
試すようにそう聞いてくる九条。
俺はそんな九条に拳を鳴らしながら笑みを返すと、口を開く。
「そんなの決まってるじゃないですか。ルーファさんをさらった連中の親玉をぶっ飛ばしにいくんですよ」
俺の答えを聞いた九条は満足そうに頷き、一方の鳴沢は小さく口を開けて「あっ……」と声を出した。
どうやら鳴沢はここ数日に起きたいろいろなことで、悪者の親玉のことをすっかり忘れていたらしい。
まあ、物事をあんまり深く考えない鳴沢らしいっちゃらしいけど。
「その通りだ室生後輩」
そう言った九条は部室にある黒板のとこに歩いて行きチョークを握ると、『第二回異世界部会議』と書きなぐった。
そしてバンと強く黒板を叩くと、声高らかに宣言する。
「ではこれより、第二回異世界部会議を行うっ!」
「デュフフ……」
「はーい」
「うーっす」
「よーし。ではここまでの状況を整理しよう。まず――」
九条が黒板にチョークを走らせていく。
部室から異世界に繋がっているイクセティア王国のこと。
そのイクセティア王国にある街、バッキャルドでエロの力を使ってカネを稼いだこと。
西園寺がさらわれ、救出し、ついでになんか裏世界のひとたちとお近づきになったこと。
などなど、そこには異世界部のこれまでの活動内容が簡潔にまとめられていた。
「とまあ、ここまではいいかい?」
九条の問いに、俺たち三人は頷いて肯定する。
「では次に我々異世界部がやらねばならないことはなにか? そう。室生後輩が答えたようにバッキャルドにいる悪漢、ペトゥグリーめに裁きの鉄槌を下さね
ばならぬのだっ! ……具体的には室生後輩が弱らせたところで僕がとどめをさす。ルーファさんの目の前で、この僕がね」
とドヤ顔で言ってのける九条に、鳴沢が「うわぁ~」とドン引きするなか、俺はハイとばかりに手をあげる。
「九条センパイ。ちょっといいですか?」
「ん? なんだい室生後輩。先に言っておくが、室生後輩が卑劣なるペトゥグリーを痛めつけるのは決定事項だ。君に拒否権はない」
「いや、悪者をぶっ飛ばすのは大賛成なんですけどね。問題はそこじゃなくて……どーやってそのペテなんとかをぶっ飛ばしに行くんですか? 俺たちはペテなんとかの居場所も知らないわけじゃないですか」
「ふっ、なにかと思えばそんなことか。この僕が無計画に事を進めると思うかい? ちゃんと下調べはすんでいるよ。なあ西園寺?」
「デュフフ、左様でござる」
西園寺は立ち上がると、九条と同じように黒板の前に立つ。
「拙者と九条殿はコネを最大限に活かし、ペトゥグリーの情報を集めていたのでござるよ」
「じょーほーを集めるって……そんなこといつやってたんですか、西園寺先輩?」
鳴沢が小首を傾げながらそう質問をすると、西園寺は小太りな体を揺すりながら話はじめた。
「デュフフ、拙者と九条殿が貴族たちの開く宴に参加していたのは知っておろう? 拙者は貴族たちと交流を深める傍ら、ちゃーんとペトゥグリーの情報も集めていたのでござるよ」
「え!? そうだったんですか? 俺てっきり西園寺センパイも九条センパイもどんちゃん騒ぎしているだけだと思ってましたよ」
「失敬だな室生後輩! 僕と西園寺はルーファさんのために、そしてすべてのエルフがこの街で安心して暮らせるよう頑張っていたというのにっ、君は先輩である僕たちをなんだと思っていたんだい?」
「えっと……そりゃあ――」
「そんなのは『ダメダメな先輩』に決まってるじゃないですか。ねー、龍巳?」
俺が言い淀んでいたことを、鳴沢はなんら躊躇うことなくずっぱっと言ってのける。
そりゃまだ付き合いは短いけれど、センパイたちとは部活を通して非常に濃い時間を過ごしてきたんだ。
センパイたちがどんな人間かなんて、もうわかりきっている。
「鳴沢後輩……な、なんてことを……なんてことを言うんだ! この僕は、部長として異世界部の念願でもあったエルフにだねぇ――」
「先輩たちが内緒にしてること、ボク知ってますよ」
顔を真っ赤にしていた九条の口が止まる。
「なんかねー、街のひとたちが西園寺先輩のことを称えてたんですよねー。『天才画家だー!』って。なんか九条先輩もアシスタントしているらしいじゃないですか」
「デュフ、それほどでもあるでござるよ」
「…………」
照れる西園寺に黙り込む九条。
「ルーちゃんに言ったちゃおうかなー」
「…………」
「どーしよっかなー」
大きく伸びをしながらチラリチラチと九条を見る鳴沢。
その顔には人の悪い笑みが浮かんでいた。
しかしまあ、センパイたちがちゃんと情報を集めていたのには正直驚いたな。
まず間違いなく、ルーファさんにいいところを見せようって不純な動機からだろうけど、悪者をぶっ飛ばせるなら俺はそれでも構わない。
「あんまイジメてやるなよ鳴沢」
「えー。ボク、いじめなんてしてないよ」
「じゃあなんで笑ってんだよ。ったく……九条センパイ、センパイたちがペテなんとかのことを調べていたのは分かりました。それで……居場所はわかったんですか?」
「もちろんだよ、室生後輩。奴の居場所は掴んである。あとは決行日をいつにするかだ」
「そんなのいますぐ行ってぶっ飛ばしてくればいいじゃないですか?」
「デュフフ、待つでござるよ室生殿。拙者がグレイブル殿から聞いた話では、ペトゥグリーはあくどく稼いでいるらしく敵が多いとか」
そこでいったん区切った西園寺は、全員を見まわしてから続ける。
「そして、その敵から身を守るために国中の腕利きを集め、およそ二百人の私設軍隊を作ったそうでござる」
「なんだって? 大商人とはいえ、自分の軍隊を持っているのかい!? ……その話は事実なのかい西園寺?」
「然り。個人的な恨みを持っているらしいグレイブル殿は、そのせいで手を出せない、と悔しがっていたでござるよ」
「なんてことだ……」
西園寺の話を聞いた九条がうなだれる。
相手の人数がそこまで多いとは思っていなかっただからだろう。俺だってそうだ。まさか二百人もいるなんて考えてもみなかった。
「そんなに兵隊さん集めてなにする気なんですかね? いくらなんでも多すぎませんか? ちょっとおかしいですよ!」
そう言ったのは鳴沢。
鳴沢は腕を組みながら頬を膨らませている。
「そうでござる。鳴沢殿の言うように明らかにおかしいのでござるよ。ペトゥグリーは隊商の護衛という名目で人を集めていたそうでござる。しかし、実際はその多くが屋敷の警備にあたっているそうでござる」
「自分の身を守るためなんじゃないんですかね? 金持ちらしーし」
「グレイブル殿の話では、名のある戦士が常にペトゥグリーの護衛についているそうでござる」
「名のある戦士……ねぇ」
腕利きがいると聞いて、俺の胸が僅かに高鳴る。
「なんでも一騎当千の猛者だとか。グレイブル殿の話では、護衛はその男がひとりいれば十分。それなのに警備のためさらに二百人もの戦士を雇い入れるのはおかしすぎるそうでござる」
「はいはーい! おカネとか宝石を盗まれないようにするためなんじゃないんですか?」
「それだったら宝物庫を守ればいいだけでござる。そっちの方が人数も削減でき、コストも抑えられるはずでござるからなぁ」
手をあげて意見を述べた鳴沢の考えを、西園寺は首を振って否定する。
「じゃあどういうことなんですかね? というか西園寺センパイ……なーんか思い当たってるんじゃないんですか?」
「デュフフ、バレたでござるか?」
「本当かい西園寺? 僕たちにも聞かせてくれたまえ!」
「心得たでござるよ九条殿」
頷いた西園寺は、ひとつ咳払いをしてから顔をあげる。
「デュフフ、まず最初に断っておくでござるが、これはあくまでも拙者個人の予想でござるから、外れても責任は持てないでござるよ」
西園寺の言葉に、全員が真剣な表情で頷く。
「ペトゥグリーはルーファ殿……つまりはエルフを探していた。それも奴隷商を使ってまで、でござる。ルーファ殿は拙者たち異世界部の活躍もあって救出することができたでござるが、ペトゥグリーの命令を受けていた奴隷商があいつ等だけとは限らないでござる」
「……他にもいた、ってことですか西園寺先輩?」
「そう考える方が自然でござる。グレイブル殿も幾人もの奴隷商人が、“何か”を積んだ荷馬車と一緒にペトゥグリーの屋敷に入るのを確認しているそうでござる。そのうえ、裏の世界ではペトゥグリーがエルフの奴隷を探していることは有名であるとか。となると、おそらくはだいぶ前からエルフを自分の屋敷に監禁していたのでござろう。エルフを奴隷にするのは御法度であるらしいでござるから、それを隠すために……」
「異常といえるほどの人数を雇い入れ、警備に力を入れていた、というわけか西園寺?」
言葉を九条が引き継ぐと、西園寺は小さく頷いて肯定する。
「九条殿の言う通りでござるよ。ペトゥグリーはイクセティア王国の大商人。敵も多いでござろうが、正面切って戦いを挑む者がいるとは思えないのでござるよ。つまり警備の者たちは外に対してではなく、おそらくは内。エルフが逃げ出さないように、そして逃げ出してもすぐ捕まえられるように多くの者を警備と称して雇い入れていたと、拙者は考えるでござる。エルフに対する“見張り”として。なんせ、ルーファ殿を見れば分かるように、精霊魔法を使えるエルフは敵に回すと厄介な相手でござるからな。そのための人数でござろう」
「な……なんてことだ……」
「そんな……酷い……」
鳴沢と九条が同じタイミングで言う。
九条は呆然と、鳴沢は口を手で覆いながら。
「西園寺センパイ! だったらすぐに乗り込みましょうよ! エルフたちを助けにっ!」
「室生殿、室生殿の怒りは拙者もわかるでござる。しかしながら、今しばらく待つでござる」
「どーしてですかっ!?」
「この救出作戦にミスは許されないでござる。拙者たち異世界部のみならず、エルフたちの命もかかっているゆえ」
「くっ……」
顔に悔しさを滲ませる俺を見た西園寺は、「デュフフ」と笑って表情を緩める。
「だから万全を期するでござるよ。すでにエルフ救出作戦にグレイブル殿とトムルック殿の協力は取りつけたでござる」
「なんだって? 本当か西園寺?」
「デュフ、如何にも。グレイブル殿は私怨ゆえ、トムルック殿はペトゥグリーを追い落とすために、喜んで協力を申し出てくれたでござる」
「ホントですか西園寺先輩!? じゃあ……」
期待に満ちた眼差しを向ける九条と鳴沢、そして俺。
西園寺はそんな俺たちに向かって、大仰に頷く。
「拙者たち異世界部の力と、異世界で得たありとあらゆるコネを使って救けにいくでござるよ。エルフたちをっ!!」




