第ニ十九話 異世界部の出撃 その7
おっさんの命令を受けて男たちは、こっちを威圧するように肩をいななかせながらゆっくりと歩いてくる。
ガキばかりの俺たちを舐めているのだろう。顔を見ればわかる。
んじゃま、まずはその顔色を変えてやりますか……ね!
「フッ」
無造作に近づく男の一人が間合いに入った瞬間、俺は小さく息を吐くと同時に大きく踏み込んで掌底を放つ。
俺の動きに反応できなかった男の鳩尾に掌底がねじ込まれ、横隔膜を麻痺させられた男は白目を剥いて崩れ落ちた。
『な!?』
右の男が目を丸くするが、その僅かにできた隙を鳴沢は見逃さなかった。
『えーい!』
自分に向かって振り下ろされたスタンロッドを、男は“むき出しの腕”で防ごうと試みる。
となると、
『あぐあッッ――!?』
当たり前のようにスタンロッドから流し込まれた高圧電流を受け、体を硬直させてしまった。
『いまだよアーちゃん! やっちゃって!』
『うん! 〈眠りの雲よ〉!!』
スタンロッドからの眠りの魔法の見事な連携プレイ。
鳴沢とアーシアのコンボを喰らった男は、どうと頭から倒れていき、そのまま深い眠りへと落ちていく。
『見事だ三人ともっ!』
後ろから九条が声援を送ってくる。
数秒でふたり倒せたからか、心に余裕が生まれてきたんだろう。
対する男たちはやっとこそさ俺たちが危険な相手だと理解したのか、腰に下げていた剣を抜き放ち、切っ先を向けてくた。
『調子にのるなよ小僧がぁっ!』
『だったらのらせてんじゃねーよ』
男が剣を振り上げたその瞬間、男たちの後ろに控えていたボスっぽい白髪のおっさんが突如、怒鳴り声をあげた。
『馬鹿野郎がっ!! なにガキ相手に光もん出してんだ!』
『し、しかしボス……』
『もういい! 止めだ止め! お前ら下がれ』
『……へ、へい』
ボスに怒られた男たちが無言で武器をしまい、言われた通りすごすごと後ろへ下がってく。
『ったく……おう、坊主ども、手前らなかなかやるじゃねぇか』
『へっ、おっさんの手下が使えねーだけだろ。んで、どーすんだ? 次はおっさんが俺の相手をしてくれんのか?』
『おれがか? ふっ、馬鹿を言え。おれはどっちが強いだとか、そんなくだらねぇもんに興味はねぇんだよ』
『へぇ……んじゃどう決着つけるつもりなんだ?』
『この喧嘩は坊主どもの勝ちだ。おれを殴りたきゃ殴れ。詫び料が欲しいならくれてやる。好きにするといいさ』
そう言うとおっさんは、顔に自虐的な笑みを浮かべた。
つられた俺もニヤリと笑う。
『おっさん、あんたなかなか面白いこと言うじゃん。んじゃー、俺がおっさんをぶっ飛ばしても文句はないってこったな?』
『おう! 好きにしろ!』
おっさんは両手を広げて顔を突き出してくる。
その目は本気そのもの。どうやらこのおっさんは本気で殴られても構わないと思っているらしい。
『た、龍巳……どーするの?』
『なー、どーっすかなー』
小声でそう聞いてくる鳴沢に、俺は頭をボリボリかきながら首をひねる。
いくら悪いヤツとはいえ、無抵抗の相手を殴るのは気が引ける。
悪党は悪党らしく、武器をふりかざして襲い掛かってきてくれれば考えなくて楽なんだけどな。
このおっさんはどーも俺が嫌いなタイプの悪者“らしく”ない。いや、悪党は悪党なんだろーけど。
なんていうか、心に一本のぶっとい芯がある感じだ。自分の信念だけは死んでも通す気概が感じられる。
『室生後輩、君が殴らないなら僕が殴ろう! そこをどきたまえっ、僕の親友西園寺のを攫った報い……いまこそ受けさせてくれるっ!』
一方で異世界部の部長様は、無抵抗の相手にならどこまでの強気に出れるクズの鑑のような男だ。
鼻息荒く拳を握り、体をわななかせている。
『九条先輩でしゃばらないでください!』
『クジョー空気読めよなぁー』
『クジョーさん、どうか落ち着いて下さい』
『ぐぬぅ……』
そんな九条を女子たち三人が黙らせ、奥へと下がらせる。
代わりに、西園寺が自ら前へと進み出てきた。
『室生殿、すまぬが拙者に任せてもらってもよいでござるかな?』
『西園寺センパイ……まあ、センパイが当事者っすからね。俺は別に構わないっすよ。なあ、鳴沢?』
『うん! 西園寺先輩がこいつらに酷いことされたんだから、西園寺先輩が好きにしていいとボクも思います』
『感謝するでござるよ二人とも。では……グレイブル殿、』
西園寺は俺と鳴沢に小さく頭を下げたあと、おっさんに向きなおる。
たぶん、“グレイブル”ってのがおっさんの名前なんだろう。
『おう。なんでぇサイオンジ』
『先ほどの話でござるがな、拙者としては……やはりお断りさせてもらうでござるよ』
『だろうな。目の前の金をみすみす諦める奴なんざ、そうはいねぇからなぁ。手前は間違っちゃいねぇ』
『……すまぬ……すまぬ……』
ふたりがなんの話しているのかまったく分からない。
両隣では、アーシアと鳴沢のふたりも首を傾げている。
後ろにいるルーファさんなんかも、怪訝な顔をしたまま話の続きを待っていた。
『西園寺、すまないが話が見えない。僕たちにもわかるよう説明してもらえないかな?』
『心得たでござるよ九条殿』
西園寺は一度咳払いしてから、俺たちに向かって説明をはじめた。
『怪しげな男たちに縛り上げられた拙者は、この部屋まで連れて来られたのでござる』
そこでいったん区切ると、西園寺は自分が縛り付けれられていた椅子を見て、思い返すように続ける。
『なんてことだ。どうしよう。このままでは拙者の体が弄ばれてしまう。エロ同人みたいに。そう焦る拙者の前にあらわれたのが、そこにいる男性、グレイブル殿だったのでござる。グレイブル殿はこの辺りを縄張りとしている組織のボスで、そのボス自ら、拙者に“ある条件”を突きつけてきたのでござるよ』
『……ど、どんな条件だったんですか……西園寺先輩?』
ゴクリと喉を鳴らした鳴沢が、そう質問をする。
想い出しながら話しているからか、西園寺の語り口はひどくゆっくりだ。
どうやら続きが気になるのは俺だけじゃなく、鳴沢もだったみたいだな。
『サイオンジが描く絵をな、街の連中に売らないよう脅したんだよ』
西園寺の代わりに答えたのは、グレイブル本人。
『西園寺の芸術作品をかい? いったいなぜ?』
『デュフフ、九条殿、グレイブル殿は“この辺り”一帯のボスでござる。つまり主な収入源は……』
『なるほど、な。理解したよ西園寺』
『さすが九条殿。その答えに至ったでござるか』
『えーっと、どーゆーことっすかセンパイ』
『君にはわからないかい、室生後輩?』
『ボクもわかんないですよー』
鳴沢の頬が膨れる。
アーシアは隣に立つルーファさんに『わかる?』と聞き、聞かれたルーファさんも首を肩をすくめるだけ。
『つまり西園寺が言いたいのはだね、その男――いや、この組織の収入源は“娼館”だということだよ!』
『デュフフ、左様でござる』
九条の回答に西園寺が満足そうに頷く。
『話はこうだろう。西園寺君のエロがぞ――ゲフンゲフン、君の描いた芸術作品が街の男性たちに行き渡ることにより、男性たちは昂る欲求を自家発電、つまり自慰行為により済ますようになってしまった。となると当然ここの組織が運営している娼館の客は減少し、売り上げが落ちることになる。そこで西園寺を誘拐し、これ以上市場に男たちの欲求を満たす芸術作品が出回らないよう脅迫した。そうだね?』
グレイブルと西園寺に向かって『どうかな?』と得意げに問う九条。
問われたグレイブルは悔しそうに、でもどこか諦めたように笑うと、
『手前の言う通りよ』
と認めた。
『……なるほどな。なんてーか、西園寺センパイのやったエロ画像をばら撒くって行動が、巡り巡って自分に返ってきたってことっすか』
『じごーじとくだねー』
俺の独白に半眼になった鳴沢が追随する。
『デフフ、そうでござる。いわばこれは拙者の不始末。ならばこそ、このケジメは拙者自身の手でつけよう!』
『正気か西園寺!?』
『拙者は本気でござる! そこでグレイブル殿、』
『デュフフ、実は拙者に妙案があるでござる。双方が得をする……素晴らしい秘策が』
口の端をつり上げ、『デュフフ』と笑う西園寺。
それを見た俺たちは、なんかすごーく嫌な予感がするのだった。




