第二十八話 異世界部の出撃 その6
お待たせしてすみません!
『〈明り〉よ』
アーシアが魔法で照らした地下室に、俺は素早く降りる。
地下室はホコリっぽく、なにに使うのか分からないガラクタが散乱していて、奥には一枚の扉があった。
俺は忍び足で扉に近づき、そっと手を伸ばす。
『カギは……かかってるよな。やっぱ』
扉を開けようとした、金属で造られた扉はガチャガチャ鳴るだけでビクともしない。
『開かないのかね? 室生後輩』
『ムリっすねセンパイ。開かないっす。カギがかかっているみたいっすよ』
俺に続いて降りてきた九条がそう聞いてくる。
俺はお手上げだとばかりに首を振りながら両手をあげた。
『なるほど、ね。……隠されている地下室に鍵の掛った扉。どうやらこの扉の奥に西園寺がいる可能性が高いみたいだね』
『どーします? 俺が蹴破りましょうか?』
『やれやれ……室生後輩、そんなことでは人から“脳筋”、とバカにされてしまうぞ。君はもう少しスマートに物事を運べるよう心掛けたまえ。例えばそう…
…この僕のように、ね』
九条は鼻で笑いながらメガネを押し上げると、カバンから金属の棒(?)をいくつも取りだしてきた。
『九条先輩、それなんですかー?』
『クジョーそれなにに使うの?』
地下室に降りてきた鳴沢が、金属の棒を不思議そうな顔で見る。
アーシアは初めて見る謎の道具が気になったのか、九条の肩をちょいちょいと叩いていた。
『ふっふっふ。鳴沢後輩、これはね、“ピッキング道具”という物だよ。僕は西園寺が鍵の掛った部屋に監禁されている可能性も考慮していたからね。もしも
の時のために持ってきていたのさ。まあ、本当は奴隷になった女の子の首輪を外すために購入したものなんだが……親友である西園寺のためだ。望んだ使い方
ではないが仕方がない』
『『うわぁ……』』
鳴沢とアーシアが、まったく同じタイミングでどん引く。
しかし九条はそんなことに構わずに、ピッキング道具を扉の鍵穴へと突っ込み、ガチャガチャとやかましく動かしはじめる。
『まあ、九条センパイが準備いいのはわかったっすけど……センパイはピッキングできるんすか?』
『案ずるな室生後輩。想像も出来ないだろうが、実は僕の大叔父はアンダーグラウンド界で有名な大泥棒でね。僕はその大叔父から様々な技術を教え込まれて
いたのさ。その中にはピッキングのやり方もあった。こんな単純な造りの鍵なんか問題にならんよ』
『へぇー、“有名”だったんすか。……怪盗なんちゃら~みたいな感じすか?』
『ああ。大叔父の二つ名は“怪盗スキャンティ”。近所のご婦人方が手を焼くほどの、腕の立つ下着泥棒だったそうだ。三年前に……他界してしまったがね』
『センパイ……なんかさりげなく身内自慢してるとこ申し訳ないんすけど……それただの性犯罪者っすからね。でもなんか納得したっす。センパイがイカれて
るのは“血”のせいだったんすね』
『もしくは遺伝子だね! なんかボクも納得したよ!』
鳴沢が俺の隣でしきりに頷きながら、可哀そうなものを見る目で九条を見ている。
アーシアなんか露骨に九条から距離を取りはじめたぐらいだ。
憐れみと蔑み、そんな二種類の視線を受けながらも九条は全神経を鍵穴に向けている。
しばらくして、扉からカチリと音が聞こえた。
『ふふ、空いたぞみんな』
どこか得意げにニヤリと笑う九条。
『んじゃまっ、俺が開けますんでセンパイは下がってて下さい』
『うむ。頼んだぞ室生後輩。僕はルーファさんと共に後方から君を見守ろう』
『……結構です』
心底嫌そうな声で断りを入れるルーファさん。
崩れ落ちる九条はほっとき、俺は扉に手をかけ気を引き締める。
カギを開ける音はなかにも聞こえていたはずだ。
なかに西園寺だけじゃなく、敵も一緒にいるかも知れない。
その場合、扉を開けた瞬間攻撃されたり、西園寺にナイフのひとつでも突きつける可能性がある。
これが木製の扉だったら気配を探れたんだけどな。
『よっしゃ、んじゃ開けるぞ』
『龍巳気をつけてよ』
『おう』
俺は全神経を研ぎ澄まし、慎重に扉を開ける。
そこには――
『おふぅ、また来たでござるなぁ。デュフ、そろそろ拙者に乱暴する気でござろう? エロ同人みたいに! エロど――』
慎重に開けた扉をパタンと閉める。
『ちょっと龍巳、なんで急にドア閉めちゃうのよー? 西園寺先輩はいたの?』
幸いにも、鳴沢の位置からは部屋のなかを見ることができなかったみたいだ。
なんか気持ち悪いことを言っていた西園寺を見なくて済んだんだから、鳴沢は運がいいと思う。いや、この場合は俺ひとり運が悪かっただけか? 扉をすぐ
に閉めたもんだから、他の四人が怪訝な顔をして俺と扉を交互に見ていた。
『俺たちの知る西園寺センパイはもういない。だから帰ろう。俺たちの……本当の居場所へ』
『もうっ、なに急に変なこと言ってるのっ。いいよ、龍巳がそんな態度とるんならボクが開けるから』
『ば、バカ、やめ――』
俺の制止を振り払い、鳴沢が一気に扉を開け放つ。
やっぱりそこには――
『デュフフフッ!! さ~て、いったいどんな卑猥なモノで拙者を弄る気でござるか? しかーしっ、どんなモノでイタズラされようともっ、拙者は決して|A
《お尻》感覚に開眼したりしないでござ――』
不意をつかれ、唖然とする鳴沢に代わってそっと扉を閉める俺。
『………………帰ろっか、龍巳?』
『そーだな。西園寺センパイは俺たち全員の胸の中にいる。その答えで十分だ』
俺と鳴沢は、トロンとした目で視線を遠くに投げる。
『さっきから開けたり閉じたり……なに馬鹿なことをやっているんだ君たちは!? その部屋に西園寺はいたのかいっ!?』
そんな俺たちを見て焦れたのか、やや非難めいた九条の口調は強い。
『くじょうせんぱい……なかにはだれもいませんでしたよ。ボクなにもみてないもん』
『そっすよせんぱい、なるさわのいうとおりっす。さいおんじせんぱいはどこにもいなかったっす』
『君たち二人とも棒読みじゃないかっ! えーい! そこをどきたまえ! 僕が開ける!』
鳴沢と俺を押し退け、九条が扉の前へ立った。
九条は扉に手をかけると、「ふんっ」という鼻息と共に扉を押し開ける。
俺の目に、三度西園寺の姿が映り込む。
『――でござるからぁぁぁん、好きにすればいいでござるよぉぉおお! でもこれだけは言っておくでござるっ! いくら拙者の体を自由に弄べたとしてもぉ
っ、拙者の心までは――心まではお主らの自由にできぬのでござるからなぁぁっ! それでも良いというのなら……好きにするがいいでござる! エロ同人み
たいに! エロ同人みたいにぃぃぃっ! さあっ! さあっ! さあっ! ちこうよれ! ちこうよれぇぇぇいっ!』
うん。目隠しされたまま椅子に縛り付けられている西園寺は絶好調だな。
助けに来た俺たちを捕まえた連中と勘違いしまくっているみたいだけど、捕まり縛られてなおここまで自分をさらけ出せるんだから、このまま置いてっても
も大丈夫だと思う。
しかし九条の考えは違ったみたいだ。
すぐに西園寺の元に駆け寄ると、絶好調に『はようっ、はようっ』と叫んでいる西園寺の両肩を掴み激しく揺する。
『落ち着くんだ西園寺! 僕だ! 君の親友、九条だ!』
『うほぉぉぉぉおお! できればまず潤滑油的なも――く、九条……殿? ちこうよったのは九条殿だったでござるか!?』
『そうとも! この九条、親友である君を助けるためにここまで来たんだよ! 待っていたまえ、いま目隠しを……よし取れた』
九条が西園寺の後頭部に手を回し、目隠し布を解く。
ずっと目隠しされていたせいか、アーシアの創った魔法の明かりを受け、眩しそうに眼を細める西園寺。
それでも、薄く開けた目でしっかりと九条の顔を捕らえていた。
『九条殿……九条どのおぉぉぉっ!』
『西園寺ぃぃぃっ!』
西園寺は安堵からぶわっと涙を溢れさせ、九条は九条でそんな西園寺を抱きしめる。
『拙者……拙者信じていたでござるよ。必ずや助けに来てくれると』
『当たり前だろう。僕が西園寺を見捨てるわけないじゃないか。さあ、ここから逃げよう。いま縄を切る』
『かたじけないでござる』
さっき見捨ててたじゃねーか。そう喉まで出かかっていたが、よく分からない友情を育んでいるふたりを生暖かい目で見守る鳴沢とアーシアを見て、俺も追
従することにした。
ルーファさんが警戒の声を発したのはそんな時だ。
『誰か地下室に降りてきます!』
地下室に降りる階段がギシギシと鳴る。
音を聞く限り、複数人が降りてきているのは間違いない。
『ええ!? どどど、どーしよ龍巳?』
『落ちつけ鳴沢。ここに逃げ場はねぇ。迎え撃つしかないだろ』
『う、うん! わかった!』
そう頷いた鳴沢は、手に持つスタンロッドの電源を入れ、構える。
スタンロッドがキューンという音を立てるなか、縄を切ってもらった西園寺が九条の肩を借りて立ち上がった。
『みんな……拙者のためにすまないでござる』
『西園寺センパイ、そーゆーのは帰ってからにしましょうや。まずは……悪もんぶん殴んなきゃいけないんでねぇ』
『ぬぅぅ、まさかこのタイミングで奴らがやってくるとは……室生殿、油断してはいけないでござるよ。奴らのなかには腕の立つ者もいるでござる』
『へぇ……そりゃあ楽しみっすね』
俺はニヤリと笑い、ポキポキと拳を鳴らしながら“悪もん”の登場を待つ。
その数秒後、五、六人男たちが部屋のなかに入ってきた。
『なんだぁ……手前らは?』
男たちの先頭に立つ、白髪交じりのおっさんが鋭い眼光を向けてくる。
おそらくは、こいつがボスなんだろう。他の男たちとは違った凄みがあった。
『あんたらが攫った気持ち悪い男の連れだよ』
『ほぅ……サイオンジを助けに来たかよ。そんで坊主、手前はこっからどうするつもりなんだ?』
『決まってんだろ、』
俺は握った拳をパンと手のひらに打ちつけて、笑う。
『問答無用でぶっ飛ばすんだよ』
『……面白れぇこと言うじゃねぇか。いいだろう、少し遊んでやる。おいお前たち、この坊主をちょいと躾てやんな』
『『『へい! わかりやしたっ!』』』
おっさんの後ろに控えていた連中が声を合わせて返事を返す。
九条と西園寺が青ざめ、アーシアが三歩下がって男たちから距離をとる。きっと魔法を放つ準備のためなんだろう。
そして鳴沢とルーファさんがゴクリと喉を鳴らすなか、俺だけが犬歯をむき出しにしながら笑っていた。




