第二十七話 異世界部の出撃 その5
『そんじゃ……入るぜ?』
俺は入口の扉に手をかけ、後ろを振り返る。
『龍巳、どーどーと入口から入って大丈夫なの?』
『扉の向こうに人の気配はしないな。入っても大丈夫だろ』
『えー? ほんとにー?』
鳴沢が目を細めて、疑いの眼差しを向けてきた。
どうやらコイツは俺の信じていないらしい。
『ほんとだよ! まあ、俺以上の実力者がいて気配を殺してるんだとしたら、気づけないかもけどな』
『相手は犯罪組織だよー。悪いヤツいっぱいだよー。“よーじんぼー”とかもいるんじゃない? みんなから、先生! って呼ばれてるような』
鳴沢がニヒヒと人の悪い笑みを浮かべる。
これから悪の巣窟に乗り込もうってのに、冗談を言う余裕があるのは心強いな。まあ、単に天然なだけかも知れないけど。
『室生後輩。ここは僕に任せてもらおうか!』
『九条センパイ…? 別にいいっすけど……なにするつもりすか?』
『ふっふっふ。こんなこともあろうかと思ってね。実はファイバースコープを購入しておいたのさ。室生後輩、扉を少しだけ開けてくれたまえ。その隙間にファーバースコープを差し込んで建物内の様子を見てみようじゃないか』
そう言うと九条は背負っていたバックパックから細長いチューブと小さな液晶モニタを取りだした。
どうやらチューブの内部は蛇腹関節でできていて、思い通りに曲げることができるみたいだな。
先端部分には小型カメラがついていて、そのカメラが映した映像を液晶モニタで確認できる、って仕組みなんだろう。
『九条先輩って、ほんとこーゆーのの準備はいいですよねー』
『ふっ、僕をホメてもなにも出んぞ鳴沢後輩。さっ、室生後輩、扉を』
『うっす』
俺は九条に促され、音を立てないよう気を使いながら、少しだけ扉を開けた。
『よし。ではこの隙間に……よし。次はカメラを起動して……っと』
九条がブツブツ言いながら、ファイバースコープを操作している。
『……ふむ。室生後輩の言うように扉の向こうには誰もいないようだね』
『だからそう言ったじゃないっすか』
『そう不貞腐れるな室生後輩。僕の親友、西園寺の命がかかっているんだ。ここは慎重に事を進めようではないか』
『うーっす』
九条がまたバックパックに手を突っ込み、なかから人数分の無線機を出してみんなに手渡す。アーシアとルーファさんにはもう使い方を教えていたみたいだ。
ほんと準備だけはいいな。
『では諸君。侵入するぞ』
九条が目で送ってきた合図を受け、俺は静かに入口の扉を開いた。
『まずは俺からだ』
気配を殺しながら素早くなかに入ると、俺の後に鳴沢、アーシア、九条と続き、殿をルーファさんが務める。
優れた聴力を持つルーファさんなら、僅かな物音にもすぐ気づけるからだ。
『うへぇ、広いな』
『うん。広いね龍巳』
建物思ったよりも広かった。
入口からまっすぐに廊下が伸びていて、それが突き当りで右へと続いている。
外からは見えなかったけど、どうやらL字型の建物みたいだな。
もちろん部屋数もそれなりにありそうだ。
『んーでセンパイ、片っぱしから部屋調べていきます?』
『いや、まずは地下室があるか調べよう。もしなければ上の階――おそらくは二階よりも上の部屋に監禁されているだろうね』
『なんでそんなこと分かるんですか、九条先輩?』
九条の言葉に鳴沢が首を傾げる。
『いいかい鳴沢後輩。まず地下室だが、地下室は地下にあるがゆえ防音性に優れている。捕らわれた者が――西園寺が拷問され悲鳴をあげたとしても、外に気づかれ難いんだ』
鳴沢だけではなく、アーシアとルーファさんも『なるほど』と頷く。
『次に考えられるのは“上の階”。これは単純に逃がさないためだ。上にあがればあがるほど下の階に降りるのは困難になるし、窓から逃げようにも高さがあっては飛び降りれない』
『だから……“二階よりも上”ってことっすか?』
『その通りだ室生後輩。二階ならまだ飛び降りることができるかも知れん。しかしそれが三階、四階となってくると話は変わってくる。なんせ、着地した衝撃で足を痛めてしまうリスクがでてくるし、打ち所が悪ければそのまま命を落としてしまうかも知れないからね』
九条のくせによく考えている。
つまりはまず地下室があるかを調べ、なければ上の階を調べていけばいいわけか。
問題は……どこまで気づかれずに探せるか、だな。
『まー、おデブな西園寺先輩なら、ちょっとした段差でも痛めちゃいそうですけどねー』
『あはは。それサイオンジならありそうだねキヨネ!』
『こらアーシア。いまは笑っているときではありませんよ』
『……わかってるよー』
『鳴沢もちっとは緊張感持てよ』
『わかってるってば』
ルーファさんに叱られたアーシアと、俺に怒られた鳴沢が同時に口を尖らす。
なんかアーシアの仕草がだんだんと鳴沢に似てきたな。
放課後はしょっちゅう一緒にいるから、仕方がないのかもしんないけど。
『まずは地下室があるか手分けして探そう。室生後輩に鳴沢後輩、それにアーシア君たち三人は手前から、僕とルーファさんは奥の部屋から順に調べていく。いいね?』
『まー、なんとなく予想していっすけどね』
『では見つけたら無線で教えてくれたまえ。さあルーファさん、僕と一緒にいきましょう』
『えぇ!? あっ……』
有無を言わせずルーファさんの手を引く九条。
俺たちは困惑した顔のまま、ドナドナされていくルーファさんを見送ることしかできなかった。
『……じゃー、ボクたちも行こっか?』
『だーな』
『ルーファかわいそー』
俺たちは気持ちを切り替え、まず手前の部屋から調べはじめた。
まず俺が扉の前に立って部屋のなかの気配をうかがう。んで、気配がなければ遠慮なく扉を開けていく。
どうやら一階は倉庫代わりに使っているらしく、木箱やらぱんぱんに何かが詰まった麻袋やら、いろんな物が積み上げられていた。
いまのところ組織とやらの連中も、もちろん西園寺も見つけちゃいない。
『またはずれかよー』
アーシアがブーたれる。
さっきから入る部屋すべてが倉庫なもんだから、いい加減退屈してきたんだろう。
実はこっそりとカンフー映画ばりの救出劇を期待していた俺としても、なんか肩すかしを喰らった気分だ。
まあ、暴れるのは西園寺を見つけてからにしとくか。
『まあまあ、アーちゃん。そう脹れないでつぎいってみよー』
鳴沢が外れだった部屋から出て、隣の部屋の前に立つ。
『鳴沢静かにっ。……なかに人がいる』
『え!? ほんと? 西園寺先輩かな?』
『タツミー、あたしの出番?』
扉の前に立ち気配を探る俺に、鳴沢とアーシアが目を輝かせて聞いてくる。
鳴沢は不敵な笑みを浮かべながらスタンロッドの電源を入れ、アーシアも目を爛々と輝かせながら両手に光を集めはじめる。たぶん魔法を撃つ準備でもしてんだろう。
『……そこそこ数が多いな。五人……ってとこか』
『どうするの龍巳。ここスルーしとく?』
『アーシア、五人同時に眠っちゃう魔法かけれるか?』
『……ちょっと難しいかも。五人もいると魔法がぶんさんしちゃって効果がうすくなるんだよ』
『なるほど……ね』
いまのとこ、俺たちが気づかれた様子はない。うまいこと潜入できている、ってことだ。
このアドバンテージを活かして他の部屋を探すべきか、はたまたリスクを承知でこのまま突入すべきか。
俺がそう悩んでいると、奥から九条とルーファさんが戻ってきた。
『奥の部屋はすべて調べました。タツミさんたちはどうですか?』
『あとはこの部屋だけだよルーちゃん。でもなかに人がいるみたいなんだ』
『そうですか……』
小声で話しかけてきたルーファさんに、やはり鳴沢も小声で返す。
『センパイ、この部屋調べますか? それとも先に上の階から調べますか?』
『そうだね……ここはまず、この部屋を調べるべきだと思う。上にあがっておいて西園寺が見つからなかった時のことを考えると、やはり先に調べておくべきだ。そこでルーファさん、精霊魔法でさっきみたいに音を消してもらえませんか?』
『……すみませんクジョーさん。建物のなかに風の精霊は来てくれないのです……』
申し訳なさそうに顔を伏せるルーファさん。
さっきみたいに音を消せるなら、ゴリ押しもできたんだけどな。
でも使えないってんなら仕方ないか。
『しかたねー。賭けにでるか』
俺はそう言うとアーシアを手招きして近くに呼ぶ。
『アーシア、魔法の準備しといてくれ。扉を開けたらすぐに使えるようにな。まず俺が突っ込んで人数を削るから、撃ち漏らしたのを頼む』
『わかった』
アーシアがコクンと首を縦に振る。
『そんで鳴沢、』
『なに?』
『お前は扉を俺が合図したら一気に扉を開けてくれ。その後はアーシアの援護だ。アーシアに近づこうするヤツがいたらスタンロッドでしばいてやんな』
『りょーかい』
鳴沢が親指をぐっと立て、ニヤリと笑う。
『ルーファさんと九条センパイは後ろの警戒を頼んます』
『わかりました』
『任せたまえ』
ルーファさんが少し離れた場所で周囲を警戒し、九条は手に持っている変な機械を廊下の先へと向けはじめた。
いったいなにを持ってるかしらないけど、きっと役にたつものなんだろう。
『準備はいいか?』
『いつでもいーよ』
『ボクも!』
鳴沢が扉に手を置き、俺の合図を待っている。
アーシアも呪文を唱え終わり、あとは放つだけの状態だ。
『ほんじゃ……いくぜ!』
『ん!』
鳴沢に目で合図を送った瞬間扉が開かれ、俺はなかへと飛びこむ。
部屋のなかには男が五人。
全員でテーブルを囲み、イスに座りながら酒を飲んでいたみたいだ。
床やテーブルに空き瓶が転がっているからわかる。
『な、なん――』
突然の乱入者である俺に気づいた男が叫ぼうと口を開くが、俺はそれより早く男の口を右手で塞ぎ、首筋に左の腕刀を叩きつけて意識を刈り取る。
まず一人。
続いて、赤い顔をした隣の男の顔面に右の裏拳を撃ちこむ。
『ぶひゃッ』
そんでもって裏拳の勢いを活かして俺はくるんと一回転すると、向かい側のぽかんとしている男のこみかみに後ろ回し蹴りをお見舞いしてやる。
男は目を回しながら床に倒れ込んだ。
ここまでの時間は、僅か二秒足らず。
『眠りの雲よ!』
でも、アーシアにとっては十分だったみたいだ。
その二秒足らずで発動した眠りの魔法で、残り二人の男はばたんと倒れ、そのまま深い眠りへと落ちていく。
『やるじゃんアーシア』
『へっへーん。だろー?』
『うー、ボクの分はー?』
ひとりスタンロッドを構えたままの鳴沢が、拗ねたように言う。
『鳴沢、いまはんなことより地下室への入口がないか探してくれ。音で気づかれたかもしんないしな』
『うー、わかったよー』
鳴沢はスタンロッドの電源を切り、部屋の中をきょろきょろと見回す。
俺とアーシアも探しているんだけど、この部屋にはないみた――
『あ、龍巳、そこ怪しくない?』
『え? どこ?』
『そっちじゃないよ、そーこ! テーブルのしたのとこ。そこだけ床板の色が違うの! 龍巳、ちょっとテーブルどかしてみて』
『お、おう』
俺は言われた通りテーブルをどかす。
そして鳴沢の指さす方へ視線を向けてみると、確かに床板の色が違う。そこだけみょうに新しいのだ。しかもご丁寧に取っ手までついていやがる。
『……アーシア、ちょっとふたりを呼んできてくれ』
『ん、わかった』
アーシアが廊下にいる九条とルーファさんを呼びにいっている間、俺は取っ手を静かに引っぱっていく。
『こりゃあ……』
『ビンゴだね! タツミ』
鳴沢が見守るなか取っ手のついた床板を外すと、そこには地下へ続く階段が出てきたのだった。




