第二十六話 異世界部の出撃 その4
『みなさん、もうすぐ“組織”の隠れ家につきます。準備をしておいてください』
そう馬車の御者台から声をかけてきたのは、俺たちとそう歳の変わらない少年ララウ。
彼はトムルックさんのとこで働く見習いで、主人であり雇い主でもあるトムルックさんの指示を受け、俺たち五人を西園寺を攫った組織の隠れ家近くにこっそりと運んでくれている真っ最中なのだ。
『了解した』
でかい木箱のなかから九条が返事をする。
俺たちはいま、ララウが運ぶ積荷に隠れ組織の隠れ家を目指しているところだった。
つい一時間ほど前のことだ。
『どうしても……行くというのですな?』
『ああ、もちろんだ。西園寺センパイは俺たちが助け出す』
『……危険な相手ですぞ?』
『へっ、俺たちはもっと危険だぜ。なあ、アーシア?』
『うん! あたしの魔法でやっつけてやるよ!』
えっへん、と真っ平らな胸を張るアーシア。
そのアーシアの頭を、ルーファさんが撫でながら頷く。
『私もいきますよ。タツミさん』
『俺は別にかまやしねーけど……いいのかルーファさん?』
『ええ。私の精霊魔法があればきっと役にたつはずですから。行かせてください、タツミさん』
ルーファさんの目には強い意志の光が灯っている。
いい覚悟だ。
『龍巳、ボクもいくからね! お兄ちゃんにもらったビリビリする棒で悪いヤツやっつけてやるんだ!』
『ふっ、室生後輩。親友である西園寺救出のするため、僕も行こう!』
『いや、九条センパイはノーサンキューっす』
『な、なにを言うかっ!? 部長である僕が行かなくてどうする? 西園寺は誰よりも僕のことを待っているはずだ!』
見捨てたくせにその自信はどこから湧き上ってくるのだろうか?
まったく、このぽんこつなセンパイさまは……。
『みなさまの覚悟はわかりました』
トムルックさんが、やれやれとばかりに首を振る。
でもなぜか、その顔には笑みが浮かんでいた。
『お? わかってくれたんすね?』
『ええ。わたくしが止めて無駄だ、と理解できるぐらいには』
そう言うトムルックさんは、どこかふっ切れた顔をしている。
『ではわたくしも出来る限りの協力を致しましょう。商会の馬車を出します。商会から出す定期便の積荷に紛れれば、怪しまれずに隠れ家まで近づけましょう。他にもなにか必要なものがあったらおっしゃって下さい』
こうして、俺たちだけでの西園寺救出に反対していたトムルックさんもついに折れ、逆に協力を申し出てくれたのだ。
俺たちはすぐに行動に移した。
いったん月の光亭に戻ると、そこからアーシアの転移魔法で部室に転移し、鳴沢と九条が装備を整える。
俺も動きやす服に着替えてから、再び月の光亭へ。
そこで月の光亭の前で待機していた馬車(トムルックさんが用意してくれた)に乗り込み積荷に隠れる。
御者台に座っていたララウの話では、やっぱり西園寺を攫ったのは組織の一味だったらしい。俺たちが部室に戻っている間にトムルックさんが情報を集めていてくれたのだ。ほんと頼りになる人だぜ。
そして俺たちは馬車で北地区に向かった。
途中、検問みたいなところがあったが、積荷の木箱に隠れていたおかげで難なくスルーできた。
『みなさん、次の角を曲がったらいったん馬車を停めます。その間に降りてください』
『心得た。すまないなララウ君。僕の親友、西園寺が攫われたせいで君まで面倒事に巻き込んでしまった』
『いえ、旦那さまも心配していましたから。それに、わたしもサイオンジさまにはお世話になっていたんです。わたしにお手伝いできるなら……これぐらいなんでもないです!』
九条の謝罪にたいしたことない、と言ってのけるララウ。
トムルックさんもそうだったけど、このララウって少年も本気で西園寺を助けたいと思っているみたいだな。
正直、西園寺のどこにそんな人望があるのか不思議でしかたがない。
『着きました。赤銅色の建物が組織の隠れ家です。物乞いのふりをした見張りがいるので気をつけてください。さあ、みなさんお早く』
俺たちは木箱から出て馬車を降りる。
すでに日は落ち、あたりは薄暗い。
『こりゃあ……今日は下校時間に間に合わないっすね』
『そうだな室生後輩。明日が休日でよかったよ』
『はぁ、バレたら停学かなぁ……。パパとママになんて言おー』
『その心配は無用だ鳴沢後輩。こんなこともあろうかと顧問を通じて合宿届を申請しておいた』
『合宿……すか?』
『ああ、そうだ。合宿棟の使用許可こそ下りなかったが、部室での宿泊を条件になんとか受理されたよ』
『おお! 九条先輩ったら準備いいじゃないですかぁー』
『ふふん。なんせ僕も西園寺も今晩は性的サービスをしてくれるお店で一発――じゃなかった! 一泊する予定だったからね。事前に申請しておいたのさ』
『うわぁ……聞かなきゃよかった……』
九条と西園寺の不純な動機がきっかけとはいえ、時間を気にしないでいれるのはありがたい。
『あれが……見張りかね?』
『そーみたいっすね』
建物の陰から顔を出し、ララウに教えられた赤茶っぽい色をした隠れ家を覗き見ると、ボロ布を身につけた男がふたり、扉の前に座り込んでいた。
ぱっと見浮浪者っぽいけど、よく見ると油断なく周囲に目を光らせているのが分かる。
なるほど。確かにありゃ見張りだな。
『さてっと。どーします? 九条センパイ』
『うーむ……』
九条が腕を組んでどうするか考えている。
ここから見張りまでの距離は十五メートルほど。他には隠れられそうな場所はない。
『龍巳どーしよっか? 一気にとび出してやっつける?』
『俺もそーしたいんだけどなぁ。でもとび出した瞬間に気づかれちまうよなぁ』
『じゃー、どーすればいいのさー?』
『それをいま考えてんだよ』
頬を膨らます鳴沢から視線を外し、見張りの男たちに戻す。
俺はいままでの人生、だいたいのことは拳で解決してきたから、あれこれと作戦を考えるのがすげー苦手だ。
いまだって正面突破したいのを我慢しているぐらいなんだから。
『なー、タツミ』
『あん? どうしたアーシア?』
こうなったらやっぱり正面突破しかねーだろ、とか考えていると、後ろからアーシアが俺のジャージをくいくいと引っぱってきたので振り返る。
『あの見はり、あたしとルーファでなんとかしようか?』
『なんとかって……できるのか?』
『あったりまえだろー! まあ、見てなって』
アーシアはそう言い笑うと、ルーファさんとふたりで作戦会議をしはじめる。
やがて、ルーファさんがコクンと頷いてから立ち上がると、なにやらブツブツと呪文のようなものを唱えはじめた。
『ルーファが唱えているのは精霊語だよ。いま精霊に力をかしてくれるよう、お願いしているとこなんだ』
アーシアがそう説明してくれるが、俺にはいまいちピンとこないが、取りあえずは『へー』と感心しておいた。
いま理解できなくても、たぶんすぐにその意味が分かるはずだ。
なぜならアーシアがものすげードヤ顔してるから。
しばらくして、ルーファさんの周囲に優しい風がふきはじめ、その風が見張りの方へと流れていく。
『アーシア、準備ができました』
『へっへー。りょーかい!』
ルーファの言葉を聞いたアーシアがにんまり笑ったかと思えば、隠れていた建物の陰から急にとび出していく。
とーぜん見張りの視線もアーシアに集まる。
『おいアーシア!?』
『アーちゃん!?』
『アーシア君!』
突然の行動に驚く俺と鳴沢と九条。
慌ててアーシアに追うべく俺も建物の陰からとび出すと、すでにアーシアは見張りの男に向かってまっすぐ走っているところだった。
自分たちのほうへ駆けてくる少女を不審に思った見張りの男が立ち上がり、なにか叫ぼうとして大きく口を開く――が、男は口をパクパクするだけでなにも言わない。声が出ていないのだ。
アーシアはそれを知っていたのだろう。見張りから五メートル手前で立ち止まると、両手を前に突き出して魔法を放った。
『眠りの雲よ』
広げられた手のひらから灰色の靄が生まれ、その靄が見張りの男ふたりを包み込む。
すると、男たちはフラフラと体を揺らしはじめ、しまいにはばたんと倒れてそのままグースカ眠りこけてしまった。
『!? ……音が聞こえてこない?』
見張りの男はけっこーな勢いで倒れたにも関わらず、倒れた時の音がこっちに聞こえてこない。
ひょっとして……“音”の振動がこっちまで伝わってきていないのか?
そんな俺の疑問に答えてくれたのは、ルーファさんだった。
『見張りの男たちがいる周囲の音を、風の精霊に頼んで消してもらいました』
『え……? それマジ――』
『おお! さすがは僕のルーファさんです! 素晴らしい!』
俺の驚きは九条の言葉に遮られ、あっさりと掻き消える。
ほんとルーファさんのことになると、すーぐしゃしゃり出てくるな。このポンコツな先輩さまは。
とか考えている俺なんか気にも留めずに、九条はルーファさんの手を取り、過剰なまでに褒め称えている。
いまルーファさんがすんげー嫌そうな顔をしていることに、やっぱり九条は気づいていないだろーな。
にしてもルーファさんの精霊魔法……だっけ? 音を消せるとかすげー便利だ。
『タツミ、やっつけたよー』
『ったく、急に飛び出すからビビっただろ、アーシア』
褒めてほしそうな顔をしているアーシアの赤髪を、俺はくしゃりと撫でる。
とび出す前に説明しとけとか、ひとりで突っ込んだらあぶねーだろとか、言いたいことは色々あったが、いまは西園寺の救出が最優先だ。お説教はあとにしよう。
俺たちは見張りの男たちを縛り上げ猿ぐつわを噛ませてから物陰に隠し、西園寺を攫った連中の隠れ家である建物を見あげる。
この建物のどこかに、西園寺が閉じ込められているに違いない。
『みんな……行くぞ』
俺の言葉に、全員が頷いて答えた。




