第二十五話 異世界部の出撃 その3
サブタイトルを【西園寺の出撃】から変更しました。
『九条せんぱいったらさいてー! ほんっとさいてー! ふけつー!』
『ま、待ちたまえ鳴沢後輩! ご、誤解だ! 誤解というか未遂だ! 未遂ぃっ!』
『聞かなきゃよかった聞きゃなきゃよかった! このえっちー!』
鳴沢がきゃーきゃー叫びながら、手近にあるものを九条に向かってポイポイ投げつけていく。
自分の持ち物をなんら躊躇うことなく投げられ、トムルックさんが悲しそうな顔をしていた。
『な、鳴沢後輩、はなっ、話せばわかる!』
『わかるもんかー!』
九条が必死の説得を試みるも、いまの鳴沢はそんなん知ったこっちゃねぇ状態なため、とりつく島もない。
俺が呆れてものが言えないでいると、アーシアがちょいちょいと服の裾を引っぱってきた。
『あん? どーしたアーシア?』
『ねぇねぇタツミ、“色町”ってなーに?』
純粋な興味からきた質問。
無垢なふたつの瞳がキラッキラと輝きながら俺を映している。
『うっ、それはだぁ……』
『おーしーえーてーよー』
俺の手を握りぶんぶん振ってくる。
まだ子供だからこそ、自分だけ言葉の意味を知らないのが我慢できないんだと思う。
『……いいか、アーシア』
『うん!』
『子供にはな、知らなくていいこともあるんだよ』
『なんだよそれー!? 教えてくれてもいいじゃん!』
『お前にはまだ早い』
『ふんだっ、いいもん! ルーファに教えてもらうから。ねぇルーファ、色町ってなんなの?』
『え!? そんな……私に聞かれても……』
興味津々なルーファな問いに、ルーファさんは消え入りそうな声でモゴモゴするばかり。
「あー、九条センパイ。いちおー言い訳ぐらいは聞いておいてあげるっすよ。センパイたちはなんでそんなとこ行ってたんすか?」
しまいには追いかけっこをし始めたアーシアとルーファはほっとき、俺は九条にそう弁明のチャンスを与える。
異世界の言語じゃなくて日本語で話しかけあげたのは、せめてもの慈悲だ。
「むう……話すと長くなるのだが……西園寺が行こう、と言い出したんだ」
「この期におよんでまだ西園寺先輩に罪をなすりつけるんですか!?」
「いや、本当なんだよ鳴沢後輩! 言いだしっぺは西園寺なんだ! 信じてくれっ!」
「ふーん。……まあ、とりあえず、いまはそーゆーことにしといてあげますよ」
とか言いつつも、鳴沢は軽蔑の眼差しを九条に向けたままだ。
九条はうなだれたまま、ポツリポツリと語りはじめた。
「西園寺が……西園寺は僕のことを想ってそう言ってくれたんだ。ルーファさんのことで想い悩む、僕のことを想って……」
「いや、ぜんっぜん話しが見えないっすよ。ルーファさんへ片思いしてる九条センパイのために、なんでわざわざ西園寺センパイがエロイとこ誘うんすか? 励ますにしてもちょっとそれはないっすよ」
「室生後輩、君がそう思うのも無理はない。しかし、考えてもみたまえ。僕が猛烈なアピールをしているにも関わらず、ルーファさんは一向に振り向いてくれる気配がない。僕なりに全力でぶつかっているのにだ!」
「は、はあ」
「悩んだよ、僕は。親友である西園寺に相談するほどにね」
「九条先輩、友だちに相談するのはふつーのことですよ」
「ちげーよ鳴沢。ここは“ふつーじゃない”西園寺センパイに相談するほど思い悩んでた、ってことだろ」
「ああ、なるほど」
鳴沢がポンと手を叩いて相づちをうつ。
そんな俺と鳴沢のやりとりなんかまったく気にせず、九条はひとりしゃべり続ける。
「相談に乗ってくれた西園寺は、僕の肩を叩きながらこう言ったんだ、『自信を持てばいいでござる』、とね。女性は自分に自信のある男性に弱い。そう恋のハウツー本に書いてあったらそうだ」
「自信……すか」
「は、ハウツー本。西園寺先輩が……ハウツー本……」
「そう。自信だよ。でも僕にはどうしても持てなかったんだ。西園寺の言う、その“自信”ってやつがね」
ここで九条はいったん間を置き、芝居がかったしぐさでメガネを外してから目をつむる。
「そんな時だ。西園寺が僕を色町――ぶっちゃけ性的サービスをしてくれるお店に誘ったのは。『デュフフフ、九条殿九条殿、春を売るお店に行って女人とのっぴきならない秘め事を致せば、九条殿でも自然と自信がつくというもの! どうでござるか? 拙者と一緒に大人の階段を一気に駆け上がらないでござるか? 桜の実を卒業し、共にチェリーブロッサムを咲き誇ろうではござらぬか!』。そう西園寺が僕を誘ってきたんだ」
「…………」
「…………」
ひどく冷めた目で九条を見つめる俺と鳴沢。
そんな冷たい眼差しを受けてなお、九条は平然としたまま話を続ける。すげー胆力だ。
「西園寺の提案に僕は飛びついたよ。ふっ、僕だって童貞の端くれだ。叶うのならば、は・じ・め・て、はルーファさんと共に迎えたかった。だが……童貞を捨てることにより自信を得て、その自信をとっかかりにルーファさんとお付き合いしてお突き合いすることが出来る! というのなら……この身っ! 喜んで穢されよう! ルーファさんと幸せな未来を迎えられるというのならぁッ、いくらでも童貞を散らしてみせるさぁッッッ!!」
「九条先輩が穢れてるのは心ですー」
思いのたけを吐き出し、荒い息をつく九条に鳴沢が冷静なツッコミを入れる。
なんていうか、もういろいろとダメだこのセンパイ。
「そうした理由により僕たちは性的サービス店を目指したんだ。君たち――特に室生後輩に秘密にしてね」
「そんなえっちぃお店に龍巳を誘ったら、ボク怒りますからねっ!」
「心配は無用だよ鳴沢後輩。僕と西園寺は一足先に大人の男性となり、室生後輩に対して『あぁ、室生後輩はまだそういう経験はないんだぁ。へー』と言い、蔑んだ目で見る予定だったからね。安心していい」
「いや、現在進行形で蔑まれてんのは九条センパイっすよ」
まるで悪びれる様子がない九条は自虐的な笑みを浮かべると、閉じていた目を開けた。
「僕への誹謗中傷、甘んじて受け入れよう。だがいまはっ、そんなことより僕の親友である西園寺の救出にこそ目を向けるべきだ! そうではないかな、二人とも?」
「うわー。もう開き直ったよこのひと」
「もうっ、絶対お兄ちゃんに言ってやるんだから」
「さあ! 僕の話は以上だ。次は西園寺の救出について話し合おう!」
九条はもうこの話は終わりだとばかりに手を叩くと、トムルックさんになにか良い手がないかと質問をする。
『トムルックさん。どうすれば西園寺を助け出せますか? 僕の親友の西園寺を』
『クジョー殿……ここはわたくしめに任せてはいただけませんかな? 危険な相手とはいえ、話が通じないわけではないのです。サイオンジ殿を解放する代わりにいくらか支払えば、おそらく――』
『それじゃ意味ないぜ』
トムルックさんの言葉を遮る。
『……ムロウ殿?』
『そんなんただの希望的観測にすぎないじゃん。こっちは西園寺センパイの命がかかってんだ。そんな賭けみたいなまねできるかよ』
みんなの視線が集まるなか、俺は『それに』と言ってから続ける。
『その組織って悪いヤツらの集まりなんだろ? そんな連中が金払いのいいカモをほっとくかよ。きっと延々ひっぱって金をせびり続けるに決まってる。あんた商人なのにそんなこともわからないのか?』
『では……ではどうすればいいのです!? サイオンジ殿を無事助けるために! どうすればいいというのですかムロウ殿っ!?』
トムルックさんが顔を真っ赤にして大きな声を出す。
きっと本気で怒っているのだろう。
俺はてっきりトムルックさんが協力的なのは、西園寺がいなくなると稼げなくなるからだと思っていたが……この様子だと、どうやら本気で西園寺のことを心配してくれているみたいだな。
あのデュフフ、デュフフ笑う男にそこまで好意をもってくれているとは……いやはや、どっかのポンコツなセンパイに見習ってもらいたいもんだぜ。
『どうすればいいか、だって? トムルックさん。そんなん決まってるじゃん』
『決まってる、ですと? いったいなにがです!?』
つばをバシバシ飛ばしながら詰め寄ってくるトムルックさん。
俺は手のひらを拳でパチンと打ち鳴らし、ニヤリと笑う。
『悪者は問答無用でぶっ飛ばす。それが俺の流儀だ』




