第二十三話 異世界部の出撃 その1
お待たせしました(汗
西園寺の“芸術作品”はバッキャルドの街に広く浸透した。
商人の話によると、Bファイルの品は(ブサイクファイルの略)は一般市民が、Aファイル(可愛い女のファイル)の品は金持ちや貴族連中が列をなして買いにきているらしい。
西園寺の画像フォルダからプリントアウトしたものが、こっちの世界ではバカみたいな額で取引されている。
その結果、いま俺たち異世界部の面々はバッキャルドの街で非常に裕福な暮らしを送っているのだった。
「いやー、まいったね西園寺。こんなにも手元に金貨が有り余るほどあるとなると……元の世界に戻るのが馬鹿らしくなってくるよ」
九条が革袋に入った金貨を手ですくいながらそう言う。
ここは月の明かり亭。
いまアーシアとルーファさんはどこかに行っていて、部屋には異世界部の四人しかいない。
「デュフフ、九条殿、そろそろ拙者たちも拠点となる場所を持つべき時ではござらんかな? こんなボロい宿屋などではなく拙者たちだけの拠点を! なーに、金はあるのでござる。稼いだ金貨を市場に流してやるのも金持ちの務めでござるよ」
「そうか……うん。そうだな。ではそろそろルーファさんに真っ白な家をプレゼントして――」
「チッチッチ、九条殿、“家”なんて小さい小さい……。拙者たちほどならば“屋敷”を持つべきでござるよ!」
九条の言葉を遮った西園寺が人差し指を振り、そう提案する。
「おおっ、屋敷か西園寺!」
「そうでござるよ九条殿。そして獣耳娘のメイドを雇うでござる。できれば奴隷として売られ、未来に絶望している獣耳娘ならなおよいのでござるがなぁ。デュフフ……」
「じゃっ、じゃあエルフのメイドも雇おうではないかっ!」
「デュフ、拙者は一向に構わん、でござる」
金を持つと性格が変わる、なんてことはよく聞く話だ。
きっと……というか、目のまえの九条と西園寺もその部類に属してしまったのだろう。
とくに最近の言動はひどいの一言に尽きる。
「ではさっそくデュノン商会に連絡して、めぼしい物件でも探してもらうでござるかなぁ」
「西園寺、僕も一緒に行こう」
二人が立ち上がり、部屋から出ていく。
「…………」
鳴沢がそんな二人の背中を無言で見送っている。
頬が膨らんでいるところを見るに、最近の二人に多くの不満を抱いているようだ。
「ほっぺたが膨れてんぞー鳴沢」
「うー、ほっといて」
「お前は意外と不満をため込んじゃうタイプだからな。ほっとけるわけないだろ」
「うー! うー!」
鳴沢がガスガスと地団太を踏む。
やり場のない怒りを床へと向けているんだろうが、一階に迷惑だからやめとけって。
「グチぐらいなら聞いてやんぞ?」
俺の言葉に鳴沢はぐるりと顔を向ける。
「じゃーゆーけどさっ! 先輩たちなんなのっ!? 急にひとが変わったみたいになっちゃってさ! 知ってる!? お金いっぱいバラ巻いてるんだよ! かわいー女の子とか見つけるとすぐにお金あげたりして! 先輩たちには幻滅だよ!」
はなからセンパイらに幻滅している俺には大した問題ではなかったが、金を下品な使い方するふたりに鳴沢はもう我慢ならないんだろう。
なんでも、最近は街の有力者や貴族とかが参加するパーティにも顔を出しているらしい。
しかもタキシード姿で。
「お前の怒りはわかるけどな、じっさい金を稼げるようになったのは西園寺センパイのアイデアと九条センパイが用意したプリンターとかのおかげだからなー。俺たちにどうこう言う資格はないだろ?」
「でもボクはいやなのっ! それにお金が余ってるならもっと使い方ってものがあると思うんだよ」
「たとえば?」
「んー……あ、そうだ! 孤児院とかに寄付するとか、あとお金がなくてご飯が食べれない人のために炊き出しやるとかさ! いっぱいあるじゃん」
「ふーん。なるほどねー」
「龍巳ボクの話ぜんっぜん真剣にきいてないでしょ?」
「……バレた?」
「もー!!」
鳴沢が腕をぐるぐる回してポカポカと殴りつけてくる。
俺はその女子としては異常な威力を持つロボコンパンチを肩に受けつつ、今後のことについて考えを巡らせた。
「まあ、なんだ鳴沢、」
「うー! ……なに?」
「たしかにセンパイたちは調子にのりすぎてるな」
「でしょー?」
「ああ。というか、悪目立ちしすぎてんだよなー。自分らのいまの立場を深く考えもしないでさ」
「ん? どーゆーこと?」
ロボコンパンチをやめた鳴沢が首を傾げて聞いてくる。
「なんつーのかな、センパイたちはいますっげー金持ちなわけじゃん?」
「……うん」
「ってーことはさ、危なくね? ふたりだけでぷらぷらしてるの。いっくらこの街の治安がいいっていったて……ここより遥かに治安がいい日本でだってカツアゲぐらいはふつーにあるんだぜ?」
「そう言われてみれば……そう、かも」
「だろ? そろそろその辺のことキチンとセンパイらにも話とかないとなー。金あるんならボディーガードのひとりでも雇えばいいのにさ」
「なんだったらちょっとぐらい痛い目に合えばいんだよ。そしたらすこしは反省するんじゃないかな?」
そう愚痴る鳴沢と顔を見合わせる。
「センパイらが反省ねー…………ないな」
「うん、ないね。ボク自分でいったけど取り消すよ」
「気にすんな。あのセンパイたちが特殊なだけさ」
「だよねー」
俺と鳴沢はそう言うと、互いにうんうんと頷き合うのだった。
鳴沢とそんなとりとめのない話をしたあと、俺たちは夕飯をこっちで食べようという流れになり、戻ってきたアーシアとルーファさんを誘って月の明かり亭から出て行った。
『ねぇねぇタツミ、なに食べいくの?』
アーシアが俺を見あげ聞いてくる。
『んー、つっても俺はこの街のことよく知らないからな。アーシアどっか行きたいとこあるか?』
『あっ! そんじゃねぇ、あたしお肉食べたい!』
『肉……ねえ』
『そう、お肉! こーんなおっきいやつ!』
『こらアーシア、あまりタツミさんを困らせてはいけませんよ』
両手を使って肉の大きさを表現するアーシアを、ルーファさんがそうたしなめる。
てかアーシア、そんなサイズの肉は丸焼きぐらいしかないだろ。
『まあ肉を食べるってのは俺は賛成だな』
『ボクもー。でもルーちゃんはお肉じゃないほうがいいよね?』
『ありがとうキヨネ。でもわたしは違うものを頼むので気にしなくていいですよ』
『よーっし! じゃあお肉食べにいこー!!』
アーシアが嬉しそうに叫び、ずびしとあさっての方を指さしたその時、
『ううっ……み、みんな……』
アーシアが指さしたその先に、なぜかボロボロになった九条が足をひきずりながらこちらに向かって歩いてきていた。
『九条……センパイ?』
『えぇっ!? どうしたのクジョー!?』
『うわー、九条先輩いたそー』
『クジョーさん……』
驚いた俺たちは口々にそう言う。
いっぽう、俺たちに気づいた九条は流れ出る鼻血をそのままに、体がフラフラとゾンビように揺れながらもなんとかこっちへ向かって歩いてきている。
『ちょっ、九条センパイ! なんかいろんな骨が折れてんじゃないっすか、それっ!?』
『あわわ、えっと、水筒水筒……』
『ひどい怪我……クジョーさん、動かないでください』
慌てて九条に駆けよった俺たちはいまにも倒れそうな九条を支え、鳴沢は“回復の泉”が入った水筒を探し、ルーファさんが出血の酷い傷口を止血のため布で縛り、アーシアはぐるぐる回ってひとり大騒ぎしている。
『たっ、大変なんだみんな……』
『しっ! 九条先輩いまは黙っててください』
しかし、九条は鳴沢の制止も聞かずに血相を変えたまま叫んだ。
『たたた、大変だ! さ、西園寺がさらわれたっ!!』
『『『な、なんだってぇー!?』』』




