第二十二話 異世界再び
「デュフフフフ、次はこの画像をプリントアウトするでござる」
「よしきたっ! 僕に任せたまえ西園寺!」
西園寺と九条の二人が楽しそうにパソコンを操作し、ほどなくしてプリンターから十ハ歳未満は見てはいけないようなドエロイ画像が印刷されてくる。
俺はプリントアウトされたばかりの金髪ねーちゃんを見て思う。鳴沢が部室にいなくて本当に良かった、と。
あまり認めたくはないが、俺たちの世界でもいわゆる“エロ”は重要な産業のひとつだ。
それは向こうでも同じらしい。いや、ネットやビデオやエロ本といった自家発電する媒体がないから、こっち以上といえるかもしれないな。
とにかく、そこに目をつけた西園寺は自分を“芸術家”と名乗り、エロトランプを自分が描いた“芸術作品”として商会へ売り込んだのだった。
そしてその目論見は大当りすることとなる。
鮮明に描かれた裸のねーちゃんの写真は商人たちが競うように買いあさり、あれよあれよという間に大金へと変わっていった。
きれいなねーちゃんの写真は商人や貴族といった金持ち用。ちょいブサねーちゃんはマニアや庶民用。といった具合にだ。
写真用のプリント用紙とインク代だけで金貨が稼げるのだから、これほどぼろい商売もない。
つくづく男ってバカな生き物だと思う。
「こらこら室生後輩。ダメじゃないかちゃんと仕分けないと。鳴沢後輩が部室にくる前にちゃんと髪の色順と顔のランク順に別けてファイルしてくれたまえよ」
「へいへい。わかってるっすよ」
俺は九条に言われるままに、裸のねーちゃんたちをファイルに挟んでいく。
こうして出来上がったファイルの数々を西園寺が商人に卸し、そこからバッキャルドの街に住む男たちへと広がっていくのだ。
「デュフフ、拙者の画像フォルダは百八式まであるでござるからなぁ。まだまだ売れるでござるよ!」
「ははははは! 凄いぞ西園寺。これで僕たちは大金持ちだ! フィーネさんに家を買えるよ!」
「くっくっく、家なんて小さい小さい。九条殿、いまの拙者たちなら“屋敷”が買えるででござるよ。いや、ひょっとしたら城だって手が届くかもしれないでござる!」
「おおっ! 素晴らしいよ西園寺! 純白のお城にフィーネさんと住む。なんて……なんて素晴らしい生活だ。そこで僕とフィーネさんは大きなベッドで愛し合い、日々怠惰な生活を送るんだ。その時は室生後輩を門番として雇ってあげてもいいかもしれないね」
「デュフフ、拙者は獣耳に囲まれるのが夢でござる! まあ……これだけの金貨が稼げれば、もう“夢”ではないでござるがなぁ!」
西園寺と九条の二人がぶっ飛ばしたくなるような酷い妄想を語り合うなか、俺はひとりそれを冷めた目で見やる。
横やり入れるつもりはないけど、エロい写真売って叶える夢とか嫌すぎるだろ。
「しっかしセンパイら、よくもまあこれだけ色々と揃えたっすね、」
いま部室には複数のパソコンと高性能プリンターが並び、フル稼働している。
そのどれもが最新式で、一介の高校生に買い揃えられるものではない。
「異世界部の部費って、そんなもらえてるんすか?」
いくら異世界の金貨を稼いだところで、こっちの世界では日本円に換金できやしない。
なのに西園寺と九条はポンポン買ってくるのだ。
ひょっとして親が金持ちなのだろうか?
「ふっ、なかなか面白いことを言うね室生後輩。異世界部へ出る部費など、一年間通して千円出ればいいほうさ」
「……すっげー安いっすね」
「そうだね。まったくもってその通りだよ室生後輩。しかし、部費を上げてほしかったら結果を出せ、と生徒会から言われていてね。我々異世界部の活動内容を明かせぬ以上、あまり強くも言えないのだよ」
「大変っすねー。じゃあ部室に揃えたコレって、センパイらが出したんすか?」
「はっはっは! そんなことあるわけがないじゃないか室生後輩。僕のお小遣いなんて月五千円だよ? なのに揃えるなんてムリムリ」
九条がそう笑いながら俺の肩をバシバシと叩く。
「んじゃあ、いったい誰が買ったんすか? 西園寺センパイ……でもないっすよね?」
「デュフフ。室生殿、実は拙者たち異世界部には出資者がいるのでござるよ」
「出資者……っすか」
「左様。拙者たちは出資者から金をもらい、部室にあるこれら機器や、移動のための自転車などを購入したのでござるよ」
出資者。考えてみれば当然のことだ。
ここ最近の異世界部が買ったものは、そのどれもこれもが高校生の手に届くような金額ではない。
「なるほど。納得したっすよ。んで……代わりにいったい“なに”を要求されてるんすか?」
「ほう……そこに気づくか室生後輩」
「まあ、普通は見返りもなくこんなに援助するヤツなんかいないっすからね」
異世界。
それはつまり地球とは別の世界――惑星があるってのに等しく、そこから得られるものは計り知れない。
早い話が地球をもう一個見つけたようなものだ。
枯渇しつつあるといわれる地下資源や、汚染されていない水に大地。それを手にいられれば資源問題も食糧問題も一気に解決してしまうはずだ。
その“異世界”という存在を知りながら、ほっとくバカなんかいるわけがない。
「君の言う通りだよ室生後輩。僕たちは出資者から無理難題を出されているってわけさ」
「……どんなんか聞いてもいいっすかセンパイ?」
「もちろんさ。君も異世界部の一員なのだからね。いいかい室生後輩、我々は金と引き換えにある条件を出資者から出されている。それは、」
九条がやれやれとばかりに首を振りメガネを押し上げ、続けた。
「巨乳のエルフだ!」
「出資者バカだろ!!」
即座にツッコミを入れると、九条が驚いた顔を向けてくる。
「室生後輩、君もそう思うかい?」
「あったりまえじゃないっすか! 巨乳のエルフとか……救いようのないバカっすね」
「ふ、ふふふ……まったくだよ室生後輩。君の言う通りさ、」
九条は俺の肩に手をぽんと置き、笑みを浮かべ親指を突き立てる。
「エルフという種族は華奢なんだ。巨乳なんているわけがない。まさか君も僕と同じ考えを持っているとは思わなかったけどね」
「あんたもたいがいバカだなセンパイ!」
どいつもこいつも資源のことよりエルフエルフ。異世界に広がる無限の可能性よりエルフエルフ。
類は友を呼ぶとはよくいったもんだ。
俺がぎゃーぎゃー騒ぎ散らしているのに構わず、九条が壁にかけてある時計で時間を確認すると、
「おおっと、そろそろ鳴沢後輩が戻ってくる頃だな。よし、今日はここまでにしておこう。室生後 輩、プリントアウトしたものは全てファイルにしまったかい?」
と言った。
「ハー、ハー……もう全部挟んだっすよ」
「そうかい。ありがとう」
「デュフフ、かたじけないでござるよ室生殿」
不満顔の俺が今日新たに誕生した“金髪ファイル”を西園寺に渡すと、ちょうど同じタイミングで鳴沢が部室に入ってきた。
「ただいまー。ふう、重かったー」
鳴沢は手に荷物をいっぱいにしている。
部長である九条は鳴沢に買い物を頼み、その間に俺たち男子部員はエロ画像を密造しているのだ。
鳴沢には内緒にしたままで。
「えっとぉ、頼まれていたお菓子とお豆腐、それに写真用のアルバムとかいろいろ買ってきましたよ先輩」
「グッジョブだ鳴沢後輩! よし、ではみんな今日も“向こう”に行こう!」
九条が鳴沢を労い、黒いロッカーの前に立ち、
「デュフフ、早くいくでござるよ九条殿」
「ボクもさんせー! 早くアーちゃんフィーちゃんに会いたい!」
西園寺と鳴沢が賛同する。
俺は頭をぼりぼり書きながら、もう何度目か分からない異世界へと胸を躍らすのだった。




