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第二十一話 西園寺発進

「デュフフ、遅れて申し訳ないでござる」


 悪びれた様子もなくそう言った西園寺は、金ぴか馬車からゆっくりと降りてきて扉を開けた御者に金貨を手渡す。

 たぶんチップのつもりなんだろう。


「さ、西園寺! これはい、いったい何ごとだい!?」

「西園寺先輩! なんでそんな馬車に乗ってんですか?」


 九条と鳴沢が矢継早に質問をするが、当の西園寺は両手を広げながら「まあ待つでござるよ」と笑うだけ。

 と、そんな西園寺が乗っていた馬車から、さらにふたりの男が降りてきた。

 どちらも男盛りといった中年で、やたらと派手な服を着ている。


『おや、サイオンジ様のお知り合いですかな?』


 ふたりのおっさんのうちハゲてる方がそう言い、笑顔を向けてきた。


『デュフフ、如何にも。拙者の友人たちでござるよ』

『おお、それはそれは! 凛々しい顔をしていらっしゃると思えば、サイオンジ様のご友人方でしたか!』


 ハゲは親しみやすい笑顔を浮かべながら俺たちに握手を求めてくる。


『わたくし、ディノン商会の長をやっておりますトムルック・ディノンと申します。どうぞお見知りおきを』


 トムなんとかいうハゲが俺たちと順番に握手をしていると、もうひとりのおっさんが慌てたような声をだす。


『ずるいですぞトムリック殿! サイオンジ様のご友人とあらば、それはもう私の友人でもあるのですぞ! ああ、申し遅れました。私はプリテュール商会をまとめておりますヴァンザス・プリテュールでございます。どうぞ気軽にヴァンとお呼び下さい』


 とか自己紹介しながらヴァンとかいうおっさんも馴れ馴れしく握手を求めてきた。

 なんか知らんが、おっさんたちは互いに相手を意識しているみたいだな。


『デュフフ……トムリック殿、ヴァン殿、宿まで馬車を出してもらえて助かったでござるよ』

『いやいやいや、なにを申されますサイオンジ様。このトムリック、サイオンジ様のためならなんでもいたしますぞ。ああっ、そうです! よろしければご友人方と一緒にわたしくの屋敷に来てはいかがですかな? サイオンジ様ともあろうお方が、このような小汚い宿に泊まるなど……とてもとても……わたくし、悲しみで胸が張り裂けてしまいますぞ』

『なにを言いますかトムルック殿! 貴方の屋敷のような趣味の悪いところに泊まってはサイオンジ様が気を落ち着けられぬではないか! サイオンジ様、ぜひとも私の屋敷へ。腕のよい料理人もおりますゆえ、心行くまでおくつろぎいただけますぞ』


 ふたりのおっさんがムキになって西園寺を取り合っている。

 なにがどうなっているんだろう?

 西園寺は自分の尻でもおっさんたちに売ったのだろうか?

 そんな理解が追いつかない出来事を前にして、鳴沢も九条も、もちろん俺も呆然とするばかり。


『デュフフ。拙者、おふたりの申し出は嬉しいのでござるが、なにぶん拙者にも都合というものがござってなぁ。申し訳ないでござるが、拙者は友人たちとこの宿に戻るでござる』

『そうですか……』

『なんと……』


 おっさんたちが心底残念そうな顔をするもんだから、俺たち三人はますます困惑した顔になっていく。


『デュフフ、そう悲しい顔をされると拙者も辛いでござる。なーに、また明日にでも“新しい物”を持っていくゆえ、それまでの別れ――そう、しばしの別れでござるよ』

『おおっ! “新しい物”でございますか?』

『そ、それはいったいどんな物なのでしょうか?』

『デュフフ、それは見てからのお楽しみでござるよ』

『むう……サイオンジ様も焦らしますなぁ。では明日楽しみにしておりますので、是非ともまずはディノン商会へ――』

『なにを言うかトムリック殿! サイオンジ様、どうか私のプリテュール商会をごひいきに。必ずやディノン商会よりも良い値をつけますぞ』

『なんですとヴァンザス殿! そもそもこの商談はサイオンジ様がわたくしのディノン商会に――』


 なにやら小競り合いをはじめるおっさんたち。

 西園寺はそんなおっさんたちの間に「デュフデュフ」笑いながら仲裁に入る。

 金ぴか馬車が去っていったのは、それから五分ほどたってからのことだった。





『おかえりタツミ!』


 アーシアたちが待つ部屋に戻ると、待ってましたとばかりにアーシアが抱き付いてきた。

 俺はアーシアをぐるぐる回してから床に下ろし、荷物から出した飴玉の袋を渡しておく。

 アーシアは『ひゃっほーい』と叫び小躍りしはじめる。ほんと甘いものが好きなんだな。


『みなさん、おかえりなさい』

『はっはっは! ただいまですルーファさん!』

『その……今日はどうでしたか?』


 ルーファさんは自分に向けて笑顔で両手を広げている九条に取りあわず、申し訳なさそうな顔で今日の成果を聞いてきた。

 本人も聞きづらいんだろうけど、俺たちには門限があるからあと十五分ぐらいしかここにいられない。

 その前に結果を聞いておきたいのだろう。


『そ、それなんですがねぇ……』

『デュフフ、ルーファ殿これを』


 言いよどむ九条に構わず、横から西園寺がルーファさんになにやら重そうな革袋を手渡す。

 ジャラジャラと鳴るそれを受け取ったルーファさんは、少し驚いたような顔をしながら袋の口を開き覗き込む。

 そして、


『これ……金貨、ぜんぶ……』


 と言いながら、さらに驚た顔を――もう驚愕っていっていいぐらいすんげービックリした顔に変わった。


『金貨!?』


 ルーファさんの声に反応したアーシアが隣までやってきて一緒に覗き込む。


『うっそー。すごい! ぜんぶ金貨だよ! みんなで稼いだの?』


 アーシアが視線をこちらに向けてくるが、俺も鳴沢も九条も、気まずさからさっと目を逸らす。

 唯一逸らさなかった西園寺だけが、


『デュフフ、そうでござるよ。拙者たち全員で稼いだでござる』


 と答えた。

 悔しいが、自分の手柄を誇らないあたりに西園寺の懐の深さを感じてしまった。


『すっごいじゃん!』

『デュフフ、その金貨は好きに使ってくれて構わないでござるよ』

『そんな……こんな大金もらえません』


 申し訳なさそうな顔をしたルーファさんが金貨の入った袋を返そうとするが、それを西園寺は首を振って固辞する。


『デュフフ、お気になさるなルーファ殿。拙者たちは明日もっと稼ぐ予定でござるからなぁ。そんなのははした金でござるよ』

『でも!』

『おっと、お喋りはここまででござる。アーシア殿、すまぬが拙者たちを魔法で転送してもらえぬか?』

『う、うん。わかったよ』


 ルーファさんと西園寺のふたりを、困ったように交互に見ていたアーシアが頷く。


『じゃあ魔方陣のなかにきて』


 アーシアに促され、俺たち異世界部の四人は魔方陣の中央に集まる。

 そしてアーシアの転移魔法でプレハブ小屋へと転移した。


『またあした迎えにくるからねー』

『おーう! お菓子持ってくるから期待してろー』

『まってるー!』


 ぶんぶんと手を振るアーシアに見送られ、俺たちは洞窟の中へ入っていき、部室へと戻っていった。





「さて、話してもらうぞ西園寺。君はいったいどうやってあれだけの金貨を稼いだんだい?」


 ここは学校近くのファミレス。

 制服姿の俺たちと時計とを交互にチラチラ見る店員には構わず、九条がそう西園寺に質問をした。


「そうですよ西園寺先輩。ボクもどーやったのか知りたいです。それにあのおじさんたちは誰なんですか?」

「いい質問だね鳴沢後輩。僕もあの商人たちのことは気になっていたんだよ。さあ、答えてもらおうか西園寺。あの商人――たしか二人とも商会の長とか言っていたな。そんなかなり高い地位にいる者と、いったいどうやってあれだけのパイプをつくったんだい? いや、そもそも君はなにを売ったんだ?」


 九条と鳴沢が西園寺に詰め寄る。


「デュフフ、では順を追って話すでござる」

「ああ。頼む」

「西園寺先輩はやくー」


 西園寺はドリンクバーから持ってきた番茶を口にしてからカップをテーブルに置き、語りはじめた。


「拙者はみんなと別れたあと、まずは情報を集めたでござる」

「情報?」

「左様。拙者は自分が持ち込んだものにかなりの値がつく自信があったでござるからな。はじめから木っ端商人は相手にしないことにしていたでござる。だからこその情報でござるよ。規模の大きい商会を知るための、拙者の取引相手に相応しい商人を探すために情報を集めたでござる」


 俺の隣で鳴沢が黙り込む。

 なぜなら俺と鳴沢は、目についた商店の扉を片っ端から叩いて回ったからだ。

 西園寺みたく情報集めなんか考えもしなかった。


「なるほどな。それで西園寺は規模の大きい商会を見つけることができたんだね」

「その通りでござるよ。ディノン商会にプリテュール商会。拙者は取引相手をこのふたつの商会に絞ることにしたでござる」

「西園寺センパイ、なんでひとつじゃなくてわざわざふたつも相手にするんすか? ひとつに絞ったほうが手間かからなくてよくないですか?」

「デュフフ、いいでござるか室生殿? 取引相手をひとつに絞ってしまった場合、商品の買値を決めるのは拙者と商会との交渉しだいになってしまうでござる。異世界|《向こう〉での物の価値がわかっていない拙者では、交渉してもいいように言いくるめられてしまうに違いないでござる。これでは思ったように金を稼げないでござる。そこで拙者は考え、あるひとつの結論に達したでござる」

「……どんな結論なんですか、西園寺先輩?」


 鳴沢が身を乗り出して西園寺の言葉を待つ。


「拙者のたどり着いた結論! それは競合相手をもうひとつ加えることにより、商会同士で買値を争わせることでござるよ!」


 頬肉をタプタプさせ、得意げな顔をする西園寺。

 その話を聞いた俺たち三人は、同時に「ほおー」と感心した声を出す。


「ふむ。西園寺、君の話は分かった。つまりはふたつの商会に対し、君は競売をけしかけたわけだ」

「デュフフ、如何にも」

「考えたものだね。でも、名のある商会のトップが競売してまで欲しい物とはいったいなんだ? 西園寺、君はいったいなにを向こうの世界に持ち込み、あんなにたくさんの金貨に変えたんだい?」


 九条がメガネを押し上げ、西園寺の顔を正面から見据える。


「俺も興味あるっすね。次は西園寺センパイと同じものを持っていけばいいんすから」


 と俺も興味を示し、隣の鳴沢も野菜ジュース飲み干したグラスを置き、


「西園寺先輩、ボクも同じもの持っていくから教えてくださいよー」


 と言った。


「デュフフ、九条殿と室生殿はいいとしても……鳴沢殿はやめておいたほうがいいでござるなぁ」

「えー!? なんでですか? ボクだけ仲間外れにするんですか?」

「デュフフ、そういうわけではないんでござるが……まあ、物が物だけに……でござる」

「もうあまり時間がない。答えるんだ西園寺! 君はいったいなにを向こうで売ったんだい?」


 見れば時計の針は九時五十五分を指している。

 あと五分経てば高校生の俺たちは店から追い出されてしまうことだろう。

 九条が焦るのも仕方がない。


「デュフフ……なぁに、ちょいと向こうで“トランプ”を売ってきただけでござるよ」

「む、トランプだって? たかがカードゲームが金貨に変わったというのか君は?」

「左様、」


 薄気味悪い笑みを浮かべた西園寺が「デュフフ、デュフフ」笑い声を漏らしながら続ける。


「ただし、トランプといってもただのトランプではござらん」

「『ただのトランプじゃない』だって……まさかッ!?」

「デュフフ、九条殿の思っている通りでござるよ。拙者が売ったトランプ、それは……ハワイ土産のトランプ(エロトランプ)でござるよ!!」


 ステキな笑顔を浮かべる西園寺。

 その答えを知った鳴沢が、冷めた目をしたまま呟いた。


「さいてー」


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