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第二十話 バッキャルドの風 後編

 夕日に染まったバッキャルドの街。

 アーシアとルーファさんは先に宿に戻っていて、ここには異世界部の四人しかいない。

 夕日に照らされ影が伸びるなか、俺たち異世界部の面々は途方に暮れていた。


「うーむ……まさか塩や香辛料を売るのに許可証が必要だとは思いもしなかったよ」


 九条が俯き、悔しそうにうめく。

 そうなのだ。「塩とか香辛料売ればたちまち僕らは金持ちさ!」と自信満々に言っていた九条であったが、近くの商店に入り『この塩、売るといくらになるかい?』


とドヤ顔で店主に質問したところ、店主から許可証の提示を求められたのだった。

 違う店に入ってもやっぱり許可証を求められたため、その店の店主に聞いてみたところ、商業ギルドに所属していてバッキャルド領主の許可を得ている者だけが塩や香辛料、小麦に大麦といった様々な物品の売買ができるらしい。


 簡単に言ってしまえば、全ての商品になり得る物は許可証がないとこの街では売買ができないのだ。

 それら全ては商人の利益を守るためであり、商人から正しく税を徴収するためのものでもある。

 まあ、そりゃそうだろう。

 誰だって怪しいヤツから商品を買いたくないし、何より転移魔法って便利な魔法があればいくらでも街の中に商品を持ち込めてしまうのだ。

 そんなことをすれば行商人から税を取り立てることができなっくなってしまい、街の税収が落ちてしまう。


 じゃあこっそり売ればいいじゃんとも思ったが、なんでも許可証を持たない者からギルドが扱う物品の項目に載っている物を買った場合、ギルドと領主の両方から制裁があり、最悪の場合街から放逐されてしまうそうだ。

 だもんだから、俺たちは話を聞いた商人から『塩を売りたかったら街の外へ行くか、領主から許可証をとってこい』と言われてしまったのだった。

 旅人どころか、この世界の住人でもない俺たちが簡単に許可証を取れるわけがない。

 そんなわけで、九条が当初考えていた『塩売ってたちまち大金持ち大作戦』はあっさりと暗礁へと乗り上げたのだった。


「九条センパイ、どーします?」

「ぬう……」


 日はすでに傾き、飲食店以外の店は閉まり始めている。


「んー……九条先輩、ボク今日はもうムリだと思いますよ。暗くなってきちゃいましたし、もうお店もおしまいみたいですから」


 戸締りをしている商店を見た鳴沢が言う。

 その視線の先では小太りなおっさんが店の扉に鍵をかけていた。


「いや、しかしだね鳴沢後輩。僕は男としてここで引き下がるわけには――」

「九条センパイ、んなこと言ってもっすね、センパイが持ってきた塩とコショウの山はこの街じゃ売れないんすから、なにか別の手を考えるべきだと思うんすよね」

「なっ、なにを言うか室生後輩ッ!? この日のために僕がどれだけの量を購入していたと思っているんだい! ここにあるのが全てじゃない。僕の部屋にはねぇ、塩と胡椒が山積みになっているんだよ! 諦めきれるわけがないじゃないか!」


 九条の背負っているカバンには塩とコショウがパンパンに詰め込まれている。

 それが全部じゃなかったのかよ。


「デュフフ、九条殿、拙者もここはいったん引くべきだと思うでござる」

「西園寺、君までそんなことを言うのかいっ!?」

「まあ聞くでござるよ九条殿」


 志を共にしている親友の言葉に九条が驚いた顔をするが、西園寺は少し間をあけて九条を落ち着かせたあと、自分の考えを語りはじめた。


「いいでござるか九条殿? 許可証なるものを持たない拙者たちではこの街、バッキャルドで塩を売ることはできないでござる。これはしかたのないことでござるよ。ここはこの街で売ることは諦め、許可証の必要がない場所で改めて売るでござる」

「くっ……」

「しかし、拙者たちにはすぐに金が必要でござる。他の場所に移動している時間なんてないでござる」

「そ、そうなんだよ西園寺! 僕たちには……僕にはお金が必要なんだ。ルーファさんと住む家を買うために!」


 なんか金を稼ぐ目的がだんだんずれていっているような気がするな。

 俺の隣では鳴沢が無言のまま眉をひそめていた。


「デュフフ、わかっているでござるよ九条殿。拙者、解決策もちゃあんと考えているでござる」

「ほ、本当かい西園寺!? ど、どんな……いったいどんな策があるというんだい? 教えてくれ!」


 九条が西園寺の肩をつかんでガクガクを揺する。

 西園寺は首周りの肉をタプタプ揺らしながら不敵に笑い、続ける。


「デュフフ、いいでござるか九条殿? 商業ギルドとやらの項目に載っている商品を扱うには領主の許可証が必要。ならば、“項目に載っていない物”を売りつければいいだけでござるよ。拙者たちの世界の物をこちらの世界(異世界)に売り、財を築く! デュフフ、簡単なことではござらぬか!!」


「……そうか……その手があったか西園寺!」

「デュフフ、そうでござるよ九条殿!」

「西園寺!」

「九条殿!」


 お互いの名を呼び、抱き合う二人。

 俺はそんな気持ち悪い光景から目を逸らし、鳴沢のほうに顔を向けた。


「えっと、つまり簡単に言うと、俺たちの世界の物をこっちで売る。ってことでいんだよな?」

「うん、そうだよ。ボクたちの――日本で買った物をこっちで売ってお金を稼ぐってことだよ。ただし、“こっちの世界に存在しない物”をね」

「こっちにない物ねー。……んな簡単にいくか?」

「んー、大丈夫じゃないかな? 日本にある便利グッツなら売れると思うし」

「たとえば?」

「そーだな…………ボク、お兄ちゃんと一緒に考えてくるね」

「つまりは思いつかない、ってことか」


 やれやれとばかりに俺が首を振ると、たちまち鳴沢の頬が膨らんでいく。


「違うよー。候補がありすぎて絞れないだけだもん!」

「んじゃ、その候補ってやつを教えてみてくれよ」

「ダメ! まだ秘密!」

「なんだよそれ」

「気にしなくていいのいいの! それより龍巳、龍巳もちゃんと売れそうなの考えてくるんだよ。こーゆーのは部員みんなで協力しないといけないんだからね」

「へいへい。わかりましたよー」

「ん、わかればよろしい」


 胸の前で腕を組んだ鳴沢が大仰に頷く。

 視線を九条たちポンコツ先輩コンビに戻すと、ちょうど向こうも話が一段落したみたいだった。


「よーし! ではお金を稼ぐ本番は明日の放課後ということにしようか! 今日は早めに解散し、各自売れそうな物を明日の放課後までに揃えておくように!」

「デュフフ、承知したでござるよ」

「うーす」

「はーい!」


 九条の言葉に西園寺がまず答え、続いて俺と鳴沢が続く。

 こうして、この日の俺たちはこのままアーシアたちが泊まっている宿、月の光亭に戻り、アーシアの転移魔法で部室へと戻り、そのまま解散となった。





 その日の帰り道。

 並んで歩いていた鳴沢が急に立ち止まり、俺の制服をひっぱってきた。


「ねーねー龍巳」

「あん? なんだよ鳴沢」

「まだ時間あるし、寄り道してあっち(異世界)で売れそうな物見てかない?」


 時刻は午後六時。

 まだまだ店は開いている時間だ。


「確かにこのまま帰ってもじーさんの相手するだけだしな。いいぜ、売れそうなもん見に行くか」

「そうこなきゃ! 行こ、龍巳!」


 パチンと指を鳴らした鳴沢が笑い、そのまま俺の腕を引っ張って走りだす。


「お、おい鳴沢、まだ時間あんだからそんなに急がなくてもいーだろ」

「なに言ってるのよ龍巳、いろんなお店回るんだからね! 走る走るー!」

「ったく……」


 このあと、俺は引っ張られるままに近くの百貨店へと入り、鳴沢と二人であーでもないこーでもない騒ぎながら売り場を荒らしていくのだった。




 翌日の放課後、デジタル時計の見かたを覚えたアーシアが時間ピッタリに迎えにきて、そのまま俺たち異世界部四人を転移魔法で月の光亭へと運んでくれた。

 魔法を行使して荒い息をつくアーシアに鳴沢が泉の水が入った水筒を手渡し、俺たちを出迎えてくれたルーファさんに向かって九条の奇声が部屋中に響く。


『はっはっは、一日ぶりですねルーファさん! ぼくに会えなくて寂しかったですか?』

『いいえ、まったく』


 ルーファさんの返事を聞いて崩れ落ちる九条の肩に、西園寺が慰めるように手を置いた。


「デュフフ……ドンマイ、でござる」


 いい親友を持ったな九条。


『ねーねータツミ、』


 泉の水を飲んで復活したアーシアがとことこと俺のそばにやってくる。


『ん?』

『キヨネから聞いたけど、その……おカネを稼ぐのあんまりうまくいってないんでしょ?』

『まー……な』


 気まずそうに頬をかいていると、申し訳なさそうな顔をしたルーファさんも近づいてきた。


『タツミさん、私たちのために無理はしてほしくありません。お金のことなら私たちだけでもなんとかできま――』

『いけませんルーファさん!』


 九条が立ち上がり、ルーファさんの言葉を遮る。


『お金のことなら僕たちだけでなんとかできます。信じてください!』

『ですが……』

『なーに、昨日はこの街の情報が少なかったから失敗したにすぎません。ですがもう大丈夫です。同じ失敗は繰り返しませんよ。なあみんな!』


 九条が振り返り、俺たちに同意を求める。

 本当は「いや、むりっす」と返したかったが、俺を見上げるアーシアも心配そうな顔をしていたため余裕を感じさせる笑みを浮かべ、頷く。


『九条センパイのゆーとーり大丈夫だよ。まー、どーんと待ってなって。すぐに俺たちが金を稼いでくるからさ。なあ鳴沢?』

『え!? あ、う、うん! ボクたちに任せてよ! アーちゃんとルーちゃんは今日の夕ご飯の心配だけしてて。すっごい高いとこいくからさ』


 突然話を振られた鳴沢も俺に話を合わせる。

 ルーファさんとアーシアの二人を心配させたくなかったからだろう。


『はっはっは、というわけですよルーファさん。お金のことは僕たちに任せてください! なーに、すぐに真っ白なお家を贈ってあげますから! ではみんな、街へいくぞっ!』


 高笑いする九条を先頭にして、俺たち四人は部屋を出ていく。

 振り返ると、アーシアとルーファさんが手を振って見送ってくれていた。





「さあ諸君、金を稼ごうではないか!」


 メガネをくいと押上げた九条が言う。

 俺と鳴沢のリュックサックにはいろんな物が詰め込まれているが、九条に至っては両手まで手持ちカバンで塞がっている。

 いったいどんだけの量を持ち込んできたんだよコイツは。


「デュフフ、では、手分けして商店を回ることにするでござるよ。集合時間は……午後八時でどうでござるか?」


 腕時計を確認した西園寺がそう言い、全員が頷いた。


「いいだろう西園寺。では八時に月の光亭の前に集合だ。絶対に遅れないように」

「うーす」

「りょーかいでーす」

「では、みなの健闘を祈る」


 そう言うと九条は持ってきた荷物をどっこらせと背負い、フラフラしながら人ごみへと消えていった。


「デュフフ、では、拙者も行ってくるでござる」

「西園寺センパイ、気をつけて下さいね」

「デュフフ、安心されよ室生殿。なにかあっても拙者のヌンチャクでイチコロでござるよ。では」


 九条に続いて去っていく西園寺。

 イチコロになるのは自分だって自覚はまだないらしい。


「龍巳、ボクたちは一緒に行こうか?」

「だーな。こんなとこ女の子ひとりでフラウラしてちゃ危ないしな」

「ふーん。ちゃんとボクのことも女の子扱いしてくれんだね、龍巳は」

「あったりまえだろ。それに鳴沢に何かあったら、光臣さんに合わせる顔がないからな」

「へへへー、ありがと。お兄ちゃんも“龍巳なら認めてもいい”って言ってたよ」

「なにを“認め”んだよ?」

「さあ。ボク知らなーい」

「ったく……んじゃま、そろそろ俺たちも行くか?」

「うん!」


 俺は鳴沢と一緒に商店を回るべく歩き出す。

 隣では、鳴沢が俺から離れないよう服の裾をしっかりと握りしめていた。




 

「ふう……まだ時間には早いけど、そろそろ戻るか鳴沢」

「うん……そーだね」


 疲れた顔をした俺に暗い顔をした鳴沢が答え、俺たちはトボトボと元来た道を歩いていく。

 結論からいおう。

 俺と鳴沢が持ち込んだ物はまったく売れなかった。


「くっそー、まさか格闘技のテクニック集が売れないとはな……誤算だったぜ」

「ぶー、なんで龍巳はかくとーぎの本が売れると思ったんだよ?」

「男は“最強”って言葉に憧れるもんなんだよ。だから売れると思ったんだけどなー」


 俺は手に持った、『格闘技最強テクニック』と書かれた本をチラリと見て呟く。


「その本は日本語で書かれてるんだから売れるわけないでしょー」

「でも写真入りだぜ?」

「見たけど男どーしがじゃれてるようにしか見えないよ! もうっ!」


 鳴沢の頬がぷくーと膨らむ。

 くっそー、なら俺も言わせてもらおうか。


「んなこと言ったら鳴沢が持ってきたのだってぜんっぜんダメだったじゃんか」

「うっ……ぼ、ボクだって買ってくれないとは思わなかったんだもん」


 鳴沢が持ち込んだ物は植物、主にトマトやゴーヤといった農作物の種だった。

 商店の店主に向かって自信満々に『おいしい野菜がいっぱいとれるよー』と力説する鳴沢であったが、見たこともない珍妙な野菜の種を買ってくれるわけがない。

 そもそも育て方が書かれている説明書だって、日本語なのだ。

 ぜひともさっき言われたことをそのまま返してやりたい。


「はあ……やめっか。疲れるだけだ」

「うん、やめよー」

「こうなったらセンパイらにかけるしかないな」

「んー……先輩たち大丈夫かな? うまくいってるといいけど……あれ? あそこにいるの九条先輩じゃない?」


 鳴沢に言われ目を向けると、そこには俺たちに気づいた九条が大きく手を振っていた。

 集合時間にはまだ二十分ほど余裕があるんだけど、俺と鳴沢同様、早めに戻ってきてのだろうか。


「鳴沢後輩、室生後輩、二人ともどーだったかね?」


 期待に満ちた目を向けてくる九条。

 その右目には大きな青タンができていて、自慢のメガネは右側がひび割れていた。


「すんません。こっちはまったくダメっした。九条センパイの方は?」


 俺の回答を聞いた九条の表情が、すぐに沈んだ暗いものへと変わっていく。


「そうか……君たちもか……」

「そう言うってことは、センパイの方も?」

「ああ、僕もまったく売れなかったよ……」


 自嘲気味に笑う九条は、自分の持っている荷物へと目を向ける。

 そこには、カバンからとび出しているトイレットペーパーが見えた。


「製紙技術が発達していないであろうこの世界なら、トイレットペーパーが売れると思ったんだがね。“尻を紙で拭く”ということをまったく理解してもらえなかったんだ。ならばと実践で教えようともしたのだがね……ご覧の通り、ぶん殴られたうえ店から叩き出されてしまったよ」


「いや、普通は店で尻出したら殴られますって。てか、よく殺されなかったっすね」

「九条先輩さいてー」



 俺と鳴沢が冷たい目を九条に向けるが、当の本人にはこたえた様子がない。

 トイレットペーパーが売れなかったことのショックが大きすぎたのだろう。


「あとは西園寺だけか……」

「一番期待できないっすね」

「はあ……ルーちゃんとアーちゃんになんて言おう……」


 俺たち三人はガックリと肩を落とし、深いため息をつく。

 そしてそのまま無言で西園寺が戻ってくるのをただ待つのだった。


「遅いな」


 九条が呟く。

 時間を確認すると、時計の針は八時十分を指している。

 集合時間はとうに過ぎていたのだ。


「ま、まさかなにかに巻き込まれたんじゃ!?」


 鳴沢が焦った声を上げた時だった。

 やたらとゴテゴテ金ぴかに装飾された、趣味の悪い馬車が道の向こうからこっちへと近づいてくるのが見えた。


「うわー、趣味わるー」

「だーな。成金趣味ってああいうのをいうんだろーな」

「ふむ、あんなに豪勢な馬車だ。きっと乗っているのは貴族か大商人かも知れないね」

「貴族……ねえ」

「あー、それあるかも知れませんね九条先輩。この街の領主とか」


 俺たちが好き勝手喋っている間にも馬車はこっちへと向かってきている。

 そしてついに、俺たちの目のまえを通り過ぎようとしたところで、急に馬車が止まった。


「え、ええ!?」


 鳴沢が驚く。

 当然だ。俺だってまさか目の前で馬車が止まるとは思わなかったからだ。

 止まった馬車から御者がおりてきて、金ぴかに装飾されている扉をうやうやしく開けた。

 はてさて、中から降りてくるのは領主か大商人か、そう思っていた俺たち三人の視界に予想だにしなかった人物が飛びこんでくる。


「さ、西園寺!?」

「西園寺センパイ!?」

「えぇー!? なんで!?」


 驚愕に目を見開いた九条の、鳴沢の、そして俺の声が同時に重なる。


「デュフフ、お待たせしたでござる」


 そう、金ぴか馬車から降りてきたのは、なんと西園寺だったのだ。

すっごく遅くなってすみません!


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