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第二話 旅立ち

「くっくっく、驚いたかね室生後輩?」


 ミサイルを打ち上げた俺に、ひょろ長がメガネをくいと押し上げながらそうドヤ顔で聞いてくる。


「い、いせか……い?」

「そう。異世界だ」


 呆然と呟く俺にしたり顔で頷くひょろ長。


「なんだって……なんだってこんなことに!? センパイっ、これはいったいどーゆーことなんすかっ!?」

「まあまあ、落ち着きたまえ室生後輩」

「でもっ、」


 俺は目の前に広がる世界から目を離せない。

 そんな俺をひょろ長は落ち着かせるようにポンポンと二度肩を叩き、語りはじめた。


「室生後輩、君が驚くのはよく分かる。かくいう僕もこの世界のことを知った時には大いに驚いたものさ。……いまの君と同じようにね」


 とウィンクをひとつ。こいつはひとつひとつのしぐさが妙に芝居かかってるな。

 ちなみに鳴沢は「きゃっきゃ、きゃっきゃ」とまだそこらを跳ね回り、張りのある太ももと絶対領域から見え隠れする白い布地を周囲に振りまいていた。


「さて、この『異世界』だが……なぜ部室にあるロッカーがこの世界と繋がっているのかを知る者はいない。一説によれば、『初代部長がこの世界の者だった』とあるが……僕と西園寺、そして前部長の鳴沢先輩と三人の間で、『初代部長が何らかの事情によりこの世界へ召喚された』と新説を打ち立てた。そしてその初代部長が元の世界へ戻る過程で開通したのが、あのロッカーだと推測しているのだよ。『異世界召喚』は僕たちの間ではマストでもあるからね」

「よく意味がわかんねーっすけど、それって個人的な趣味による見解……ってか、願望じゃないすか?」

「はぁーっはっは! そうとも言うな。まあともかくだ、部室のロッカーとこの世界が『繋がって』いるのは事実であり、現実なのだよ。ならば我々はそれを受け入れるのみ! 『異世界と繋がっている』という事実さえあれば、その過程や方法など些末なことに過ぎん!」


 両手を広げ高笑いするひょろ長。

 近くの木で羽を休めていた、やたらと色鮮やかな鳥たちがその笑い声に驚いて慌てたように飛び去っていく。

 俺はその飛び去っていく鳥たちを見送りながら、思考停止状態の脳をなんとか揺り動かす。


「えーっと……つまり、異文化世界交流部ってのは……、」

「異世界部だ」

「え?」

「ふっ、『異文化世界交流部』、略して『異世界部』だ。君も部員になったからには今後はそう呼びたまえ」

「……うっす」


 幽霊部員うんぬんの話はいったん置いといて、ひょろ長の言葉に俺は取りあえず頷いておく。

 たしかに『異文化世界交流部』ってのは長くて呼び難いから、『異世界部』の方が呼び易くていいけどね。

 

「んじゃー改めて、この異世界部ってのはこっちの……い、異世界? の人とかと交流しちゃう部なんすか?」

「うむ。それこそが我が異世界部の悲願でもある!」

「ちょ、『悲願』って……なんすかそれ?」

「それはだな――、」


 俺の問いに答えようとひょろ長がメガネを押し上げるが、その間に鳴沢がこっちへ走ってきてそのまま俺の背中にどーんと体当たりしてきた。


「まだ『こっち世界』の人とは出会っていないってことだよ、龍巳。ですよねー? 九条先輩」

「う、うむ。その通りだ鳴沢後輩」


 体当たりした結果、俺におんぶされるような格好になった鳴沢が説明し、自分のセリフを取られる形になったひょろ長がやや悔しそうに頷く。

 鳴沢は体当たりしても俺が微動だにしなかったのが悔しいのか、俺の首に手を回し、背中に乗ったままゆさゆさ体を揺すっている。そのせいで鳴沢の胸が背中に当たり、制服越しに感じる柔らかい感触に下半身の自我が目覚めそうになるが、「幼馴染のこいつは妹のような存在!」と自分自身に強く言い聞かせながら、ズボンのポケットに入れた手で自分の太ももを全力でつねってなんとか意識を逸らすことに成功した。たぶん内出血ぐらいはしてると思う。


「そんじゃまだ『こっちの世界』の住人とは会っていない。ってことすか?」

「うむ。その通りだ。したがって『異世界人』との接触こそが、いまの、そして我が部代々の目標と言ってもいいだろう」

「へー」


 俺はひょろ長の言葉を聞き、再び周囲の森に目を移す。

 洞窟の周囲は、歴代の部員たちが整地でもしたのか、ある程度は平たんで開かれている。あと何故か『野球部用具室』と看板に書かれているプレハブがぽつんと建っていた。


「あれは鳴沢先輩が野球部の用具置き場となっていたプレハブを一人で解体し、この場所で建て直したものだ。我々、異世界部の『こっちの部室』としてね。いやー、鳴沢先輩はほんとに行動力のある人だったよ。まあ、あの時は一晩でプレハブが消えたから、学園に警察が来たりなんだりで大変だったがねぇ」


 おれの視線に気づいたひょろ長が、聞いてもいないのにそう説明し、俺の背中では鳴沢が「さすがお兄ちゃん!」と感嘆の声を上げていた。ってか満臣さん、あんたいったいなにやってんだよ。


「ってことは、『こっちの世界』にも活動拠点はあるってことっすね?」

「そうだ。まあ、洞窟を進めば本来の部室がすぐあるのだがね」

「でもこっちの世界の人とは接触出来ていない? いや、それどころかこの森すら探索出来ていないんじゃないすか?」

「ほお……そこに気づくか、室生後輩」


 ひょろ長が自虐的な笑みを浮かべ苦笑する。

 専門家にいわせれば、『手つかずの森』というのは非常に多くの危険が潜んでいるらしい。土砂崩れなどの自然災害に、猪や熊といった野生動物。サバイバル技術に精通してない、ただの高校生が遊び半分で入っていけるようなところでは決してない。その上、この森から感じる様々な動植物の気配、それにさっき森の奥で木々を揺らしていた、『謎の何か』。

 日本にある森なんかとは比べ物にならないぐらいの危険をはらんでいるだろう。


「室生後輩、君に見せたいものがある。いったん部室に戻ろうか?」

「うっす」

「えー、もう終わりなんですかー」


 残念そうに唇を突き出す鳴沢を背負ったまま洞窟を進み、俺たちは旧校舎にある部室へと戻っていった。





「デュフフ、お帰りでござるよ」


 部室では俺たちがロッカーの中へと入っていった時と同じように、マンガを読みつつスナック菓子の袋に手を突っ込んだ小太りが出迎える。


「室生後輩、鳴沢後輩、まずは座ってくれたまえ」


 俺と鳴沢はひょろ長に促されるままにソファに腰を下ろす。

 対面では小太りがバリバリとスナック菓子の破片をばらまき続け、ひょろ長は「部外秘」と書かれたファイルを棚から取り出してきてから小太りの隣に座った。


「これを見てくれたまえ」


 ひょろ長がファイルをテーブルに置き、俺たちに向けて開く。

 そこには――、


「げぇ……なんすかこの顔面事故ってる珍妙な生き物は!?」

「ボク知ってます! これが『ゴブリン』で、こっちは『オーク』ですよね?」


 鳴沢がファイルに貼られている、醜悪な生物が写った写真を指さす。一枚は薄い緑色の肌をした人型の生物で、もう一枚の鳴沢が『オーク』と言った方は、顔面が豚にそっくりな人型生物。

 どちらも筋肉質な体に申し訳程度に巻いた腰巻で股間を隠して(かろうじて)いる。ともすればハイレベルは変態さんにしか見えないこの人型生物たちであるが、手に『剣』や『弓』といった武器を持っているところを見ると、それなりの知能はあるのだろうか。


「鳴沢、お前なんで『これ』知ってんだよ?」


 俺が顔面事故ってる生物の写真をとんとんと指で指す。


「ふっふっふ、ダメねー龍巳ったら。『ゴブリン』も『オーク』もファンタジーの基本よ。き、ほ、ん」

「なんの基本だっつーんだよ」

「ヘヘヘー」


 俺と鳴沢の会話がひと段落したのを見て、ひょろ長がメガネを押し上げながら口を開く。


「その生物――我々は『向こうの世界』にいる危険な生物をまとめて『モンスター』と呼んでいるが、その二種類のモンスターをそれぞれ、『ゴブリン』と『オーク』と呼んでいる。そう、鳴沢後輩のいうようにね。そう名付けた理由は、我々が嗜んでいる本やゲームによく出てくるキャラクターと姿形が似ていたからだ」

「ゲームに似てるなんてビックリっすね」

「そうかい? 我々は歓喜したものだよ。『ゴブリンやオークがいるなら、エルフもいるに違いない!』とね」


 ひょろ長が力強く拳を握り恍惚とした表情を浮かべ、小太りが「拙者は獣耳娘を所望するでござるよ」と言い、デュフフと笑う。

 俺は皮肉で言ったつもりだったのに通じやしない。てか合言葉にもなってる「えるふ」ってなんだよ?


「んでセンパイ、この『ごぶりん』とか『おーく』とかいう、未開地の原住民みたいなのと接触はしたんすか?」

「えぇっ!? 『ゴブリンやオークと接触』だって!? はっ、モンスターと接触を図るなんてそんな危険なこと、僕たちがするわけないじゃないか!」

「はぁ!? でもさっき、『異世界人との接触が目的』とか言ってたじゃないすか。まあ、なんか武器持ってて友好的には見えないっすけど」

「はっはっは、このモンスター共は畜生にも劣る下等生物なのだよ室生後輩。それと接触だなんて……ははっ、とんでもない!」


 ひょろ長は笑いながら、「ないない」と言いながらぱたぱたと顔の前で大げさに手を振る。


「接触してないのにめちゃめちゃ下に見てるんすね」

「はっはっは、接触するまでもない。ゴブリンとオークとはそういう生き物なのだよ室生後輩。この写真だって望遠レンズで遠くから撮ったものを拡大したにすぎん。なんせ相手は低能な下等生物。近づいたらなにをされるか分かったものではないからな」

「龍巳、オークに捕まるとね、女の子はすっっっごいエッチなことされちゃうらしいよ。お兄ちゃんが言ってた」


 鳴沢が俺の耳元でそうささやく。

 確かに、オークとかいうマッチョで腰巻一丁の姿からは、凄まじい変態の気配がひしひしと伝わってくる。近づかないにこしたことはないだろう。


「この写真って、さっきの森で撮ったやつなんすよね?」

「いかにも」


 ひょろ長が頷く。


「ってーことは、この……ご、ゴブリンでしたっけ? あの森では、このモンスターたちが当たり前のようにかっ歩してるってことなんすか?」

「その通りだ。そしてそのモンスター共のせいで森の探索が遅々として進まないのだよ」


 眉間にしわを寄せたひょろ長が悔しそうに呻く。

 なるほどね。確かにこのモンスターたちの姿を見る限り、なんの準備もなくこいつら(モンスター)に近づくのは危険だろう。写真だけだと身長は分からないが、森で生まれ、森で育つことによって自然と鍛えられたであろう全身の筋肉には無駄がない。

 もし仮にこいつらがゴリラやチンパンジーとかと同程度の筋力を持っていたとしたら、ただではすまないだろう。最悪命を落とすことになりかねない。

 とここで、脳裏にふとある疑問が浮かぶ。


「ん? センパイ、ちょっといいすか? こいつらがふつーにあの森にいるってことは、洞窟出たらバッタリ! ってこともあるんじゃないすか? もしくは洞窟を住処にしようとして入ってくる、とか」


 俺はふと湧いた疑問をひょろ長にぶつけてみる。

 さっき異世界へといった時、ひょろ長はなんら警戒することなく洞窟を通りあの森へと出たのだ。森にモンスターが出るというのなら、洞窟を出る時にもっと警戒したっていいはずだ。


「いい質問だ。実は過去にゴブリンと接触しようとした猛者もいたらしい。そしてその部員がゴブリンに近づくと、ゴブリンは問答無用で襲い掛かってきたそうだ。結果、命からがら洞窟へと逃げかえってきたらしいのだが…………あと少しでゴブリンに捕まる、といった状況だったにもかかわらず、部員を追っていたゴブリンは洞窟の近くまでくると急に追うのをやめ、引き返していったそうだ。まるで洞窟に近づくのを避けるかのようにね」

「……なんでなんすか?」

「理由はいまも分かっていない。だが、そのことから我々はある一つの仮説をたてた」

「どんな仮説なんすか?」

「それはだね、洞窟の周囲……少なくとも洞窟の出口を中心とした半径三百メートル以内に危険なモンスターを近づけさせない『結界』が張られているのではないか? という仮説だ」

「へー、すげぇっすね」


 俺は投げやりに聞こえない程度に相づちをうつ。

 しっかし……結界ねぇ。魔よけのお守りみたいなもんか。もしくはバリヤー。どちらにせよ、その『結界』とやらのおかげで危害を加えてくるモンスターから守られてるってわけだ。


「ああ。ありがたいことだ。そのおかげで我々は制限こそあれ、あちらの世界で安心して活動することができるのだからね。しかし――、」


 ひょろ長が、かっと目を大きく見開く。


「結界範囲内で探索できるところがもう残っていないのだよ。異世界へと行くことができるにも関わらず、ゴブリンやオークといった下等なモンスターのせいで我々はエルフと出会うことができないでいるのだ! これほど悔しいことはない!」


 拳を握ったひょろ長が、前方にツバを飛ばしながらまくしたてる。横では小太りが「拙者は獣耳でござる」と小さく呟いていた。獣耳ってなんだよ?

 そんな俺の疑問はよそに、ひょろ長の演説は続く。


「僕ももう二年生になってしまった。順調にいけばあと二年でこの学園から、この部から去ることになってしまう。もうあまり時間が残されていないんだ……。だからこそっ! 今年度こそ我が部は結界の外へとその活動範囲を拡げなくてはならないのだ! すべてはエルフと出会うために!!」


 だからその「えるふ」ってなんだよ。そんなツッコミを胸中で入れていると、隣の鳴沢が急に立ち上がった。

 両の拳は強く握られ、目には炎にも似た熱い輝きを宿している。


「やりましょう九条先輩! ボクも手伝います。みんなで力を合わせて……結界の外へと旅立ちましょう!」

「おお! やってくれるか鳴沢後輩! この部のために……エルフのためにっ!」

「もちろんです! そのためにボクはこの部に入ったんですから! それに、」


 鳴沢が俺の首に腕を回し、続ける。


「龍巳は謎武術を使うんです。雑魚モンスターなんかちょちょいのドンですよ! そうだよねー龍巳? 龍巳、中学のころはよく「シュッシュ、シュッシュ」しながら『俺は最強になる!』って言ってたもんね。モンスターなんかよゆーでしょ? よゆー!」


 確かに言ったような気がする。中学二年のころ、鳴沢の前でシャドーボクシングをしながら言ったような記憶がうっすらとある。

 消してしまいたい記憶のひとつに加えておこう。


「なに……!? 室生後輩、き、君は……『武道家』なのかっ?」

「鳴沢、お前なぁ……ったく。あー、先輩。まぁ、鳴沢の言う通り武道をやってます。ってか、家が古武術の道場なんすよね。だもんだから俺、物心つく前から親父やじーさんから鍛えられてたんすよ」

「おお……なんという僥倖だ。ついに……ついに我が部に『戦闘職』の人間が入部したか!」


 俺の回答になぜがひょろ長が瞳を輝かせ、希望に満ち満ちた表情を浮かべる。隣では小太りが「KOBUZYUTUキター」とか言いながらデュフフフと笑っていた。


「は? せ、せんとーしょく? 軍人の食べものかなんか――」

「そうなんですよ九条先輩。龍巳は昔よく『地上最強の男になる!』って言ってたから、モンスターぐらいちょちょいのドンです。それにボクもお兄ちゃんから『戦うためのアイテム』を渡されてきているんです! だから大丈夫。行きましょう! 結界の外へ!!」

「さすがは鳴沢先輩だ。そんなものまで用意していたとは……。これで……これでついに我々は『結界の外』へと赴くことが出来るのかっ!」

「そうですよ九条先輩。行けるんです! 旅立てるんですよ。あの異世界に!」


 ひょろ長がぶわっと涙を流し、もらい泣きした鳴沢がその肩をさすっていた。

 ちょっとついていけてないんで誰か説明してくれ、と切に願う。


「え、えーっと……つまり、センパイらは俺みたいな武道の経験がある部員を求めてた、ってことっすか?」

「おっとすまない。感情が昂ってしまったようだ。……君の言う通りだ室生後輩。見ての通り、僕も西園寺も暴力どころか運動とすら縁遠い生活を送っていてね。残念ながらモンスターに抗う術を持ち合わせてはいないのだよ。僕たちだけじゃない。代々この部の人間はなぜか内向的な人間が多く、運動が苦手な生徒ばかりだったのさ。唯一の例外といえば、鳴沢先輩ぐらいのものだった。しかし、その先輩とてあの結界の外に出たことは数えるほどしかなかった……」


 遠い目をして語るひょろ長。でもその内容を簡単にいうと、いままで運動が苦手な根暗なやつしか部にいなかったってことだろ? 満臣さんは例外として。


「だが、それも昨日までのこと。今日からは室生後輩、君がいる! 野蛮で下等なモンスターに対する力を持つ、君という存在がいる! ならば行こうでははいかっ! 『結界の外』へ!!」

「行きましょう! 九条先輩!」


 ひょろ長と鳴沢が勢いよく立ち上がり、


「しかたがないでござるなぁ……拙者も付き合うでござるよ」


 と、小太りまでもがのそりと重い腰を上げた。


「行こう。龍巳!」


 鳴沢が俺に向かって手を伸ばす。

 俺は少しだけ悩み、頭をぼりぼりと掻いたあと溜息をひとつつく。


「ふぅ……しゃーねぇな。付き合ってやるよ」

「うふふ、そうこなきゃ」


 俺はニヤリと笑うと、差し出された手を握るのだった。

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