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第十九話 バッキャルドの風 前編

おそくなりましたー

『金……っすか?』

『デュフフ、如何にも。なんせ“街”というものは、そこにいるだけでカネがかかるでござるからなぁ。奴隷商どもからせしめたカネも、街に滞在すればそのぶんだけ減っていくでござるよ』


 なるほどね。西園寺の言うことはもっともだ。

 この宿に泊まるのにも飯を食うのにも金はかかる。

 収入がなければ減っていくいっぽうだ。


『あー、たしかにそうですねー』


 鳴沢がポンと手を叩いてコクンと頷く。

 そしてルーファさんのほうに顔を向けると、


『ねーねールーちゃん、いま持ってるお金でどれぐらいここにいれるの?』


 と質問をした。

 じつにナイスな質問だ鳴沢。

 なんせ俺たちには、こっちの世界の貨幣価値がいまいちわかっていないからな。

 そういうことは当人に聞くのが一番だ。


『そうですね……私とアーシアだけならひと月、といったところでしょうか? 節約をしてですけど』


 腰に下げた革袋をあけて、ジャラジャラと金を数えていたルーファさんが答える。


『なるほど、ひと月ですか。でもそれには食事代も入っていますよね?』

『はい。クジョーさん言うとおりです』

『ならっ、なら食事は僕が毎日届けます! そうすればもう少し長く滞在できますよね?』

『え、ええ……ひと月半かふた月ぐらいは』


 鼻息荒く迫る九条の勢いに気圧されたルーファさんが、ぎこちない笑顔で頷く。


『ちょっとー九条先輩、そこは“ぼくたち”って言ってくださいよー。ボクも毎日ルーちゃんとアーちゃんにご飯もっていきますよ。龍巳もくるよねー?』

『まーな。ってか、“部活動”なんだからみんなで来なきゃ意味ないだろ。ですよね、九条センパイ?』

『あ、あたり前じゃないか! 僕たちは異世界部なんだからね。部員全員で行動するのは当然さ!』


 九条が両手を広げて大げさにそう言うが、「チッ」と小さく舌打ちしたことを俺は聞き逃さなかった。

 後ろでは西園寺が「九条殿も一本取られたでござるなぁ」と呟き、ニヤニヤと笑っている。


『ウオッホン! さて諸君、聞いての通りだ。現在の我々の所持金ではルーファさんとアーシア君が最長でも二か月間、二か月間しかこの街に滞在できない』


 わざとらしい咳払いをした九条が、わき道に逸れかけて話を元に戻す。


『そこでだ、我々異世界部は西園寺が言ったように、まずはこの街で金を稼がなくてはいけないのだよ!』

『九条先輩、しつもんでーす』

『なんだね鳴沢後輩?』


 ハイと手を上げた鳴沢を九条がさす。


『うちの学校って、たしかバイト禁止されてたと思うんですけど?』


 質問はそこかよ鳴沢。


『うむ。いい質問だ鳴沢後輩』


 いや、よくはねーだろ九条。


『確かに我が校はバイトを校則で禁じていいる。しかしっ、それはあくまでも我々の世界でのことにすぎん! ここは日本はおろか、地球ですらないのだからね。ならばなんの遠慮もいないではないか。我々が持つ知識とメイド・イン・ジャパンな商品を駆使して金を稼ぎ、ルーファさんに真っ白な家を買ってあげるのだ!』

『センパイ、なんか最後のほうでチラッと本音が出てないっすか?』

『おっと失礼。僕としたことがつい取り乱してしまったようだ。まあ、つまりはだね、僕たちがこちらの世界でお金を稼ぎ、ルーファさんとアーシア君を援助する。そう、いわばボランティア活動のようなものだよ。なにせ、いくらこっちでお金を稼いだところで僕たちの世界では使い道がないんだからねぇ』


 ボランティアときましたか。ホント、“言葉”って便利だね。


『そ、そんな……申し訳ないですよ』

『そうだよクジョー。おカネぐらいあたしたちでなんとかするよ!』


 ルーファさんがすまなそうに、アーシアが舐めんなよとばかりに頬を膨らまして言う。


『はっはっは、なーに気にしないでください! 僕たちを街まで案内してくれたルーファさんにお礼がしたいだけです。それに、僕たちもこの街でいろいろと物を買ってみたいですからね』

『ですが……』

『いやいや、本当に気にしなくていいんですよ。はっはっは――』

『九条先輩はちょっとだまっててください』


 高笑いする九条の口を鳴沢が塞ぎ、ルーファさんに向きなおる。


『ねぇルーちゃん、それにアーちゃんも』

『なんでしょうか?』

『なーにキヨネ?』

『もしボクたちがいなかったらさ、その……どーやっておカネを稼ぐ気だったの?』


 鳴沢の質問にアーシアが目をパチクリさせている。


『そんなお決まってるじゃない。あたしは魔法がつかえるし、ルーファも精霊魔法がつかえるから冒険者ギルドにいけばいくらでも依頼クエストの誘いがあるんだよ!』

『クエスト? アーちゃん、それってモンスターとかと戦ったりするやつ?』

『はい。冒険者ギルドでは私たちのように魔法を使える者があまりいないのです。ギルドにいけばクエストへの同行を申し出てくる人が必ずと言っていいほどいることでしょう。ですから滞在費ぐらいは自分たちでなんとかできますよ』


 そう言ってルーファさんは鳴沢を安心させるように優しい笑みを向けるが、鳴沢はまだ納得がいってないらしく不満顔だ。

 しっかし……モンスターと戦って金を稼ぐなんて、こう見えて二人ともけっこう肝がすわっているな。

 それともこっちの世界じゃこんぐらい普通のことなのか?


『んー……ルーちゃんはさ、その……エルフじゃん?』

『え、ええ。エルフですが……それがなにか?』


 質問の意図が読めないルーファさんが小首を傾げて不思議そうな顔をする。


『んっとさ、ルーちゃんを――ってゆーか、エルフを捕まえるように命令した悪い商人がこの街にはいるんでしょ? だったらさ、クエストで街の外にでるとまた奴隷商みたいな悪いヤツがルーちゃんを狙ってくると思うんだ。それにこの街のなかだって油断したら危ないとボクは思う。だって、ぜったいにその悪い商人はまだエルフを狙っているよ! エッチなことをするために!』

『なっ!?』

『デュフフ……』 


 鳴沢の言った『エッチうんぬん』でエロイことでも想像でもしてしまったのか、九条が怒りの形相となれば、隣では西園寺が前かがみになっている。


『そんな……大丈夫ですよ』

『いやいやいやいや。ルーファさん、僕も鳴沢後輩の意見に賛成です。もし僕が悪徳商人ペトゥグリーなら、ルーファさんとアーシア君に偽の依頼を出して街の外へと誘い出し、罠をはって待ち構えていることでしょう。ルーファさんを――“エルフ”を捕まえるために!』

『罠……?』

『そう罠です! ですからルーファさん、いまは冒険者ギルドへ行くのは控えて下さい。お金は僕たちがなんとか工面しますから!』


 ルーファさんの手を取り、力説する九条。

 その表情は真剣そのものだ。


『でも九条センパイ、そーは言ってもどーやってカネ稼ぐんすか? 俺ら平日は夕方から夜のちょっとの時間しかいれないんすよ?』

『ふっ、君の心配はもっともだ室生後輩。しかし案ずることはない。僕にもちゃんと考えがある。うまくいけば……あっという間に大金を稼ぐことも可能だろう!』

『考えっすか……いったいなに企んでるんすか?』


 九条の考えほどあてならないものはない。

 どうやらそう思っているのは俺だけではなかったらしく、鳴沢もアーシアも胡散臭いものを見る目で九条を見ていた。

 見事なまでに信頼されてないな、うちの部長さまは。


『ふっふっふ、いいかね室生後輩? こちらでカネを稼ぐのはそれほど難しくはない! なぜならっ――』

『拙者たちが住む日本の物を、“こっち”の世界で売りつければいいんでござるよ』


 溜めに溜めていた言葉を西園寺が横からかっさらう。

 自分のセリフを取られる形になった九条は、心底悔しそうな表情を浮かべていた。


『俺たち、日本の物……っすか?』

『いかにも。こちらの世界で手に入らない物を持ち込んで売りさばく。そうでござるな、九条殿?』

『さ、西園寺……君ってヤツは……まあいい。ウオッホン! 西園寺の言う通りだ室生後輩。たとえば我々の世界でも塩やコショウなどの香辛料は中世において価値の高いものだった。おそらくは輸送技術が発達していないこちらの世界でも同様だろう』


 そこで九条はメガネを押しあげ、不敵に笑う。


『つまり……塩でもコショウでも小麦粉でもなんでもいい! 僕たちが簡単に、そして安価で手に入れることができる物を集め、こちら(異世界)で高値で売る! そうすればあっという間に大金持ちさ!』


 九条は自信満々な顔でみんなを見まわし、


『なにか質問はあるかね?』


 と、ドヤ顔で質問を求めたが、誰も挙手することはなかった。


 そんなわけで、俺たち異世界部は日本から持ち込んだ物を異世界で売りさばき、カネに変えることが目下の活動目標となったのだった。

次回、後編!

なるべく早く投稿しますね。

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