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第十八話 バッキャルド圏突入

遅くなりました。

 俺たちがたどり着いたバッキャルドは、石積みの高い塀にぐるりと囲まれた大きな街だった。

 大きな門に、厚い木材を何枚も重ねて造られた扉が外側に向かって開けられていて、その中に次々と人が入っていっては同じぐらいの人数が旅立っている。

 過去にこの街にきたことがあるルーファさんが言うには、バッキャルドは主要街道が交差する場所にあり、交易が盛んでこの国のありとあらゆる物が集まってくるそうだ。

 物が集まるということはそれを運ぶ人も多いということで、俺たちが街に入るには二時間ぐらい並ばなくてはならなかった。

 ただぼーっと待っていても暇なので、並んでいる間に邪魔なマウンテンバイクとリヤカーをアーシアの転移魔法で部室に送り返しておく。

 やたらと酷使されることにアーシアはプリプリ怒っていたけど、お菓子を渡すとあっさりと機嫌がなおりあたりチョロイもんだぜ。

 そうこうしているうちに、やっと俺たちの番が回ってきた。


『次の者たち、前へ出ろ』


 門番らしき街の衛兵の指示に従い、俺たち六人は衛兵の前へ進み出る。


『ふむ……。エルフに有翼人、それに人間か……おかしな組み合わせだな。街に入る目的はなんだ?』


 髭面の中年衛兵が俺たちをジロジロと無遠慮に見ながら質問をしてきた。

 事前にルーファさんから、『門番とのやり取りは私に任せて下さい』と言われていたので素直に黙っておく。

 代わりに、俺たちを代表してルーファさんが衛兵に答えた。


『昔馴染みに会いにきました。月の光亭のリミルという女性なのですが……』

『おお! リミルさんの知り合いか。よし、入っていいぞ。一人銅貨五枚だ。』

『ありがとうございます』


 ルーファさんが微笑み、衛兵に六人分の銅貨三十枚(奴隷商から西園寺が巻き上げていた)を支払う。

 笑みを向けられた衛兵は照れたように顔を赤くしていた。人とは違う神秘的な美しさを持つエルフに微笑まれたら照れるのも当然か。


『さあみなさん、行きましょう』


 ルーファさんを先頭に俺たちは門をくぐり、バッキャルドの街へと入っていった。





 街はレンガ造りの建物が並び、地面は石畳によって舗装されている。

 道行く人の服装も様々で、ここまで統一感がなければ俺たちの服を見て珍しがる人はいても、不審者扱いする者はいなかった。


「龍巳、なんか海外旅行にきたみたいだね!」


 鳴沢が「おー!」とか感嘆の声を上げながら周囲をきょろきょろと見回す。

 もっとも、きょろきょろしているのは鳴沢だけではなく、俺も含めて九条も西園寺も初めて来た異世界の街に興奮しているようだ。

 だって、街に入ってから二人のテンションは明らかに高くなっているから嫌でも分かる。


「おおっ! 見たまえ西園寺! あそこにいるのはダークエルフじゃないかい!?」

「デュフフ、それより九条殿、あそこっ! あそこに獣耳娘が……ちっ、ババアでござるか。後ろ姿詐欺は勘弁してもらいたいでござるよ」


 とまあ、こんな感じにだ。

 俺が今年の春休みにアメリカへ行った時にはいろんな人種がいるもんだと思ったが、この街ではいろんな“種族”がいる。

 背は低いが筋骨隆々なドワーフに、猫耳とかウサギ耳とかのいろんな獣人。

 その上髪の色もやたらカラフルな人が多く、青とか緑とかバリエーションに富んでいる。しかもそれが似合っているのだから、ただただ感心するしかない。

 いまさらながら、“ここ”は本当に異世界なんだなと再確認。


『こっちです』


 観光客みたくきょろきょろしている俺たちを楽しそうに見ていたルーファさんが、ある建物の扉を開けた。

 その建物には看板がぶら下がってはいるんだけど、あいにくと俺にはこっちの世界の文字は読めやしない。

 どうやらアーシアがかけてくれた魔法は言葉は話せるようになっても、文字までは読めないみたいだな。


『アーシア、』

『ん?』

『この建物の看板、なんて書いてあんだ?』


 俺はアーシアの服をちょいちょいと引っ張り、看板を指さす。


『ひょっとして……タツミって字が読めないの?』

『アーシアにまほーをかけてもらうまで、俺たちは言葉も話せなかったんだから当たり前だろ』

『もー、しょーがないなー。あの看板には、“月の光亭”って書いてあるんだよ』

『おー、そうなのか。さんきゅーアーシア』


 腰に手をあて、得意げに胸を張るアーシアの頭をがしがしと撫でる。

 ルーファさんが門番に言っていた『月の光亭』ってのは、ここのことだろう。


『いらっしゃい! でも悪いねぇ、いま席が埋まってるから少し待っててもらえるかい?』


 入ってきた俺たちに向かって、恰幅のよいおばちゃんが笑顔を向けてくる。

 俺たちが入った建物はどうやら大衆食堂(?)らしく、昼過ぎだってのに多くの客で賑わっていた。

 次々と注文が飛び交っては、店員らしき若いねーちゃんたちが忙しそうに働いている。

 門番の衛兵にも通じたぐらいなのだから、この店は相当な人気店なんだろう。


『リミル、お久しぶりです』


 ルーファさんが、最初に声をかけてきたおばちゃんに話しかけた。

 リミルと呼ばれたおばちゃんはまじまじとルーファさんの顔を覗き込んだあと、目を見開いて驚く。


『あらやだこりゃ驚いた、ルーファじゃないかい! いったい何年ぶりだい? なかなか会いに来てくれないからあたいのことなんか忘れちまったのかと思ってたよ』 

『十五年ぶりですよリミル。なかなか会いに来れなくてすみませんでした。でも、私はあなたのことを――友人であるリミルのことを森の聖霊の名にかけて忘れたりなんかしません』

『いやだよ冗談さね。でも……本当に久しぶりだねぇルーファ。あんたはちっとも変わらないのに、あたいはすっかりおばさんになっちまったよ』

『そんなことはありません。あなたは昔と変わっていませんよ。だってほら、出会った時と変わらない、同じ笑顔をいまも私に向けてくれていますから』


 十五年ぶりの再会を果たしたらしい、ルーファさんとリミルさんが抱き合って喜びを分かちあっていた。

 さらっと『十五年ぶり』とか言っていたけど、ルーファさんっていったい歳いくつなんだろう。

 こんどこっそり聞いてみよう。


『バッキャルドにはしばらくいれるのかい?』

『ええ。しばらくは滞在する予定です』

『そうかいそうかい。宿はもうとったのかい? まだならうちに泊まってきな。安くしとくよ』

『ありがとうリミル。じゃあ、お言葉に甘えようかしら』

『そうこなきゃ! うしろの連中は連れだね? 何部屋用意しようか?』

『そうですね……』


 ルーファさんが俺たちを振り返り、顎に指をあてて『う~ん』と悩む。

 そんな悩むルーファさんの耳元に九条が顔を寄せた。


『ルーファさん。僕たちはアーシア君に転移魔法で洞窟まで送ってもらうので、ここに泊まるのはルーファさんとアーシア君の二人だけで結構です。その代わりに、魔方陣を広げられる余裕がある大きめの部屋をお願いしてもらえませんか?』

『わかりました。クジョーさん』


 異世界の宿に泊まるってのにはすっごく興味があるが、考えてみれば俺たちは門限ていう縛りがあるんだ。

 今日は日曜日だけど、夜には学校から出なくてはならない。

 だから九条の言うように、この宿に泊まるのはルーファさんとアーシアだけで、俺たちはアーシアの魔法で部室とバッキャルドを行ったり来たりするしかないわけだ。


『リミル、広い部屋を一部屋お願いできますか?』

『一部屋? 別に構わないけどね……後ろの男どもも一緒なのかい?』

『いいえ、彼らは泊まりません。ただ部屋で話したいこともあるので部屋に入れてもいいですか?』

『ああいいさ。おい、あんたたち、あたいの友達のルーファにちょっとでも変なことみな。そこにぶら下がってるモンをちょん切ってやるからね』


 リミルさんはルーファに頷いたあと、ギロンと俺たち男子を――特にヤバい空気を全身からかもし出している西園寺を睨み付けるようにしながら警告を発した。

 しかし西園寺はその程度では怯まない。


『デュフフ、リミル殿ご安心を。拙者は獣耳娘が好みのタイプでござるからなぁ。エルフなんぞ眼中にないでござるよ。むしろ、エルフにのっぴきならない執着心を抱いているのはここにいる九条殿の方でござる』

『さっ、西園寺! きゅ、急になにを言い出すんだ! ごごご、誤解を招くようなことを言うんじゃないよ君は!』


 なんらためらうことなく友人を売った西園寺と、分かりやすいリアクションをする九条。

 リミルさんの標的が西園寺から九条に変わった瞬間でもあった。


『ふーん。あんたがルーファを狙ってるってわけかい。言っておくけど、ルーファに指一本でも触れてみな。男に生まれたことを後悔するほど蹴り上げてやっからね』


 リミルさんは九条に顔を寄せて睨み付ける。

 もう、おでこがくっつくんじゃねーかってぐらいに睨み付ける。


『だ、そーっすよ九条センパイ』

『九条先輩、ボクちゃーんと見張ってますからね。ルーちゃんに変なことしちゃダメですよ』

『クジョーはルーファに近づかないほうがいいんじゃないの?』

『デュフフ、デュフフフフ』


 俺たちは困った表情を浮かべるルーファさんはほっといて、九条にくぎを刺す。

 当の九条は髪をかきむしりながら、


『誤解だーーーーー!!』


 と絶叫するしかないのだった。





 そんなこんなでバッキャルドでの活動拠点を手に入れた俺たちは、三階にある借りたばかりの部屋でくつろいでいた。

 借りた部屋は二十畳ほどの広さがある大部屋で、本来なら冒険者パーティとか家族とかの、そこそこ人数がいる人たちが借りるような部屋だそうだ。

 俺たちは部屋にある椅子やベッドに腰をかけ、持ってきていたお菓子をつまみつつ今後のことについて話し合いを始める。

 進行係はもちろん九条だ。


『さて諸君! 我々は幾多の困難を乗り越え、ついにバッキャルドへと辿り着いた。ついてはこれからの活動方針を決めようではないか!』

『九条先輩、ちょっといいすか?』

『なんだね室生後輩』


 俺が挙手すると、九条は眼鏡を押し上げながらこちらを向く。


『俺たちの目的て、ペなんとかって商人をぶっ飛ばすことっすよね? んじゃあ、まずはそいつがいる場所を探すってのはどうっすか?』

『ふむ。悪徳商人ペテゥグリーがルーファさんのようなエルフを自分のものに――“奴隷”にしようとしているのなら、すでに捕まっているエルフがいるかも知れない。そういった意味では室生後輩の言うように、居場所を探すのも重要な問題のひとつだろう』

『じゃあ――』

『しかし! しかしだ、室生後輩。我々にはその前にやらなくてはならない重要なことがあるのだよ』

『……なんすかそれ?』

『ふっ、わからないかい?』


 九条は目を細め、鋭い眼光を向けてくる。

 そんな目をされたって、俺にはいまいち分からない。

 見れば鳴沢もルーファさんも、アーシアだって首をかしげて不思議そうな顔をするばかり。どうやら分からないのは俺だけじゃないみたいだな。


『やれやれ、西園寺、君はどうだい?』

『デュフフ、九条殿、あまり拙者を甘く見ないでもらいたい。当然、拙者は九条殿が言わんとしていることを理解しているでござるよ。デュフフフフ』


 薄気味悪い笑い声が部屋中に響く。


『ねーねー西園寺先輩。ボクたちにも教えて下さいよー』


 そんな不気味な笑い袋を、鳴沢がつんつんして答えをせがむ。


『しかたがないでござるなぁ鳴沢殿は。いいでござるか? 拙者たちがこの街でやるべきこと、それは――』


 西園寺はそこでいったん区切ると、全員の顔を見回しこう言った。


『金を稼ぐことでござるよ』

次回十九話、『バッキャルドの嵐(仮)』

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