第十七話 再会
今回は短めです。
やはりというか、部室から借りてきた『首輪物語』はくそ長かった。
けっきょく全部観るのに三日かかり、今日の朝までかかってしまった。
現在の時刻は朝の五時。
「おはよー、龍巳!」
「おう鳴沢。はよーさん」
俺が鳴沢を迎えに行ってインターホンを鳴らすと、制服姿の鳴沢が食パンをくわえたまま玄関から出てきた。
いつもは眠そうな顔をしているくせに、今日はバッチリ目が覚めているようだ。
「清音、気をつけていってくるんだぞ! お兄ちゃんもいつか必ずそっちに行くからな!!」
玄関からは出てきたのは鳴沢だけじゃなかった。
黒髪の短髪で俺より一回りは体格のいい鳴沢の兄さん、満臣さんも一緒に出てきて妹の旅立ちを見送り、無事を祈っている。
「あっれー、満臣さん久しぶりですね」
「おう、龍巳くん。幼馴染のよしみだ。清音の面倒を頼むぞ!」
「任されました。しっかり見張っておきますよ」
「もー、お兄ちゃんは心配しすぎなんだって。ボクもう子どもじゃないんだからだいじょうぶだよー。ねー龍巳?」
「そうは言うけどな、お兄ちゃんは心配で心配でたまらないんだ! それに実の妹の心配をするのは当たり前のことだろう。なあ、龍巳くん?」
兄妹のからそろって同意を求められた俺は、「そっすねー」と、曖昧な返事を返しておいた。
「龍巳、目のしたにクマさんできてるよ。寝ぶそく?」
「ああ、めっちゃ可愛いクマさんだろ? 最近俺に懐いててなかなか離れてくれないんだ」
「やだー、なにそれー」
思いがけないタイミングで満臣さんとの再会を果たしたあと、俺と鳴沢はそんな他愛もない会話をしながらコンビニに入り、自分の昼飯とアーシア用の食べ物と飲み物を購入。
そんでコンビニを出て再び学園へと向かう。
俺はすでに首輪物語から得た知識で『エルフは肉を食べない』と知っていたので、ルーファさんの食べ物は全部九条に任せることにしていた。
本人も胸を叩いて「任せてくれたまえ」って言ってんだから大丈夫だろう。
事実、ルーファさんも九条が持ってきた謎の精進料理のようなものを残さず食べていたしね。
「いよいよだね、龍巳」
両の拳を握った鳴沢が、感慨深げに言う。
「そーだな。どんな街かしんないけど、おもしろいとこだといーな」
今日は土曜日。
つまり、ついに異世界部が向こう側の街を目指して旅立つ日なのだ。
昨日までの三日間は準備に明け暮れたといってもいい。
アウトドアショップにいってはテントや寝袋など様々なキャンプ用品を購入し、ついでに保存のきく食べ物に飲料水まで準備した。
部室へ一気に運びこむと学園側から怪しまれるだろうから小分けにして運んだため、ずいぶんと手間取ってしまったのだ。
その地味な努力がついに今日、報われることになる。
『待っていたぞ二人とも!!』
『デュフフ、グッモーニンでござるよ』
『あっ、タツミさん、おはようございます』
洞窟を抜けた先では、先輩方が仁王立ちして待っていた。
ルーファさんは朝食を食べているところで、いつもなら突撃してくるアーシアの姿はない。
見ればこっちの部室に置いてあった荷物が全て外に出されていて、部室の窓からチラチラとアーシアの頭が覗き見える。
『九条センパイ、アーシアはこっちの部室でなにしてんすか?』
『ん? アレかい? アーシア君にはいま転移の魔方陣を部室に描いてもらっているのだよ。なんでも魔方陣さえ描いておけば、我々がバッキャルドへ行っても瞬時に戻ってこれるらしい』
『へー。それ凄いっすね。テレポーテーションみたいじゃないっすか。ドラちゃんもビックリっすね』
『ああ。ドラちゃんもビックリさ! まあ、魔力の消費が激しいらしいから、帰還だけの片道切符になってしまうらしいがね』
『それでも便利っすよ』
『まったくだ。これで我々は時間いっぱい異世界の街、バッキャルドを探索することが出来る。僕は胸が高鳴ってしかたがないよ』
『ボクもボクもー! なんか海外旅行いくときみたくドキドキしてる!』
まだ見ぬ街に想いを馳せる九条。そしてそれに同調する鳴沢。
二人の未来へと向けられた眼差しは眩しいくらいに輝いていた。
だが、この場で一番輝いているのは西園寺だろう。
西園寺は獣人(首輪物語で憶えた)のイラストが描かれた薄い本を見ながら、「デュフフ」と笑みをこぼしていた。
『クジョー! できたよー』
黒いインクで服をあちこち汚したアーシアが部室から出てくる。少しだけやつれたその顔からは、確かな達成感が見受けられる。
『おおっ! ついに完成したのかアーシア君! ご苦労だったね』
『ホントだよ! あたしすっごい疲れたんだからね!』
『いやあ、ムリを言ってすまなかったね。もうすぐ出発することになるが、それまでの間休んでてくれたまえ』
アーシアを労い、お菓子を差し出す九条。
どうやら、部内ではアーシアの餌付けが着々と進んでいるようだ。
『よし、各自荷物の再確認をしておいてくれたまえ。三十分後に出発するぞ!』
全員九条の言葉に頷く。
そして三十分後、俺たちは五日ぶりに境界線を示すロープを跨ぎ、再び森の奥へと入っていくのだった。
森を抜けるのには半日近くかかってしまった。
途中、やっぱりというか、ゴブリンやオークといったモンスターに角の生えた好戦的なウサギ、犬の頭を持ったコボルトとかいうモンスターなんかが襲い掛かってきては俺と鳴沢が物理で、アーシアとルーファさんが魔法でそれぞれやっつけていき、日が傾いてきた頃にはなんとか森を抜けて平野へと出ることができた。
ここからバッキャルドの街までは、更に歩いて一日かかるらしい。
正直そんなに時間の余裕がない異世界部は、転移魔法陣が描かれているでっけー白いビニールシート(アーシアが描いたらしい)を広げていったん部室に戻ることにする。
そこでアーシアに泉の水を飲ませて魔力を回復させ、フリーライド用のマウンテンバイク三台とアルミ製の折り畳み式リヤカーを魔方陣まで運んで再び転移。
平野へと戻ってきた俺たちは、アーシアを回復させるべく水筒に入れてある泉の水を飲ませてからビニールシートをたたみ、テントを張って一夜を過ごした。
んでもって翌日。
「いやー、僕はこんなにも気持ちよく自転車に乗るのは久しぶりだよ室生後輩! 楽しいなあ!」
「デュフフ、拙者ももうすぐ獣耳娘に会えるかと思うと楽しくてしかたがないでござるよ! 楽しすぎて疲れていても自然とペダルを踏んでしまうでござるよ! 不思議でござるなぁ!」
「あー、そっすね」
異世界にきてからずっとハイテンションの高い先輩方と、なぜか当然のようにリヤカーを引かされているローテンションの俺。
リヤカーの上には、乗り物酔いで顔色が悪い鳴沢と、初めて乗る乗り物に興味津々な様子のルーファさんとアーシアが乗っている。
『ルーちゃんもアーちゃんも気持ちわるくならないの? ボク気をぬくと吐きそうになっちゃうよー』
『そうですか? 私たちは別に……ねえ、アーシア?』
『うん。あたしは平気だよ。だって馬車にくらべたらぜんぜん揺れないんだもん』
『うー……そうなの? じゃあボク馬車のりたくないなー』
いつの間にか鳴沢が二人のことを親しげに呼んでいるのが気になったが、まあ、こいつは昔から人見知りしなかったからな。仲良くなって三人の距離が近くなったのはいいことだろう。
女子会中の三人が乗ったリヤカーをマウンテンバイクで引っ張っている俺は、ペダルを回す足を速めて九条に併走する。
「この分ならもうすぐでバッキャルドに着くだろう。楽しみだねぇ室生後輩」
「……そっすね」
「ああ、そういえば首輪物語は見たかね室生後輩?」
「ちゃんと全部見ましたよ。ラストで主人公が長年自分を支えてくれていた奴隷を崖から溶岩の海に蹴り落とすシーンには衝撃を受けたっす。まさか最後の最後で奴隷を見捨てるとは思わなかったっすからね」
「はっはっは、あのラストは上映当時でも賛否両論だったからね。だが、名作というものは得てしてそういうものさ!」
「どっちかってっと、迷う方の迷作って感じがしたっすけどね」
「ほう、なかなかうまいことを言うではないか室生後輩。君もやるもんだねぇ」
皮肉のつもりで言ったのに、なぜか九条に評価されてしまった。
「デュフフ、二人とも前を見るでござるよ。街が見えてきたでござる!」
西園寺に言われて視線を前に向けると、地平線にうっすらと街のようなものが見え始めてきた。
「おお! ついに見えてきたかっ! 西園寺っ、室生後輩っ、悪いが先に行かせてもらうよ! 君たち二人は後からついてきたまえっ!!」
そう言うと九条はマウンテンバイクのギアを上げ、一気に加速し始めた。
それに釣られて、西園寺もギアをマックスに入れて加速する。
「デュフフフフ、九条殿、抜け駆けは許さんでござるよーっ!!」
「はっはっは、僕についてこれるかい西園寺っ?」
額に大粒の汗を浮かべ全力でペダルを回した二人は、僅か五百メートルで力尽きていた。
やっと異世界の街につきました。
次回、第十八話『バッキャルド圏突入』




