第十六話 新しい絆
遅くなりました。
『よーし。では諸君、一度これまでの状況を整理し、その上で今後の方針を決めようか』
手を叩き、みんなの視線を集めた九条がそう切り出す。
『うっす』
『デュフフ、了解でござる』
『はーい』
俺を始めととした異世界部員がそう答え、アーシアとルーファさんの二人も黙って首を縦に振る。
『ではまず――』
九条は俺の腰にしがみついてるアーシアと、できるだけ九条から距離を置いているルーファさんを順番に見てから言葉を続けた。
『この国の名はイクセティア王国。そしてルーファさんとアーシア君の二人は旅人だ。我々がいるこの森を抜けた先にあるという街バッキャルドを目指している道中で、不運にも昨日僕たちが倒した奴隷商に捕まってしまった。そうですねルーファさん?』
『はい』
微笑みながら優しく問いかける九条にルーファさんが頷き、肯定する。
『奴隷商の目的は……ひ、卑劣にもルーファさんをバッキャルドにいるある商人に売り払うことだった。それも、秘密裏に……。そうだね、西園寺?』
『デュフフ、拙者が悪らつなる奴隷商共に裁きの〈男魂砕き〉を用いて得た情報によれば、バッキャルドに拠点を置くイクセティア王国でも有数の大商人ペトゥグリーなる者が奴隷商に命じていたらしいでござる。即ち、“エルフを捕まえてこい”と』
『ふーん。いったいどんな目的でそんな命令出したんすかね?』
そんな俺の素朴な疑問には、西園寺と鳴沢の二人が立て続けに答えてくれた。
『デュフフ……室生殿、金を持った欲深い男がどんな目的で美しい種族であるエルフを――ルーファ殿を捕まえようとしていたかなど……考えるまでもないことでござるよ』
『たつみたつみー、そのぺてぐりーとかゆーひと、きっとルーファさんにすっごいエッチなことするつもりだったんだよっ! 時代劇の悪代官みたいに! やっつけないと!』
西園寺はやれやれといった感じで、鳴沢は憤慨したようにまくし立てる。
二人の意見を聞くかぎり、つまりはただ単純に下半身の衝動のおもむくままにルーファさんを攫おうとしていた、ってことか。
俺は女を無理やり、ってのは好きじゃない。これは絶対にそのペテなんとかってヤツを二度と股間がおっきしなくなまで痛めつける必要があるな。
『九条センパイ、俺いまからそのバなんとかって街に行って、ペテなんとかってヤツぶっ飛ばしてきていいすか?』
『待ちたまえ室生後輩。君の怒りは最もだ。僕だって心の奥底から湧き上がるこの怒りをペトゥグリーなる卑劣漢にぶつけてやりたいさ! しかしだ、僕たちはこの世界についてあまりにも知らなすぎる。そんな状態で乗り込んでみたまえ。場合によってはこの世界の法を侵すことになり、犯罪者となった我々は最悪この国を敵に回すことになるかも知れないのだよ。……ま、まあ、ルーファさんのためなら、例え世界を敵にまわしても僕は構わないんですけどねぇ』
九条はメガネを押しあげはにかみながらルーファさんの反応を伺うが、当の本人は聞いていなかったかのように素知らぬ顔。隣では、アーシアが肩をすくめて首を振っていた。
『ゴホンッ、話を戻そうか。ルーファさんとアーシア君を怖い目に合わせた商人ペトゥグリーにはいずれ相応の罰を与えるとしてだ、まずは僕たち異世界部もバッキャルドを目指すべきだと思うのだよ。ルーファさんたちと一緒にね』
『デュフフ、拙者も同感でござる。この世界の常識や知識、それに獣耳娘の情報を手に入れるのには、人の多い街という存在はうってつけでござるからなぁ』
『ボクも異議なーし!』
さらりと自分の欲望を挟み込んだ西園寺が追従し、鳴沢もそれに賛同した。
俺もペなんとかっってヤツをぶっ飛ばすつもりなんで、街に行くことには賛成だ。
『んでセンパイ、いつ行くんすか? いまから街に向かいます?』
『ふむ。そうしたいのはやまやまなんだが、我々異世界部には“下校時間”という制限がついてしまう。となると、出発は今度の週末。土日の二日間を使ってバッキャルドへ向かおうではないか!』
『ってーと、今日は火曜日だから四日後の土曜日に出発ってことっすね?』
『うむ。その通りだよ室生後輩。……というわけなのですがルーファさん、バッキャルドに向かうのは四日後でもよろしいでしょうか?』
俺と九条の会話の内容に分からない部分が多々あったのか、眉間にしわをよせていたルーファさんが、突然の九条の質問に驚いた顔をする。
『あ……私は別に構いません。もともと目的のある旅でもありませんし、急いでもいませんでしたので』
『おお! そうでしたか! あー……アーシア君はどうかな?』
思い出したかのようにルーファさんの隣にいるアーシアにも、いちおう聞いておく九条。
アーシアは不服そうに頬を膨らませたまま、
『……あたしもそれでいーよ』
と答えていた。
『よーし! では週末までの間に旅支度を整えなくてはならん。やることは山積みだ。僕が作業を割り振るから、各自しっかりと準備するように!』
『デュフフ、承知したでござる』
『はーい』
『りょーかいっすよ』
部長である九条の言葉にこの場にいる部員全員が頷く。
『――とまあ、こんなところかな。ああ、それと室生後輩、』
『ん? なんすかセンパイ』
準備についてあれこれと指示を出し終えた九条が、最後に俺を呼び止める。
『室生後輩、君には部室にある資料映像を週末までに見てきてもらいたい』
『資料映像……すか?』
『そうだ。“首輪物語”といってファンタジーを語る上で欠かすことの出来ない作品なのだよ! 室生後輩、どうやら君は鳴沢後輩に比べ“ファンタジー”というものを理解していないようだからねぇ。バッキャルド――この異世界を旅する前に学ばなくてはならないことが多々あるのだが……首輪物語を見ればその問題もあらかた片付くだろう』
『なんか……どっかで聞いたタイトルっすね』
『ふっ、十年ほど前に映画化されているからね。バンバンCMも流れ広告もうたれていたし、君が知っていてもおかしくはない』
『は、はぁ』
『なぁに、三部作合わせてほんの十二時間程度だ。今日入れて四日もあれば余裕だろう』
『……くそ長いっすね』
『はっはっは、僕も最初はそう思ったがね、見始めてしまえばあっという間だったよ!』
高笑いする九条にドン引きしながらも、アーシアが俺のそばまでやってきた。
『タツミ……』
『おう、どーした?』
『タツミも一緒にきてくれるの?』
俺の服をぎゅっと握り、見上げてくるアーシア。
俺はそんなアーシアの頭をくしゃくしゃとなでたあとしゃがみこんで目線を合わせ、アーシアの問いに答えた。
『あったりまだろ』
『モンスターとか、奴隷商みたいに人さらいが出るかも知れないよ?』
『んなもん俺がやっつけてやるよ。だから遠慮なんかすんな。な?』
『う、うん!』
『ボクやっつけるよー!』
ハイと手をあげた鳴沢が、横から会話に入ってくる。
『きのうはカッコ悪いとこみせちゃったけど、もう大丈夫! こんどは人間が相手だってボクも戦うよ!』
『あのなぁ、ムリすんなよ鳴沢』
『んーん、昨日は血怨爪だと殺しちゃうかも、って思ったら足が震えちゃって戦えなくなっちゃったけど、そのことお兄ちゃんに話したらビリビリする棒くれたんだ。だから人間が相手の時はそれで戦う!』
『……ちょっとそのビリビリする棒見せてみろよ』
『ん、いーよ。ちょっと待ってて』
そう言うと鳴沢はギターケースをガサゴソし、中から黒光りする金属の棒を取り出してきた。
『はい』
『お、おう』
俺はそれを受け取り、まじまじと見る。
手元にはスイッチがついていて、長さは四十センチほど。
ためしにスイッチを押しこんでから西園寺をつついてみると、西園寺は豚のような悲鳴をあげて卒倒してしまった。
『鳴沢、これスタンロッドだろ? しかも改造してあって電圧高い危険なヤツだ』
『あー、そういえばお兄ちゃんもそう言ってた! 絶対にモンスターとか悪いヤツ以外には向けるなよって、そー言ってた!』
足元でプスプスいっている西園寺をアーシアが棒でつんつんして反応を伺っている。
ピクピクしているところを見ると、どうや死んではいないようだ。よかった。
『よっし、そんじゃこれで鳴沢も相手が人間でも戦えるわけか』
『うん! 悪いヤツは死なないてーどにいためつけてやるぜ!』
鳴沢と一緒に不敵な笑みを浮かべたあと、二人でアーシアに向きなる。
『てなわけだアーシア。俺と鳴沢であぶねーヤツはやっつける。だから安心していいぞ』
まあ、その手始めに西園寺をやっつけたわけだけどな。
『そーだよー。それにボクたちも街を目指すんだから、どうせなら一緒の方が楽しいでしょ?』
鳴沢もアーシアの顔を覗き込み、その頭をよしよしと撫でる。
『……ありがとう』
恥ずかしそうに顔を赤らめて礼を言うアーシア。
その隣にルーファさんもやってきて、俺と鳴沢に微笑みを向ける。
『私からもお礼を言わせて下さい。お二人が同行してくれなんてとても心強いです。ありがとうございます』
『えー、気にしないでくださいよー。むしろ一緒に行ってくれて助かるのはボクたちの方なんですから。ねー、龍巳?』
『そうそ、俺たちだけじゃ街の場所なんかわからないからな。ほんと助かるよ。それに……俺はアーシアにもルーファさんにも出会えてよかったと思っているからね。ここまで仲良くなっておきながら、じゃあさよーなら、なんてできるわけないでしょ』
アーシアとルーファさんの二人に出会えたからこそ、悪いヤツをぶっ飛ばせにいけるわけだしな。
力の振りどころを失っていた俺としては、感謝の念しかわかない。
『タツミ……』
『フフ、まあ。私とアーシアに絆を感じてくれているのですか』
『好きに解釈してくれていーぜ』
『ぶー、龍巳は幼馴染のボクには絆を感じないの?』
照れているアーシアに嬉しそうなルーファさん、それになぜか唇が突き出ている鳴沢の四人で笑い合っていると、悔しそうな顔をした九条が近づいてくるのが視界の端に映りこんだ。
きっとルーファさんとの会話に混ざりたいからだろう。まったくめんどくさい先輩さまだ。
そんなこんなで、このあとの部活動は森を抜け街へ向かう準備で一日がつぶれた。
ちなみに気を失った西園寺は、近くの泉の水を飲んだらなぜか完全復活を果たした。
九条がいうには、なんでも『近くにある泉は復活の泉で、飲めば怪我や病気がたちどころに治ってしまうのだよ!』とのこと。
原理はわからないけれど、昨日顔面がボッコボコだった九条と西園寺の二人が、今日はきれいな顔をしていたのにはそういう理由があったらしい。
鳴沢は『そんなのRPGのじょーしきだよ!』と得意げに胸を張っていたが、その意味は最後まで俺には分からないままだった。
全然一週間どころじゃなくてすみません!
実は腰がヤバすぎて座っていても寝ていても痛く、なかなか書く時間がとれませんでした。
また更新に時間がかかると思いますが、気長に待ってて下さい。
ではでは、次回十七話『再会』




