第十五話 校舎の裏側
放課後、荷物をまとめて鳴沢と一緒に部室へと向かう。
その道すがら、鳴沢は手紙の束を俺に見せてきた。
「ねーねーみて龍巳、下駄箱にいっぱいお手紙入ってたの」
そう言って得意げに胸を張る。
「いまどき果たし状とは、古風なヤツもいたもんだな」
「そんなわけないでしょー。コレはラブレターだよ。まー、古風ってとこは一緒だけどさ」
入学二日目にして、もう鳴沢は各学年の男子たちから熱烈なアプローチを受けているらしい。
「ふーん。なんて書いてあったんだ?」
「なんかね、『伝えたいことがあるから、放課後校舎裏に来てください』だって。そんな感じのが十通ぐらいあったよ」
「やっぱ果たし状なんじゃねーの?」
「あっれー? 龍巳はコレがラブレターって認めたくないのかなあ?」
人の悪い笑みを浮かべながら、鳴沢はラブレターの束をヒラヒラと振る。
「なんでそーなんだよ? まあいい。んで、もう放課後だけど校舎裏には行くのか?」
「えーヤダよ! そんな知りもしない男子から告白されたくないもん」
口を尖らす鳴沢。
たしかにそんな十何通も同じ場所を指定されてたら告白が渋滞して、はたから見ても間抜けな光景になることだろう。
「んじゃ真っ直ぐ部室に行くわけか?」
「うん! いまのボクはラブレターより異世界だよ。 さー、今日もいくよ龍巳ぃー!」
鳴沢はもう待ちきれないとばかりに俺の手を引っ張り、部室を目指して走りはじめた。
部室へ入った俺たちは荷物を置き、鳴沢はジャージに着替え、俺はTシャツにカーゴパンツ、それにトレッキングブーツに履き替える。
昨日森に入ったせいで制服が泥だらけになり、入学初日で泥だらけになった制服を見て、じーさんが激怒してしまったのだ。ここは可愛い孫としてじーさんの血圧に気を使い、制服姿で異世界に行くことを控えてやることにする。
隣の鳴沢も制服が血まみれになって学んだのか、ジャージと一緒に使い捨てのカッパも持ってきたそうだ。
ギターケースも一緒に持っていくってことは、コイツはまた血まみれになるつもりなんだろう。
「準備オッケー! 行こう、龍巳」
鳴沢はギターケースを担ぎ、なぜかスーツケースまで引きずっている。
「おう。俺も行けるぜ」
「じゃー、しゅっぱーつ!」
そんな鳴沢の掛け声と共にロッカーへ入り、俺たちは異世界へと渡った。
「おおっと、これはこれは、室生殿に鳴沢殿。二人もこっちに来たでござるか」
今日、異世界に一番乗りしていたのは西園寺だった。
九条の姿が見えないってことは、まだ自分の教室から出ていないのかも知れない。
『タツミ!』
「わぷっ」
アーシアが羽をパタパタさせながら飛びついてくる。
『ほほう。アーシア殿は室生殿のことがお気に入りなのでござるな』
『なによ? 悪い?』
俺とアーシアをニヤニヤと笑いながら見ていた西園寺に、アーシアが噛みつく。
『いや、悪いとは言ってないでござるよ。仲睦まじいのは良いことでござるからなぁ』
『西園寺センパイ、センパイが言うとなんーんかやらしく聞こえんすよねぇ……って、なんでセンパ異世界の言葉話してんすか!?』
『大したことではござらん。ちょっとアーシア殿にお願いして、拙者もお話できるようにしてもらっただけでござるよ』
さっきまでアーシアがいた場所には、俺が買ってきたのとは違うお菓子がわんさか袋に入っていて、おまけに各種ジュースまで揃っている。
なるほど。買収されたわけか。
俺がアーシアを見ると、アーシアは気まずそうに俺から離れ、ぷいとそっぽを向いていた。
そんなアーシアに鳴沢が手招きをする。
『アーシアちゃんこっちおいでー。お洋服持ってきたよー』
『服?』
『うん。ボクのおさがりなんだけど、アーシアちゃんに着れそうなのいっぱい持ってきたよ。あっ、ルーファさんの分も持ってきましたよ。あっちで着替えましょう!』
『私の分もですか? そんな……申し訳ないです』
『もうボクが着れない服だから気にしないでください」
『そーだよルーファ。せっかくキヨネが持ってきてくれたんだから、もらわないと失礼だよぉ』
『……そういうことでしたら』
アーシアもルーファさんも奴隷商たちに酷い扱いを受けていたのか、着ている服はボロボロだ。
だからか、二人とも鳴沢の申し出はすごく嬉しかったらしく、着替えるために三人仲良くこっち側にある部室へと入っていった。
部室に入っていく三人の後姿を見送った西園寺が、おもむろに口を開く。
「…………室生殿」
「ダメっすよセンパイ」
「拙者まだなにも言ってないでござるよ!」
「言わなくたってわかるっすよ。着替えを覗くとか最低っすよ」
「ぬう……すぐそばに着替えている女人がおるのでござる。それを覗き見るには男子たる者の宿命と言っても過言ではござらん! なぜそれが分からないのでござるか!?」
西園寺は両肩をわなわなと震わせながら、俺に詰め寄ってくる。
「アーシアはガキんちょだし、ルーファさんも見た目で分かるぐらいぺったんこっすよ。見ても楽しくなくないすか?」
「心配御無用。拙者は“脚派”でござる。脂肪の塊にはあまり興味がござらん」
「センパイ……そりゃあ“乳派”の俺に対してケンカ売ってるってことっすよね?」
「おやおや、室生殿はおっぱい星人でござったか。なんとまあ……赤子気分が抜けないのでござるかな?」
俺を小ばかにしながら、懐からヌンチャクを取り出す西園寺。
「おもしれーっす。そのケンカ……買うっすよ」
俺は間合いを取り、拳を握る。
「室生殿。これは男と男の勝負でござる。手加減は……無用でござるよ」
「センパイ、あとで謝ったって許さないっすからね」
「室生殿、それは拙者のセリフでござる。では……ホオォォォッッウゥゥワチャァァァッ――ごふぅッ!!」
回転させたヌンチャクで顔面を猛打し、地面にうずくまる西園寺。
こーなると思ってたよ。
「ごふぅ……ぐぅ……はぁ、はぁ……む、室生殿」
「なんすかセンパイ?」
「こ、この場は拙者の負けでござる。しかし、これだけは覚えておいてもらいたい。拙者たち脚派は……いつか乳派を駆逐する、と」
「そりゃムリっすよ。俺たち乳派が負けることは、絶対にないっす」
鼻から血を流し、目に涙を浮かべる西園寺に手を差し伸べる。
西園寺は俺の出した手を握り起き上ると、悔しそうに顔を歪めた。
とまあ、そんなどーでもいい小競り合いをしていたら、いつの間にか着替えは終わっていたらしい。
部室からまずアーシアが飛び出し、続いてルーファさんが、最後に着替えを手伝っていたジャージ姿の鳴沢が出てくる。
『どおどおタツミっ!? 似合う?』
赤いワンピースを着たアーシアがくるりと回り、その姿は赤い髪と相まって、すっげー似合っていた。
ちなみに羽の生えてる部分は切り拡げられていて、背中からは真っ白い羽がちょこんと飛び出している。
『おー、似合ってんじゃんアーシア』
『ヘヘー。キヨネが選んでくれたの!』
そう笑い、鳴沢にタックルみたいに抱き付く。鳴沢は「ぐえ」と声を漏らしていた。
『どうでしょうかタツミさん。変ではありませんか?』
『い、いんや、すんげー似合ってるぜ』
恥ずかしそうに上目づかいで見てきたルーファさんは、体にフィットする感じのTシャツにデニム生地のショートパンツ、おまけに黒いニーハイまではいている。
体のラインが分かりまくりの姿で恥ずかしそうにもじもじするもんだから、俺まで恥ずかしくなってきちまった。
「脚派の拙者には堪らない姿でござるなぁ」
俺の後ろで西園寺がボソリと呟く。
脚派じゃないけど同感だ。
『そ、そうですか。なら……よかったです』
なぜか頬を赤く染めて俯くルーファさん。
こんだけ綺麗なら、いままでにさんざん褒め言葉をもらっててもおかしくなさそうなんだけどな。
『おや、みんな揃っているようだねぇ』
その時、洞窟から九条が出てきた。
もちろんタキシード姿で。
「九条センパイちっす」
『おお! ルーファさんその姿は!? な、なんて美しい……』
俺が片手を上げて挨拶するも、ルーファさんの姿を見た九条の耳には届かない。
九条はニーハイ姿のルーファさんに釘づけとなっていた。
『クジョーさん。この服はキヨネさんに頂いたのです』
『はっはっは、そうだったのですか。鳴沢後輩、グッジョブだ!』
親指を突き立てる九条に、鳴沢も親指を立てて応じる。
「んで九条センパイ。今日はどーすんすか? また森のなかに入ります?」
「いや、今日は森には入らないよ室生後輩。我々異世界部は、悲願であったこちら側の住人――ルーファさんたちと出会えたのだ。せっかくだからこれを機に、今日はこちらの世界についていろいろと聞いておきたいと思うのだが……どうだろうか?
「なるほどね。俺は別にそれでいいっすよ」
「ボクも異議なーし!」
「デュフフ、拙者は猫耳娘の情報を聞けるのであれば、どちらでも構わないでござるよ」
「よし! では本日の部活動は情報収集といこう!」
九条はそう言い手を叩くと、カバンからノートに筆記用具、ボイスレコーダーにビデオカメラと三脚まで取り出し組立始める。
『ねーねータツミ。クジョーはなにしてるの?』
九条の取り出した機材を不思議に思ったのか、アーシアが俺のTシャツの裾を引っ張り、ビデオカメラを指さす。
『うーん……なんて言うのかな、アレは“機械”って言って、映像を記録する――つってもわからないよなぁ』
『キカイ?』
『デュフフ、アーシア殿、あれは魔道具のようなものでござるよ』
アーシアにビデオカメラをなんて説明するか頭を悩ませていた俺に、西園寺がよく分からん助け舟を出してくる。『まどうぐ』ってなんだよ? そんな俺の疑問をよそに、アーシアとルーファさんの二人はその『まどうぐ』って説明でなにか合点がいったようだった。
『凄い! クジョーは魔道具持ってるんだね! それはどんな魔道具なの?』
『アーシア君、これはビデオカメラといってね。この“目”の部分に映った光景を記録する道具なのだよ。ほら、こんな風にね』
出会ってから初めて九条に興味を持ったらしいアーシアとルーファさんの二人がビデオカメラに近づいていき、九条は一時的に撮った映像を二人に見せていた。
『キヨネがここで小さくなってるよ!?』
『まあ』
どうやら九条は鳴沢を撮って二人に見せたみたいだ。液晶画面に映る鳴沢を見て、二人は驚きの声を上げる。
新鮮なリアクションを取ってくれる二人に気を良くした九条は、ビデオカメラでアーシアとルーファさんを映したり、デジカメの使い方を二人に(特にルーファさんに)教えたりしつつ、さり気なくルーファさんとのツーショット写真を撮っていた。
俺たちの世界の機器に触れ、興奮した二人が落ち着くまで、しばらく時間がかかったのはいうまでもない。
次回、十六話『新しい絆』
一週間以内に投稿できるように頑張ります。




