第十三話 地球圏へ
遅くなりました!
悪者の奴隷商を放置したまま、下校時間が近い俺たちは洞窟の前へと急いで戻ってきた。
顔面が事故ってる化物がばんばん出る森だけど、日ごろの行いが良ければ悪者も助かるんじゃないのかな。
まあ、取りあえず悪者の行く末なんぞ、俺は興味がない。
『この場所は……精霊の強い加護を感じます』
俺におんぶされているルーファさんが、周囲を見回しながら驚いた顔をする。
奴隷商に連れられていたルーファさんは、なんでも奴隷商の出す食事が口に合わず、ほとんどなにも食べていなかったらしい。
一人で歩くとフラフラしだすする衰弱したルーファさんを、俺は無理やりおんぶしてここまで連れてきたのだった。
もちろん、最初は「ルーファさんをおんぶする役は僕だ!」と九条が強く主張していたが、もやしっ子のうえ、奴隷商たちに散々殴る蹴るされた九条も歩くのがやっとだったせいで、結局ルーファさんを俺が、アーシアを鳴沢がおんぶすることで納得してもらった。
『加護? なんだそりゃ?』
『この森に住まう精霊の力により、この場所に悪しき心を持ったものが入れないようにしてあるのです』
俺の背から降りたルーファさんがそう説明してくれるが、いまいち理解できない。“悪しき心を持ったもの”ってんなら、なんで九条と西園寺の二人がこの場所に入れるんだろう? あの二人こそ煩悩の塊みたいなもんじゃないのか。
『なるほどな。やはりこの場所には結界――いや、加護……か。どちらにせよ、やはりこの場所はその不思議な力によって覆われていたのだね』
そうしたり顔頷くのは九条だ。
この男はルーファさんを助け出してからというもの、なんか妙にきりりと引き締めた顔でルーファさんとの会話に無理やり入ってこようとしてくるのでめんどくさい。
「んなことよりセンパイ、下校時間は大丈夫なんすか?」
「む、そうだったな室生後輩。いまの時間は……いかん! 下校時間まであと三十分しかないぞ!?」
腕時計で時間を調べた九条が、険しい顔をする。
「えー!? ボク、モンスターの返り血浴びてるからシャワー浴びたいのにー!」
「デュフフ、これはすぐに帰り支度をしないとまずいでござるなぁ」
鳴沢が「きゃあきゃあ」言いながら慌て出し、それにおなかの肉をプルプルさせながら西園寺も続く。
『ちょっとタツミ! あ、あなたたちどこいくのよ?』
『おお、アーシア。俺たちはだな、なんつーか、家に帰んなきゃいけないんだよ』
『家って……ひょっとしてこの洞窟がそう……なの?』
洞窟の中を覗き込みながらアーシアが言う。
『いや、洞窟には住んでなくてだな、うーん……九条センパイ、この場合なんて言ったらいいんすかね?』
洞窟の向こう側に違う世界が繋がっているなんて、言ったところで信じてもらえるとは思えない。
俺だってまだよく分かっていないのだ。それなのに説明できるわけがないじゃないか。
『ふむ。アーシア君。すまないが我々はいまとても急いでいるのだ。詳しい説明は明日でも構わないかな?』
『あした? あした、また来てくれるの?』
『もちろんだとも! エルフに――ルーファさん会いにくるに決まっているではないか!』
『わ、分かったわ。なら……ここで待ってる』
力強く答える九条に、若干引き気味のアーシアが頷く。
そんな九条とアーシアを交互に見ていた鳴沢が、顎に指先を当てながら、思案顔で九条に尋ねる。
「ねーねー九条先輩。学校の部室に泊めることって、できないんですか?」
「鳴沢後輩、僕もそうしたいところではあるのだが、旧校舎は夜になると警備員の見回りがあるのだ。その時に部室から物音でもしたら、彼女たちは見つかってしまうだろう。万が一にも部の秘密を漏らすわけにはいかないからね。リスクはおかせないのだよ」
「ぶー。そーなんですかぁ」
九条の回答を聞いた鳴沢の頬が、不満げに膨らんだ。
「デュフフ……案ずることはないでござるよ鳴沢殿。元来エルフは森と共に生きる存在。拙者たち異世界部の部室より、自然あふれるこの場所の方が過ごしやすいでござろう」
「確かに、西園寺の言う通りかもしれないな鳴沢後輩」
「そっかー。ルーファちゃんはエルフですもんね」
なぜか初対面の相手の特性を知っている西園寺の言葉に九条も追従し、それに鳴沢も納得したようだった。
『さて、ルーファさん』
『はい、なんでしょう?』
ボコボコになった顔に精一杯の笑みを湛えた九条が、ルーファさんに話しかけた。
『僕と付き合っ――じゃなくて、これから僕たちはこの洞窟の奥へと入っていかねばならないのですが、ルーファさんたちはここで待っていてもらえないでしょうか? 明日の夕方までには戻ってきますので』
『分かりました。私も少し疲れていますから、精霊の加護が強いこの場所で一日休ませていただけると助かります』
『それは良かった! 是非休んでいって下さい! あそこにある部室……もとい、小屋も使ってくれて構いません。中にある物も自由に使って下さい』
『ありがとうございます。使わせていただきますね』
『いえいえ、紳士として当然のことですよ!』
ルーファさんと名残惜しそうにしている九条の背に、ふくれっ面の鳴沢が声をかける。
「九条先輩はやくー! ボクたち先にいっちゃいますよー」
「ま、待ちたまえ! 僕もいま行く!」
弾かれたように振り向いた九条が、慌てたようにこちらへとやってきた。
異世界部の四人で、洞窟の中へ入ろうとした時、アーシアが走ってきて、俺の服を掴む。
『た、タツミも……あした、来てくれる?』
『ああ。俺は明日もまた来るよ。お菓子をいっぱい持ってきてやるから、大人しくしてるんだぞ』
『うんっ!』
俺はアーシアの頭にポンと手を乗せ、くしゃくしゃと髪をかき回す。
アーシアは少し恥ずかしそうにしながらも、気持ちよさそうに目を細めて、されるがままにしていた。
「龍巳もはやくー!」
「おう! いま行くよ」
俺はアーシアの頭から手を離し、
『んじゃアーシア、また明日な』
と言って鳴沢のあとを追う。
アーシアは『うん!』と元気よく返事をして、いつまでもブンブンと手を振っていた。
こうして、俺たちは旧校舎の部室へと戻るのだった。
「ははは、早く着替えなきゃ!」
部室についた鳴沢は、置きっぱにしてたバッグからジャージを取り出し、いそいそと着替えはじめる。
「龍巳! こっち見ちゃダメだからね!」
「見ねーから早く着替えろよ」
「わかってるよー」
九条と西園寺の二人が着替えをガン見しようとしていたので、部室から蹴り出し、ついでに、
「部室の前で待ってるからな」
と言って、俺も部室から出る。
後ろ手で閉めた扉の向こうから、
「わかったー!」
と元気よく鳴沢が答えた。
「では室生後輩。僕と西園寺はこれで失礼させてもらうよ」
「うっす。てかセンパイたち、顔がボッコボコですけど大丈夫っすか?」
「はっはっは、なんのこれしき。中学時代に受けた理不尽な暴力に比べれば軽いものさっ。なあ、西園寺?」
「デュフフ、如何にも。この程度では拙者の心は折れないでござるよ」
さらりと暗い過去を暴露する二人に、俺は心苦しくなってしまう。
「……変なこと聞いてすんません」
「ふっ、気にしないでくれたまえ。では室生後輩、また明日」
「うっす。また明日ここに来ますね」
「ああ。待っているよ。あ、戸締りを頼んでもいいかな?」
「了解っす」
九条は部室の鍵を俺に渡したあと、西園寺を連れて帰って行った。
顔面がボコボコのくせにその表情が明るく、おまけにテンションがすっげー高いのは、きっとアーシアとルーファさん、“向こう側”の住人に出会えたからだろう。
異世界の住人と接触することが目的で、その第一歩も踏みしめたのだ。興奮しないわけがない。
「龍巳、お待たせー!」
ジャージ姿に着替えた鳴沢が、勢いよく部室から出てくる。もちろん、その背にはギターのハードケースも背負われていた。
曰く、「しっかりメンテナンスしないとダメになっちゃうから」らしい。
夜な夜なチェーンソーを磨く女子高生とか、存在自体ホラーだ。
「もう時間がない。急ぐぞ鳴沢」
「うん!」
俺は旧校舎の廊下を走り出し、元気よく頷いた鳴沢が俺に続く。
校門で腕時計を睨む、生活指導担当っぽい教師の脇をすり抜け、下校時間ギリギリに校門を出た俺たちは、部室のある旧校舎を振り返る。
「ねー龍巳、」
「あん? どした?」
「異世界部に入って……良かった?」
「そーだなぁ……」
上目づかいにそう聞いてくる鳴沢に、俺は自分の頬が緩むのを隠し切れなかった。
「正直、すんげーワクワクしてるよ」
「ホント!? えへへへへー。良かった」
こうして、桜の花びらが舞い躍る今日。
俺の学園生活は、異世界部と共に始まったのだった。
次話はなるべくはやく投稿できるようにします!




