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第十二話 エルフの子と その4

 善女竜王流。

 それが俺の家に代々伝わる古武術の名で、なんでも善女竜王とは龍を統べる水の神様のことらしい。「らしい」ってのは、俺がまったく流派のルーツに興味がなく、講釈たれるじーさんの話を「はいはい」と聞き流していたからだ。

 まあ、それでも断片的には頭の中に入っている。

 じーさん曰く、この善女竜王流は『武術』というよりは『仙術』に近いもので、嘘かほんとか知らないが、なんでも室生家の初代さまはこの武術を善女竜王本人から直接教わったそうだ。


 悪しきものを討ち払う“力”として。


『く、来るな! 来るなぁぁぁぁッ!!』


 恐怖に顔を歪ませたリーダー格が叫び、 俺を近づけさせまいとむちゃくちゃに剣を振るう。


『そービビんなよ。ちゃんと手加減してやっから、よっと』


 俺は振り下ろされた剣を素手で直接掴むと、


『ほっ』


 と短く息を吐いて、掴んだ剣の刀身をバキンと割り砕く。

 指の間から、鉄の欠片が地面にこぼれ落ちる。


『な、な……』


 目の前で起きたことが理解できないのか、リーダー格は目を白黒させ、あんぐりと口を開けていた。


『いまのは簡単な硬気功なんだけど……まあ、あんたに言ってもわかんないよな? じゃあ……おしおきの時間だ』

『ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!』

『逃がさねーっての』


 半ばから折れた剣を放り投げ、背を見せて逃げようとするリーダー格の頭を掴み、直接“気”を送り込む。


『あぎゃっ、ひゃっ!?』


 壊れたスピーカーみたいな声を出したリーダー格は、俺が手を放すと糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちる。


『あんたの中の龍脈をズタズタにしといた。死にはしないけど、もう自由には体動させねーから。まあ、悪者らしくしぶとく生きてくれ』


 人は誰しもその体に龍を宿している。ってのが、善女竜王流の考えだ。

 体を流れる気の流れを善女竜王流では『龍脈』と呼び、龍に例える。そしてその龍を操ることこそが善女竜王流の真髄であり、門外不出の秘技なのだった。

 自分の龍脈は元より、触れた相手に自身の龍を叩きつけ、龍脈を乱すこともできる。

 いま目の前に転がっているリーダー格の龍脈は、俺の龍に喰われ体のコントロールを失ったのだ。もう二度とまともに歩くこともできないだろう。


『アーシア、もう出てきても大丈夫だぞー』


 俺がそう言うより早くアシーアが飛び出し、ルーファさんを押し倒さん勢いで抱き付く。


『ルーファ! ルーファぁ……うぅ……るーふぁ……ヒック、良かったよぉ……』

『泣かないで、アーシア。助けを呼んでくれて、ありがとう』


 泣きじゃくるアーシアを、ルーファさんが優しく抱きしめた。

 俺はそんな二人の再会を邪魔しないよう気を使い、まだ倒れたままの鳴沢に向かって手を差し伸べる。


「ホレ、鳴沢。立てるか?」

「うん。……ありがと、龍巳」


 握った鳴沢の手を引っ張り上げ、助け起こす。

 鳴沢はばつが悪そうに頬をポリポリとかいていた。


「ったくよ、無茶すんなよなー」

「だって、先輩たちも龍巳も囲まれてんだもん。ボクが助けにいくしかないじゃないかー」


 頬を膨らまして鳴沢が俺を見上げる。


「そもそも龍巳があんなに強いなんて、ボク知らなかったもん。そーゆーのはふつー助けに行く前に言っておくべきだと思わない?」


 詰問するような鳴沢の眼差しを受け、俺は「うっ、」と口ごもってしまう。


「だいたい龍巳はボクになんも言ってくれないじゃないか。先月だって、学校を卒業したら勝手にどっか行っちゃってさ。で、帰ってきたら帰ってきたですっっっごくテンション下がってたし! なにがあったのか聞いても上の空だし! ボクがどれだけ心配してたと思ってるの!?」

「そ、そりゃあ……わ、悪かったよ。でもだなぁ、武器持ってる連中の前に出て――」

「ぜ・ん・ぶ、龍巳が悪いの!」

「わーったよ。なにも言わなかった俺が全部悪い! ……これでいーか?」

「うん。分かってくれたんならボクはそれでいーよ。あと……助けてくれてありがと」

「お、おう」


 鳴沢の許しを得た俺は、次に先輩たちポンコツコンビの方を向く。

 九条は再会を果たしたアーシアとルーファさんを見てもらい泣きしており、西園寺は自分を蹴っていた奴隷商の男相手に、執拗なまでに電気あんまをかけていた。

 電気あんまを喰らっている男が泡を噴いて気を失っているのは、きっと俺だけのせいではないはずだ。


「さて……っと、」


 先輩たちも大丈夫そうなので、まだ抱き合っているアーシアとルーファさんの方に顔を向ける。


『アーシア、ルーファさんも、二人とも大丈夫か? ケガとかしてない?』

『グス……あたしは、大丈夫』


 俺の問いに涙をぬぐったアーシアが答え、


『私も怪我はありません。私は――』


 ルーファさんはそこらに散らばっている奴隷商に目をやり、答える。


『この者たちの大切な“商品”だったそうですからね』

『なーるほどね。……なら、』


 俺は両膝を砕かれてのたうち回っている男の髪を掴み、無理やりに顔を上げさせると、問答無用で横っ面を引っ叩く。


『ぎゃふッ!!』

『おいおっさん。おっさんらはどこの誰にこのねーちゃんを売りとばすつもりだったんだ?』

『ちょ、ちょっとタツミ! そんなこと聞いてどうするつもりなの?』


 俺の言動を聞いたアーシアが、驚きの声を上げる。


『ん? 決まってんだろ。やっつけんだよ。やっぱさ、悪者は親玉まできっちりシメとかなきゃダメだろ。なあ、鳴沢?』

『うん。ボクも龍巳にさんせー。やっぱ悪いヤツは地の果てまででも追っかけてやっつけないとダメだよね』


 両手をぎゅっと握りしめた鳴沢が、そう俺に賛同した。

 でもって顔を見合わせ、首を同じ向きに傾けながら、「ねー」と二人でハモる。


『ってなわけだおっさん。痛い目にあいたくなきゃ、ちゃっちゃと吐きな』

『ぐ、ぐぅ……だ、誰が言うもんかよ』

『お? 意外と口が固いと見える。んーじゃ、』


 両膝の痛みを堪えながらも、俺を睨み付け不敵に笑う男。

 ならばその信念を打ち崩すべく、俺は次なる一手を打つことにした。


「せんぱーい。西園寺せんぱーい。こいつ、センパイの電気あんま喰らいたいみたいっすよ」

「ほほーう。拙者の〈男魂砕き(ソウル・クラッシュ)〉を喰らいたい、とな?」

「そうっす。西園寺センパイの、そのソウルなんちゃらを喰らっても、心までは砕けないんだからね! って言ってるっすよこいつ」

「デュフフフフフ、愚かなり。ならば拙者の〈男魂砕き〉の威力、その身を持って知るでござるよ!」


 ゆっくりと近づきながら、「デュフフ……デュフフ……」と笑う西園寺。

 それを見た奴隷商の男の体がガタガタと震えはじめる。


『な、なんだ!? な、なななにをするつもりだ!?』

『まー、痛くするからさ、誰の命令だったか言いたくなったら言ってくれよ』


 ついに男の元までやってきた西園寺が両足を掴み、ぱっかりと開くと、その間に足を延ばす。


「デュフフフ!! 喰らうでござるよ! 必殺、〈男魂砕き〉!!」


 西園寺が発する奇妙な笑い声と、野太い男の悲鳴が森へと響き渡った。




「つまりは、バッキャルドという街の大商人が、この奴隷商たちに命じていたわけだね」

「そーみたいっすね、九条センパイ」

「そしてこの国ではエルフの売買は禁止されている……っと。なるほど、状況は理解できた」

「デュフフ、理解できたのは拙者の活躍あってのこと。九条殿、そのことを忘れてはいけないでござるよ」

「もちろんだよ西園寺。君の〈男魂砕き〉があればこそ、だ」

「デュフフフフフフ、それほどでも……あるでござるがなぁ」


 自分の活躍を褒められて嬉しかったのか、西園寺は〈男魂砕き〉により磨きをかけるべく、奴隷商全員に電気あんまをかけてまわっている。その姿はまさに外道と呼ぶにふさわしい。


「ねーねー九条先輩」

「ん? なんだね鳴沢後輩?」

「この後ってどーするんですか? そのばっきゃなんとかって街に乗り込んで悪いヤツをやっつけに行きます?」

「ふむ。そうしたいところではあるが……我々異世界部には、その前にどうしてもやらなくてならないことがある」

「なんすかセンパイ? その、『どうしてもやらなきゃいけないこと』って?」


 きっと九条(この男)のことだ。「エルフと親交を深めるのだ!」とか、恥ずかしげもなく言うに違いない。

 とか思っていたら、真剣な顔をした九条が自分の腕時計を指さす。


「決まっているじゃないか。下校時間だよ」

すっごくお待たせしちゃってすみません!


次回、『地球圏へ』


今週中に投稿できるようがんばります。

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