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第十一話 エルフの子と その3

 奴隷商の一人がニタニタ笑いながら、リーダー格向かって俺の処遇を訊く。


『頭……こいつ、どーします?』


 リーダー格は、ボリボリ鼻の頭をかきながら答える。


『おれたちの獲物を横から掻っ攫おうとしたんだ。いくらガキとはいえ、そんなヤツは殺すしかねーだろ。なあ?』

『げへへへ、しょーがねぇですよねぇ頭。……おいガキ、オイラの国じゃあな、盗人を捕まえたら腕を切り落とすんだ。どっちを切ってやろうか?』


 後ろから進み出た男が、でけーナイフみたいなのをペロリと舐め上げた。

 そのナイフで俺の腕を落とすってことだろう。 


「さてっと……どーっすかな?」


 俺は頭を巡らす。

 九条の援護射撃がないってことは、きっとあのセンパイたちに不幸な事故でもあったんだろう。

 試しにこっそりとシーバーで二人を呼び掛けてみたが、返事が返ってくる様子はない。


「まっずたなー。こりゃマジで捕まった?」


 そんな俺の疑問に答えてくれたのは、西園寺の声に釣られて森へと入っていった奴隷商たちだった。


『頭ッ! 怪しい二人を捕まえやした!』


 そう叫び、森から戻ってきた奴隷商。

 その前には、九条と西園寺の二人が剣を突きつけられて連行されていた。


「デュ、デュフフ……せ、拙者としたことが……一生の不覚……」

「す、すまない室生後輩。捕まってしまった……」


 顔をボコボコに腫らした二人。

 さっき鳴沢が解体したオークそっくりになったセンパイたちは、後ろから蹴り飛ばされ地面へと転がされた。


『はんっ、やっぱり他にもネズミがいたか!』


 リーダー格が吐き捨てる。

 こうしてる間にも、森に入っていた奴隷商たちが次々と戻ってきていた。

 人数は全部で十六人。

 そのほとんどが俺とルーファさんを取り囲み、残った数名は九条と西園寺を蹴っ飛ばして遊んでいる。

 どうやら鳴沢は、いまのところ見つかっていないようだな。

 俺は隣で顔を真っ青にしているルーファさんを背に守るように、一歩前へと出る。


『よお、あんたら、ひとつ訊いていいかな?』

『ああん? なんだガキ。命乞いならきかねえぞ』

『いや、残念ながら助けてーとか、ゆるしてーとかじゃないんだけどさ……このねーちゃん――エルフだっけ? このエルフを捕まえて売っちゃうとかさ、なんつーか……良心が痛んだりしねーの?』


 少し、間があった。


『ははははははっ!! き、聞いたかお前ら!? “良心がいたまないのか”だってよ!!』

『こいつぁ最高だ! このガキ、聖人さまだぜぇ!! だぁーっはっは!』


 奴隷商たちは身をよじって爆笑している。どうやら俺の発言は、こいつらの笑いのツボにクリティカルヒットしたらしい。

 さんざん笑い『ふう』と一息ついた後、あきれ顔になったリーダー格が俺を見据える。


『おいガキ、いいことを教えておいてやろう。おれたちは金のために動いている。金のためならなんだってする。だから、たとえ売買が禁止されているエルフだって、金を出すヤツがいるならおれたちは攫って金に換えるんだよ。わかったか? そして……それを邪魔するヤツは切り刻んでモンスターの餌に変えちまうんだよ』


 なるほどね。エルフの売買はこの世界だか国だかの法に触れちゃーいるが、この奴隷商たちはそれに構わずこっそりとエルフを攫い、こっそりと売りさばこうとしていたわけか。


『ガキ、楽に死ねると思うなよ!』


 リーダー格が凄んだ時だった。

 草木をかき分け、ホッケーマスクが躍り出る。


『そこまでだー! 悪党どもめっ! ぼ、ボクの血怨爪を切られたくなかったらー、そ、その人たちを放せ―!!』


 このタイミングで現れたのは鳴沢だった。

 いーからずっと隠れてろよなーとか思うけど、鳴沢は鳴沢で囲まれた俺と、ボコられている九条と西園寺の窮地を救うべく飛び出してきてしまったのだろう。

 ひょっとしたら救えるのは自分だけ、とか思ってしまったのかも知れないな。

 しかし、チェーンソーを持つ手が震えている。振動とかではなく、切っ先がふらふらしてまったく定まっていないのだ。


『は、早く放せー! じゃ、じゃないと“こう”だぞ!』


 鳴沢が近くにあった木にチェーンソーの刃を食い込ませると、エンジン音を響かせ一気に木を切り倒す。


『な、なんだアイツは!? 化物か!?』

『あんなに簡単に木を……』


 チェーンソーの威力に驚愕する奴隷商たち。


『ど、どうだ? その人たちを放さないと、次はお、お前たちがこうなっちゃうぞ!!』


 鳴沢がブンブンとチェーンソーを振り回して威嚇する。

 奴隷商たちがビビって数歩後ずさるなか、リーダー格だけは一歩も下がらない。


『おう! そこの仮面。……やってみろや』

『え……えぇ!?』


 リーダー格の言葉に、今後は鳴沢が驚く番だった。


『やってみろっつってんだよ! オラ!』


 そのまま歩を進め、鳴沢の前へ立ったリーダー格が両手を広げて挑発する。


『え、で、でも……い、痛いんだぞコレ! ち、血がいっぱい出ちゃうんだぞ! それでもいいのっ!?』

『だからやれつってんだろーが! ホラ、こいよ!』

『え……んと……』

『ケッ、おめー……そんなナリしてるくせに、人を殺したことねーんだろ?』


 リーダー格は、鳴沢が人を殺したことがないことを見抜いていたのだ。対して、あっさりと見抜かれてしまった鳴沢は動揺を隠し切れない。


『ご、ゴブリンやオークならやっつけたことあるもん!』

『モンスター殺ったぐらいで咆えてんじゃねー……っよ!』

『きゃッ!?』


 前蹴りを喰らった鳴沢が後ろに倒れ、そのはずみでホッケーマスクが外れてしまう。


『おおっ、しょんべんくせーガキだけど、よく見りゃそれなりに高く売れそうな女じゃねーか』


 鳴沢の素顔を見たリーダー格の顔が、下卑たそれに変わる。


『へへへへへ。か、頭ぁ、エルフを捕まえたってのに、オイラたちずっと我慢してきたんでさぁ。だ、だから……いいですかねぇ?』


 奴隷商の一人がリーダー格のご機嫌をうかがい、リーダー格は大きく頷いて答えた。


『ああ。いいだろう。男は殺して女は犯せ。女が抵抗するなら足を切ってもいい』


 リーダー格の言葉に、奴隷商たちの間から歓声が上がった。


『へっへっへ! さっすがはオイラたちの頭でさぁ!』

『そうこなきゃっ!』

『お、おいっ、順番はどーする?』


 勝手に盛り上がる奴隷商たち。

 こいつらは俺やセンパイらは殺し、鳴沢には酷いことしたあとで奴隷として売っぱらっちゃうそうだ。

 なんだ、こいつらすっげー悪いヤツらじゃん。


『そーいうわけだ。わかったかガキ? お前はここで死ぬんだよぉ』

『…………ああ。よーく分かったぜ。お前らが悪者ってことはな』

『だったらどーすんだ? 騎士の詰所にでも逃げ込むか? ああん!?』

『はっ、そう咆えんなよ。全裸で土下座することになっぞ?』


 俺の言葉に、目の前で剣を突きつけていた男の顔が怒りで歪み、真っ赤になる。


『頭っ!!』

『ああ。殺せ』

『はいでさぁっ!』


 リーダー格の許可を得た男が剣を振り上げ、俺に向かって振り下ろす。

 瞬間――


 ボキン、という乾いた音が辺りに響いた。


 いまさっき俺に向かって剣を振り下ろしていた男が倒れる。その姿は上半身と下半身が別々の方を向いていた。

 しばしの静寂の後、リーダー格がかすれた声を出す。


『お、お前……いまな、なにをした?』

『あん? ああ、“こいつ”にってことか』


 俺は地べたでピクピク痙攣している男をつま先で蹴っ飛ばす。


『別にたいしたことはしてねーよ。俺に向かってきた力をそのまんま流して、返してやっただけだだよ。まあ、多少は色つけてやったけどね』


 いまのは、うちの流派に伝わる流し技で、向かってくる力の向きを変え、狙った部位めがけて送り込む名もない基本技のひとつだ。

 向かってくる力が大きければ大きいほど、当然ながらその威力は増す。

 奴隷商たちでけではなく、鳴沢も、九条も西園寺も、ルーファさんでさえもポカンとした顔で俺と倒れた奴隷商を交互に見る。

 そんな中、俺は腕をぐるぐる回してストレッチをはじめた。


『俺さ、昔っから思ってることがあんだよね』


 次は膝の屈伸。続いてぐいぐいと腰を捻る。


『やっぱさ、“悪党”ってさ、問答無用でぶっ飛ばすべきだと思わない? なぁ?』


 近くにいた奴隷商の男に向かって、首をかしげて問いかける。

 突然声をかけられた男は、曖昧な顔をしたまま返答に詰まり、『うー、』とか、『あー、』とか呻いていた。


『んじゃまー、ちゃっちゃといきますか……っと!』


 大きく踏み込んだ俺は、いまだ『うー』とか『あー』とか言ってる男を掌底でアッパーカットのように打ち上げる。

 地面と垂直に打ち上がっていった男に構わず、俺を囲んでいた男たちに向かって次々と技を放つ。

 関節を外し、膝を潰し、脳みそを震わせ昏倒させては、練習がてらまた空に向かって打ち上げる。

 目の前に立つ奴隷商たちは、俺にとって、ただ技の練習台と化していた。

 次々と奴隷商たちが吹っ飛ばされるのを呆然と見ていたリーダー格が、思い出したように声を張り上げる。


『た、盾にしろ! その男どもを盾にするんだよっ!』


 リーダー格の言葉で我に返った奴隷商の男は、地面に転がる九条と西園寺の二人を人質にしようと、その首筋にナイフを近づけようとするが、


『させねーよ』


 次の瞬間、男が持っていたナイフを取り落す。

 俺が指弾で放った石つぶてが、ナイフを握る手を撃ちつけたのだ。

 手を押さえる男に向かって二度三度と顔面に指弾を浴びせ、怯んだところで距離を詰めた俺が立て続けにぶっ飛ばす。


「センパイたち、大丈夫っすか?」

「う、うむ。僕は大丈夫だ」

「でゅ、デュフフ……拙者は全身が痛いでござるよ……」

「良かった。二人とも大丈夫そうっすね。んじゃーあ……っと」


 九条と西園寺の二人を助けた俺は、残る最後の奴隷商――リーダー格に向き直った。


『これであとはお前だけだ。全裸で土下座する準備はできたかー?』

『か、簡単におれの仲間を……クソッ、クソッ!! て、てめーはなんだ!? いったいてめーはなんなんだよぉッ!?』


 見苦しいほど狼狽えたリーダー格が、震える手で剣を構える。


『俺が何者かって? 今日高校生になったばっかの男だよ』


 俺は不敵に笑うと、リーダー格に向かって無造作に歩み寄っていく。


『そんじゃ、善女竜王流ぜんにょりゅうおうりゅうが正当後継者、室生龍巳。てきとーに参る』

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