ゆっくり
「………んでね」
隣で一生懸命に話しているのが美貴という女の子で。
「ふーん」
その隣で適当に相槌をうっているのが俺。
つい三ヶ月前までは友達という関係だったのに、付き合ってくださいとOKの返事で俺等は恋人という称号を世間的に手にいれてしまった。ある日を境に友達から恋人に変わるのは不思議なもののだと思ったのに、蓋を開けてみたら何にも代わらない日常が続いている。
「あ」
目に入って来た物に対してポンと急にでた声が、美貴の話を止めてしまう。
「どうしたの?」
「ほら、たんぽぽ」
電柱の足元に白いフワフワがヒッソリと咲いている。
「本当。綿毛の奴だね」
「フーってする?」
そっと茎を折ってたんぽぽを美貴の前に持ってくると美貴は何故か嬉しそうに笑っている。
「なんだよ」
「四郎ってこういう所あるよね」
「そうかな?」
「そうだよ。子供ポイっていうか……」
「ピュアって言ってくれ。でもフーってやつ気持ちよくね?何て言うか一気に無くなるのが爽快だよな」
「フー」
美貴が俺の持っていたたんぽぽに息を吹きけると白い綿毛は宙に舞っていった。美貴の息が手にかかり少し恥ずかしい。
「何すんだよ。まだフーの素晴らしさの話終わってないのに」
「四郎って私といて楽しい?」
美貴が無くなったたんぽぽ越しに僕の顔をしっかりと捉えた。
「楽しい?って何だよ。答づらい質問だった。楽しいって答えたけど」
電話に向かって少し怒りをぶつける様に声をあげる。
「おまえ鈍感な。美貴ちゃん、おまえが素っ気ないから心配なんだろ」
「心配って。いつもあんな感じに話したり遊んだりしてたのに急にそんな事言われても」
「恋人になったんだから変われよ」
「恋人って……何だよ」
「は?付き合ってんだから好きなんだろ?」
「好きだけど。何て言うか。コソバイというか」
「ならなんで付き合ったんだよ」
「なんでだろ?俺、深く考えてなかったんだろうな。付き合うって何かを考えてなかった」
「酷いな」
「ああ、最低だ。適当に肯定したんだもんな」
「重いなー。付き合うとかってそんな重い物じゃないだろ。付き合って駄目なら新しいのを捜す。そんな物だろ。それとも、おまえ美貴ちゃんと結婚して一生養うとか考えてんの?」
「どうだろ?そんなのも考えてなかったな」
「おまえが最終的に決めるんだ。ま、悩め」
「ファックな友達でよかった。もう相談しねぇよ」
「童貞の言う言葉はよく聞こえないな。じゃあな。俺も華美の事で頭が一杯だ」
「おまえも悩め。じゃあな」
電話をきると携帯を当てていた部分が熱くなっていた。携帯の電話帳を回していくと美貴の部分で自動的に指が止まった。
牧野 美貴
同い年。
同じ高校。
そして、俺の恋人。
何をもって恋人になるかはしらないが一応は俺の彼女。キスもセックスもしてないし、手も繋いでもない。美貴は何で俺を恋人にしたくなったのか?
その気持ちを俺は何で受けとったのか?
考えれば答えがでるのかすらわからない。
でも、今日の美貴を俺の態度が怒らしていたなら俺が悪いんだろ。恋人だからとかじゃなくて人の気持ちに疎いのは最低だとわかっている。
「謝るって何って言うんだよ。楽しいって言ったしな〜。実はあんまり考えないで付き合ったなんて言えないし」
独り言は夜遅くの狭い部屋によく響く。気分を冷めさすのには効果倍増だ。
「ハァ。オナニーでもすればなんか思い付くかも」
こうして夜は更けていく。くだらないけど恋人ができてもそんな日常だ。
「んでオナニーして寝たと」
電車内でありえない会話から次の日が始まった。
「違う。オナニーしようとしたけど虚しくてやめた。美貴の顔がチラホラと…」
「汚い液体出さない代わりに、正しい答えは出たのかよ」
「やっぱり一回正直にお互いの事話した方がいいとは思うんだけど」
「甘いな。女はそんな事したら余計に怒るって。だから童貞は困るぜ」
「童貞は関係ないけど。どっちにしろ美貴と話ししたいんだ。一応、恋人なんだから」
「臭いし、ピュアな答えだな。四郎らしいしいいんじゃね?」
「問題は美貴とどうやって二人きりになるかだな。あいつ怒ると引きずるし、口利いてくれないから」
「だから童貞なんだ」
「?」
「情状不安定の方が女は堕ちやすいんだって」
「堕ちやすいって恋人なんだけどな」
心配が溜息になって口からでてきた。
別の車両でも恋人の悩みをぶつける二人がいた。
「フーン」
「あんたも四郎みたいな返事しないでよ」
「ほのぼのしてていいと思ったけど。私だったらフーって恥ずかしいけど」
「フーは関係ないの。四郎ってなんか掴み所がないっていうか私に対しての感情が見えないのよね」
「そうかな?少なくとも嫌いって感じはないよ」
「好きって感じもしないんだけどね」
「今日は噛み付いてくるじゃない。そんなに悩むならさ捨てなよ。男は腐る程いるんだし」
「嫌。四郎がいいの」
「なら我慢しな」
「でも、もっと好きオーラをだして欲しいの」
「あんたがガッツキ過ぎじゃないの?のんびり進んでいく恋愛も形としていいんじゃない」
「……結構大人ね」
「バージンとは違うからね」
「四郎に嫌われたかな…」
「大丈夫でしょ」
「そうかな?」
「むしろアッチがへこんでるんじゃない?」
「それ四郎ッポイね」
心配を打ち消す様に小さな笑いが口からでてきた。
「………んでね」
「フーン」
「昨日と変わってない気がするんだけど」
「カタカナになったろ?」(せっかく一緒に帰る様に誘ってくれたのに)
(参ったな。誘ったのに会話しずらい)
昨日よりも気まずさが帰り道の歩くスピードをゆっくりさせている。
「あ」
「今度は何?」
「美貴、香水変えたんだ」
「変えてないんだけど」
「じゃ、髪切った?」
「切ってない」
「じゃ………」
「何?」
「せ」
「?」
「生理…か」
「谷に吹き込まれたんでしょ。そのくだらない会話」
「ゴメン」
「恥ずかしいなら言わなくても良いのに」
赤面した顔を隠すために下を向いてしまう。美貴の顔を直視できないで、チラチラとしか見れずになってしまった。
(四郎、真っ赤でちょっとカワイイな)
美貴は美貴でチラチラと四郎の顔を覗く。
「美貴。怒ってる?」
「え?谷の馬鹿が仕込んだんでしょ?」
「じゃなくて、昨日の楽しいってやつ」
「怒ってはないけどね。四郎がさ」
「恋人ッポクないからか?それは認める」
「何で?」
「何でって……俺も美貴に聞きたいんだけど」
「何?」
「俺、付き合うってよくわかんなくてさ。今まで通りじゃ駄目だったのかな?」美貴の足がピタと止まる。
「逆に何で恋人通しじゃ駄目なの?」
「恋人ってさ、付き合う?とかの契約みたいなので決まるのかと思ってさ」
美貴の顔が真剣にかわる。
「四郎は私の事好きなの?それが大事なんじゃない?」
「好きだけどさ。美貴の好きとは違うのかも」
「恋とか愛とかじゃないって事?」
「一緒にいたら楽しいし、近くに居て欲しいけど。それは今まで通りじゃ駄目なのかなって」
「四郎。もしかして後悔してんの?」
「そっか。もっと正直に言えばよかったんだ」
「?」
「彼女って存在をどう扱えばいいのかわからない」
「ハァ」
「だって彼女って初めてだし、美貴は中学からの知り合いなのに急に恋人なんて戸惑うだろ」
「そうかな?私は中学の頃から好きだったし嬉しかったけど」
「それも初めて聞いた」「四郎は鈍感だからね」
「谷みたいな事言うなよ」
「もっと私に感情を見せて欲しいのよ」
「照れ臭いだけで見せてるよ。演技しないでいるだろ。昔から俺はこんなのだ知ってるだろ」
「じゃあ演技して」
「さっきと言ってる事が違う」
「私の彼氏という演技してよ。好きってオーラだして、四郎の彼女って自覚させて欲しい」
「めんどくさいな。今まで通りでいいだろ」
「駄目」
「俺は美貴とのんびり帰る位の関係がいいんだって。これだって特別だからできる事だろ」
「毎日電話したり、休日にはデートに行ったり、ロマンチックな雰囲気でキスしたり。それのどこが駄目なの?」
「俺は大切な人とゆっくり帰り道に話したり、休日には二人で散歩したり、手を繋いでその人を感じる方がいい。何でそんなに急いでんの?セカセカした一瞬より、時間かけて幸せ感じた方がいいと思う」
何かを掴むと美貴の前に見せる様に差しだした。
「眼鏡?」
「美貴、ちゃんと見えてる?」
「?」
「この時間ってここ人通りが少なくて今本当に二人きりなんだよ?俺の周りには美貴しかいないし、美貴の周りには俺しかいない。俺が美貴を独占してる感じなんか良くない?美貴は違うかもしれないけど、俺は胸がなんかポカポカするみたいな……」
「ハァ……小学生低学年的発想」
「キスとかセックスとかしたときないけど、今はこれでいい。美貴の笑顔とか一生懸命話してるのをのんびり見てるだけでさ、ドキドキする」
「恥ずかしいセリフ」
「ドラマみたいだろ」
恥ずかしそうに頭を掻いてる四郎を見て、四郎のこんなところが好きになったんだろうと美貴は諦め軽く笑った。
「とりあえず昨日の事は許す」
「アンガト」
すると、美貴が四郎の前に自分の左手をゆっくり差し出す。
「手、 繋ぐ?」
恥ずかしそうに美貴が四郎の顔を見ずにボソッと呟く。
「なんか、恥ずかしいな」四郎の答え。それは自分の右手が美貴の左手を優しく握りかえす行為でわかった。強すぎず、弱すぎず、躊躇いがちの右手と左手。不器用な二人が慣れるにはやはり時間が掛かるのかもしれない。
「ゆっくり帰ろ、か」
「そうだな」
(オナニーしなくてよかった。美貴の手汚してるみたいになるもんな)
(ちょっと進展かな?キスまでどれくらいかかんのかしら)
四郎は四郎で、美貴は美貴で思う事はちがかったが、同じ感情も出ていただろう。
「痛くない?」
「ううん」
「めっちゃ、ドキドキするし」
「し?」
「美貴の手柔かいしあったかいな」
「そうだね。四郎のもあったかい」
「美貴さ」
「?」
「俺、やっぱり好きなんだろうな。美貴の事」
「知ってるよ。手から伝わってくるもん。不器用だけど優しい感じ」
(カワイイな。ドキドキしすぎてなんかチンコたってきた。ばれてないかな)
(四郎、勃起してるし。見てみぬふりしなきゃ駄目なんだろうな)
「昨日のたんぽぽのフーの素晴らしさなんだけど」
「フーね」
何気ない会話も、何気ない日常も、誰と過ごすかで幸せの感じかたが違う。のんびりめの四郎にはこんなペースで充分だった。
「何それ」
「フーの素晴らしさつたわらないかな〜?」
文章が下手ですがニュアンスが伝えられたならうれしいです。 実際にのんびりした恋愛は成立しない現実がありますがあるいみ素敵ではないでしょうか?