第八十話◇
昼前に連れて来られたのは国の前にある門の更に先にある、一番最初の草原だった。
見送りに来てくれたのはカノン、アスカ、ジルク、ヴォルト、ガイク、お姉さま…アンジェだった。
アスカも事情を知らされたらしく、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「じゃあ…門を出すぞ。」
カノンがそう言いながら地面に手をつく。
すると地面が赤く輝き始めた。
ここからではあまり分からないけれど上から見れば魔方陣に見えるんだろう。
「よし…。」
カノンが地面から手を離す。
ああ…もう帰るんだ…。
…帰りたくない。
…帰りたくないよ。
「ヒナタ。」
…これで、最後なんだ。
最後くらいは…笑顔でいなきゃ。
「へへ…っ。みんな!短い間だったけどありがとう!!」
「私、みんなと一緒にいれて楽しかったよ!!」
「みんなの事…絶対忘れないから!!」
ちゃんと…笑えたかな?
「…おう!俺も忘れない!!」
「お元気で。」
「フフッ…もっと女らしくなるのよ?」
上からヴォルト、ガイク、アンジェお姉さま。
みんな笑顔だけどどこか寂しそう。
「ヒナタお姉ちゃんッ!!」
「わっ!?」
腰に突進してきたのはアスカ。
「い…っいがないでよぉ…!もっど…もっと…いい子になるからぁ…!!」
嗚咽まじりのアスカの声に私の涙腺も緩む。
「ごめんねアスカ。」
しゃがんでアスカの視線に合わせると涙に塗れた顔が眼に入る。
その涙を服の袖で拭ってあげながら言う。
「私、アスカの事大好き。ずっとずーっと大好きだから。」
「あ…あたしもぉ…っ!!」
抱きついてきたアスカを抱きしめ返す。
アスカはしばらくすると落ち着き、アンジェお姉さまの傍にいった。
「ヒナタ様。」
「…ジルク。」
歩み寄ってきたと思ったらいきなり跪いて頭を垂れた。
「ジルク?」
「ヒナタ様、ありがとうございました。」
「私は、貴女様に救われました。」
ジルクが過去の事に責任を感じて自分を責めているのは分かっていた。
でも、私はジルクに何かやってあげた事なんてない。
そう言うと彼はニッコリ微笑んで言った。
「私は、貴女の存在に救われたのです。」
私の存在…?
首を傾げると微笑んだままジルクは続けた。
「貴女の存在が、この世界を救ったといっても過言ではないのですよ。」
「本当に、ありがとうございました。どうか、お元気で。」
「うん…。ジルクも。」
そう言うと、彼は少し寂しそうに微笑んだ。
「…ヒナタ。」
「…カノン。」
風に揺れる赤。
帰ったら、もうこの赤は見る事が出来ない。
「…ありがとね。」
「なんでお前がそんな事言うんだよ。」
不思議そうな顔をしているカノンに笑う。
「いつも、小学生の頃から守ってくれてたのはカノンだったから。」
「中学生でいじめられてた時も。」
でも、でもね。
「私はもう、大丈夫だから。」
嘘。
「カノンは安心してドラグレイドの王様やっててね!」
全部嘘。
「ありがとう。さようなら。」
本当は…。
駄目だ。これ以上話をしていたら本当に帰れなくなる。
逃げるように魔法陣に飛び込もうとした瞬間。
「待てよ。」
グイッと右腕を掴まれ、抱きしめられる。
当然私の思考はフリーズ。
「好きだ。」
カノンの声。
自分が今、どんな顔をしているのか想像もつかない。
「ずっと…ずっと前からお前が…日向が好きなんだ。」
「好きなんだ。」
「ぜってー…もっと魔力あげて、門開いて、お前に会いにいくから…。」
「待ってろ。」
肩を掴まれて、火音から離され、トンッと軽く押された。
よろけた私は、魔方陣の中に入る。
それと同時に身体が輝く。
「またな。日向。」
最後に見えたのは火音の笑顔。昔から見ていたあの笑顔。
それも、光に消えていった。
「…ぁ…。」
目が覚めた時、私がいた場所は空き地だった。
異世界の飛ばされたのもこの場所だったなぁ…。
服装はいつのまにか制服に変わってる。
あの時は夜だったけど今は太陽が眩しい。
「もしかしたら…。」
もしかしたら、まだ火音がいるかもしれない。
家の隣に火音の家があってインターホンを鳴らせばきっと火音が出てくる。
そう思って私は駆け出した。
この空き地から家までに行くのはそう時間がかからなかった。
「日向!?」
自分の家の庭には…
「お母さん…?」
「日向…?日向!!」
固まっている私をいきなり抱きしめるお母さん。
「今までどこに行ってたの!?三ヶ月も行方不明で…!!警察にまで連絡して…」
その頬には涙が伝っている。
あ、そっか…。
あっちに行ってたのって…三ヶ月もだったんだ…。
「本当に…心配した…。」
「ごめん…。ごめんなさい…。」
私は、謝る事しか出来なかった。
「…お母さん。」
「ん?どうしたの?」
今は、三ヶ月ぶりのお母さんの手料理を食べている。
「家の隣の家にさ…火音っていたよね?」
そう言うとお母さんはきょとんとした顔をする。
「なに言ってるの?あそこは昔から空き地じゃない。」
「え!?」
レースのカーテンを引っ張って隣を見るとそこには火音どころか、家自体が無かった。
「……。」
「日向…大丈夫?顔色悪いわよ?」
呆然としている私に声をかけるお母さんは心配そうな顔をしていて。
「あ…うん。大丈夫。ちょっと疲れたから…自分の部屋で休んでるね。」
そう言って二階にある自分の部屋に駆け込んだ。
バタンとドアを閉めてからズルズルとそのまま体育座りで座り込む。
「…火音。」
もう…本当にいないんだ。
今更…だけど。
「…私も、好きだよ。」
膝に顔を埋めて少しだけ、泣いた。
また会うのに、何年かかるか分からない。
けど、待ってる。
待ってるから。
次回で最終回なので今回の後書きはお休みさせて頂きます。