第七十七話◇
「ガア゛ア゛アアア゛アア゛!!!」
私の放った矢がミズキの右目に刺さる。
もがく青い龍がたちまち人の姿に変わっていく。
「ぐううううううう…!!」
矢は抜けているが、帯びただしい量の血が押さえている手の隙間から流れる。
「…ぁ…。」
「異世界の…っ女か…!!」
フラフラしながらもこちらに歩み寄ってくるミズキ。
私は腰が抜けてしまって、その場に座り込んだまま動けない。
「誤算…だった…。さきに殺しておけば…。」
その手には剣。
その時に、気付いてしまった。
「泣いて…る?」
ミズキの左目から一筋涙が零れていた事に。
「貴方は…本当に、こんな事をしたかったんですか…?」
自然に発せられた言葉。
「何を…今更…。」
「貴方は!本当に両親や、国の人達を憎んでいたんですか!?」
「うるさい…!うるさい…!!」
苦悶の表情を浮かべる彼。
でも、でももしかしたら…
「貴方はただ…ただ…!」
「愛してもらいたかっただけなんじゃないですか…?」
戻れるかもしれない。
「うるさい!!僕は…!!僕は異端な子なんだ!!王族かも分からない!!災いを呼ぶとも言われてきた!!」
子供のように喚く。
私は立ち上がり、血に塗れたミズキの左頬に触れる。
彼はピクッと一瞬身を引いたけれどそんなに抵抗もしなかった。
「ほら…見て。」
血がついた手を見せる。
「貴方の血は…赤色ですよ…?」
それを見てミズキは目を見開く。
彼が欲しくてたまらなかった赤。
それはこんなに近くにあったのに、気付けなかった。
もし、気付けていたら、こんな風にはならなかったのかもしれない。
「…すまない。」
ギリッと歯を食いしばるミズキ。
その表情は本当に苦しそうで。
「それでも僕は…」
「もう…ッ戻れないんだ…!!」
ミズキが剣を振り上げる。
怖くはなかった。
あるのは、彼を救えなかった後悔。
私の声は彼には届かなかった。
…残念だなぁ。
「!?」
何かを感じ取ったミズキが剣を振り下ろす前に振り返る。
それと同時だった。
剣が、ミズキの身体を貫いた。
「…兄貴…ッ!!」
兄である彼を救ったのは、弟だった。
「…ッ」
ミズキは最初、苦しそうな表情だったけれど、優しく微笑む。
「…これで…」
「…これで…いい…」
「…ッ!!」
その言葉を聞いたカノンが泣きそうな顔になる。
その後、顔を隠すように俯いた。
ポスッと一回、そんなカノンの頭を叩く様に撫でたミズキはそれを最期に崩れ落ちた。
「兄…貴…」
動かなくなった兄を呆然と見つめるカノン。
俯き、ギュッと一度拳を握り、すぐに元に戻す。
「…カノン…。」
「…泣くな。ヒナタ。」
俯いているため、表情はよく分からないけれどカノンの方が私より何倍も辛いのに、
「…ッ」
私が泣いてどうするのよ。
「…帰ろう。ヒナタ。」
今にも泣きそうな顔で笑うカノンに…
「…うん。」
返事をする事しか出来なかった。
「…本当は分かってたんだ。」
「兄貴がどんな気持ちだったのか。」
「分かってたんだよ。当たり前だろ?」
「たった一人の俺の兄貴なんだからさ。」
「…でも、救えなかった。」
「なあ、本当によかったのか?」
「本当に…あれで良かったのか…?」
答えてくれる人はもういないけれど。
彼は笑っていたから、
多分、これでいいんだ。