悪役令嬢オーレリア・ルージュの復讐物語
わたくしの名前はオーレリア・ルージュ。
公爵令嬢であるわたくしは、小さい頃から王妃教育を受けて育った。
婚約者である王太子と結婚するべく「完璧」になるためには手段を選ばない。
わたくしは毎日身を削る思いで勉強をした。その努力は実を結び、学年1位の成績を取ることに成功。難しい魔法学の成績も、もちろん1位。
「え…………?」
しかしそんな努力も、婚約者のたった1つの気まぐれで水の泡になってしまった。
「殿下と……男爵令嬢?」
婚約者が、男爵令嬢と学園の中庭で抱きしめ合っているその光景。
普通ならばそれを見た令嬢は、怒りや絶望を覚えることでしょうね。だけれど、わたくしには感情的になっている暇はないわ。
「わたくしの今までをすべて裏切って……ただで済むとは思わないでくださいね?」
ずっと殿下と結婚するために生きてきたけれど、今日からは復讐のために生きることにするわ。
わたくしの人生をかけた復讐、とことん味あわせてあげる。
◇◇◇
まず復讐のために、2人がいるところを大勢の人に見てもらいましょうか。
あれからの観察で、殿下と男爵令嬢はいつも中庭で待ち合わせをしていることがわかったわ。
わたくしは2人が抱き合っているのを確認すると、中庭に続く廊下をわざと大きな足音を立てて歩き、彼らの視界に入る直前で立ち止まった。
「すぅっ……きゃ――――!!!」
思いっきり息を吸い、わたくしに出せる最大限の大きな叫び声を上げる。
「どうしたんですか!?」
生徒や教師がざわざわとやってくる。わたくしは怯えたように口元を押さえてみせた。
「えっと……そこに、ムカデがいて……あまりに驚いてしまって……」
「あれ? あそこにいるのは、王太子殿下と……男爵令嬢!?」
「え、なんで中庭で抱き合って……」
……ふふ、完璧。これでしばらくはこの噂で持ちきりだわ。
殿下の評判は下がり、殿下と男爵令嬢の間はしばらく気まずくなるでしょうねぇ。
2人が再び警戒を解いて会い始めるまで、わたくしは復讐の準備をするの。とっておきの、復讐をね。
――――……春から夏に、夏から秋にと、浮気現場を目撃してから半年ほど経ったかしらね。
噂を恐れて月に一度、週に一度と密会を減らしていた彼らだったけれど、喉元を過ぎれば熱さを忘れるもの。
今はもう、我慢できなくなったようでお互い毎日のように会っているわ。
そして今は、学園の夜会の会場にいるの。ここで最後の仕上げをするわ。
「殿下……」
「ああ、オーレリア。ちょうどよかった。話があるんだ」
「奇遇ですわね、わたくしもですわ」
殿下に誘導されて、会場の中央に移動する。
「オーレリア……君とは婚約破棄させてもらう!」
そう殿下が言い終わると、あの男爵令嬢がここへやってくる。
彼女は周囲の目を意識して、いかにも庇護欲をそそるように、おどおどとした態度で殿下の背後に隠れた。けれど、わたくしと目が合った瞬間。
(オーレリア様、殿下を取ってしまってごめんなさいね? でもしょうがないわよね。貴方じゃ満足させられなかったのだから)
周囲には聞こえない囁き声で、男爵令嬢は勝ち誇った歪な笑みを浮かべた。
「……殿下、理由をお聞きしても?」
「君はどうせ『王太子妃』の座が欲しいだけだろう? でも彼女はどうだ。俺自身を見て、愛してくれる!」
……その通り。
家のため家族のため、王太子妃になりたかったのは事実。
でも殿下は勘違いをしている。王太子妃の座が欲しくて近づいたのは、男爵令嬢も同じよ。殿下が好きなふりをしているだけ。
「慰謝料は貰えるのよね?」
「もちろんだ。いくらでもいい、オーレリアの『言い値』で払おう」
あら、ここに関しては太っ腹なのね。……まあ、自分が寛大で権力ある男だと、周囲に見せびらかしたいだけでしょうけど。
「ありがとうございます。婚約破棄、受けたまりましたわ」
殿下は気づいてないわ……その慰謝料が、後々自分たちの首を絞めることを。
「復讐の始まりよ」
誰にも聞こえないように言ったその言葉は、半年間の恨みを帯びていた。
◇◇◇
「まずは……男爵令嬢のことをじわじわと追い詰めてあげるわ。もちろん、わたくし自身は手を下さない。公爵令嬢としての潤沢な私費を使って、専門の『工作員』を雇うの。かかった費用はすべて、後日あの殿下が支払う慰謝料に上乗せして請求してあげればいいわね」
最初は、彼女の提出する課題のインクを魔法で消去したり、私物を紛失させたりといった、可愛い嫌がらせから始めた。
それから徐々にステージを上げる。夜な夜な彼女の寝室の周囲に、特定の人物にしか聞こえない『精神を揺さぶる不協和音』を放つ魔導具を設置させ、彼女の睡眠を徹底的に奪った。
深夜、誰もいないはずの暗闇から自分の悪口が聞こえ続ける恐怖は、どれほどのものかしらね。
「殿下はどうしようかしら? 流石に王太子の警備をすり抜けて物理的な害を与えるのは厳しいわね。……だからこそ、殿下自身には何もしないの。一番愛している女が、原因不明の病で日に日に狂っていく姿を特等席で見せてあげるわ。間接的に、その精神が病んでしまうようにね」
正直言って、この復讐さえ完遂できたら、あとの人生なんてどうでもよかった。
「例え……最後にすべての罪が露呈して断罪されたとしても、わたくしは満足ですわ」
罪悪感も、恐怖もない。だって最初にわたくしの全てを裏切ったのは、彼らなのだから。
◇◇◇
「成功したみたいね」
わたくしの仕掛けた精神攻撃に耐えかねたのか、男爵令嬢は狂乱の末に「謎の事故」で亡くなったらしい。
「殿下もそうとう辛かったみたいね。最近学園に来ていないし――」
婚約破棄を叫んだあの殿下の、傲慢な顔が頭に浮かぶ。最愛の女が目の前で狂い、死んでいった。
殿下、今どんな顔をしているのかしら?わたくしはにっこりと微笑む。
「……オーレリア」
「っ!」
振り返ると、そこには酷くやつれ、憎悪を剥き出しにした殿下が立っていた。
「殿下……っ、どうされたのですか」
「お前が、メリンダを殺したんだろう」
「……なんのことですか?」
メリンダとはあの男爵令嬢の名前だ。
心臓はドキリともしない。完璧な淑女たる王妃教育が、まさかこんなところで役立つなんてね。
「とぼけるつもりか! 証拠はそろっているんだ。お前が使った魔力式通話機の波動が検出された!」
……なるほど。わたくしが使ったのは完全に偽装された使い捨ての端末。
そんな波動が検出されるはずがない。つまり、殿下はわたくしを犯人に仕立て上げるために、偽の証拠を捏造したのね。そこまでしてわたくしを破滅させたいの。
「身に覚えがありませんわ。ですが……」
ふっと息を漏らす。もう十分だった。メリンダは死に、殿下の精神も完全に崩壊している。目的は果たしたのだ。
「……認めますわ。すべてわたくしが手配いたしました」
「そんなにペラペラ喋るなんて、断罪される覚悟はあるんだな?」
「ええ、ありますわ」
覚悟なんて、あの密会を見た時からとっくにできていた。
オーレリア・ルージュの復讐物語は、ここで幕を閉じる。
「復讐は、成功したもの」
家名に傷はつくけれど、それも織り込み済み。殿下の慰謝料から今回の工作費を差し引いた莫大な大金は、すでに海外の隠し口座に送金してある。
お父様もお母様も、今頃はわたくしの手配した馬車で国境を越え、遠い異国で爵位を買って贅沢三昧に暮らすことでしょう。
わたくしは音もなく出てきた騎士に腕を掴まれるけれど、抵抗はしない。
冷たい床の牢屋に放り込まれても、ただ動じずに、復讐のためだけに生きたあの日々を思い出すだけ。
今が朝なのか夜なのかもわからなくなってきた頃、わたくしは兵士に連れ出された。
偽の証拠で即決されたわたくしの罪状は、国家反逆と同等。公爵令嬢であるわたくしに用意されたのは、貴族の斬首刑ではなく、罪人を焼き尽くす理不尽な「火あぶりの刑」だった。
燃え盛る炎の前に引き出される。
復讐は成功した。家族に大金と安全も残せた。わたくしから全てを奪おうとした生意気な男爵令嬢も、王太子の心も、この手で完全に壊してあげられた。
「きゃあぁぁぁ――――!」
地獄の業火に身を投げ出され、悲鳴で終わる人生。それも悪くないわね。
そう思いながら、意識は暗闇へと遠ざかっていった。
◇◇◇
……ふと目が覚めると、そこは見知らぬ異世界の、見知らぬ天井だった。
どうやらわたくしは、今まさに理不尽な目に遭わされている、ある人間の元へ「転生」したらしい。
身体に馴染む新たな記憶と、理不尽への怒り。それを感じた瞬間、わたくしの唇が自然と弧を描いた。
「……この人生で、2度目の復讐をするのもいいかもしれないわね」
さあ、わたくしを虐げる愚か者たち、目にものを見てなさい。
前世のように復讐だけで終わるつもりはないわ。邪魔者をすべて排除して、今度の人生こそ、最高の幸せを掴んでみせますわ!
この作品は、『悪役令嬢転生シリーズ』における主人公の前世の話です。
https://ncode.syosetu.com/s8537k/




