表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

大嵐の影

 最初は違和感に過ぎなかった。ただそれは進めば進む程確かなものになり、確信に変わっていった。


「山が…おかしい…知らないものばかり。うん、絶対におかしい。」


山には確かに異変が起きていた。知らない生き物に見たことのない植物。それらが突然現れたのだ。それも一種や二種ではなかった。進むほどに増えていくそれらを全て記録しようとすれば、散策時に持ち歩くノートが瞬く間に新種図鑑になってしまう程であった。強まる未知という恐怖に縮こまりながら、やっとの思いで辿り着いた大池は、もはや別世界であった。


「何か…何でもいい。持ち帰ろう。みんなに知らせなきゃ。」


日はまだ高い。荷物を広げ、池のそばに簡単な拠点を作る。単純な仕掛けの釣竿に、私の軽食になるはずだった塩漬け鹿肉を餌にして、池に投げ込む。得体の知れない生き物が何を食べるか知らないが、少なくとも母お手製の塩漬け鹿肉は美味しいのだ。今つまみ食いしたのだから間違いない。多分食べる。何か掛かるまで周囲を調べる。どうやら未知の動植物以外にも、見慣れたものも残っているようだ。まるで少しずつ何かに侵蝕されているようだった。また、大型の未知の生物の痕跡は無かった。とはいえ蛇くらいの奴は居るようだ。そこの蛇の口が十字に開くのを私は見逃さなかった。いや正直見間違いであって欲しいものだが。


カン、カランカラン


竿先に括り付けた骨が鳴る。何か掛かったようだ。十字口の蛇を袋に突っ込み竿を握る。なかなかに暴れるが釣り上げられない程ではない。左右にいなしながら陸に寄せる。スタミナ切れを見計らい、一気に陸に上げる。打ち上げられた魚体は、哀れにも無駄な抵抗を続けていた。しかし釣れたのは何の変哲もないよく見る魚だった。私の鹿肉は美味かったか?ただまぁなかなかいいサイズではあったのでよしとしよう。鹿肉の欠片がこいつに化たのなら得だろう。なんて考えつつ一旦休憩する事にした。釣れた魚をつまみながら、少し情報を整理しよう。


 ちゃぽん、と何かが池に飛び込む。焚き火の木がぱちぱちと弾ける。ぶつ切りにした魚を焼きつつ、鹿肉をパンで挟んで頬張る。そしてこの異変について思考を巡らせる。確かな事は突然現れた動植物が普通ではないということと、これが夢ではないことだ。だがそれ以外パンと魚が美味しいことくらいしかわからない。こいつらがどこからどうやって何のために来たのか。わからない事だらけである。これ以上考えても埒があかない。そろそろ帰ろう。そう思った時だった。


カラン


出しっぱなしだった釣竿に反応があった。反応からして魚じゃない。何か引っ掛かったのだろうか。


「ちょうどいい。もう片付けるところだし。」


持ち上げた竿は確かに何か掛かっている重さがあった。ただそれは暴れることはなく、ずるずると引き摺られていた。まるで水底の朽木を引っ掛けたようであった。何の苦労もなく陸に上げる。ただ、上がってきたのは異様なものであった。


「なんだろこれ…うわっ!えっ、何、コレ…!」


胎児であった。形容するならば人の様な胎児となるだろう。即ちそれは人ではない。人の胎児の様な何かであった。蠢く多腕に大きな頭部。へその緒と尻尾を足した様な部位。はっきり言って気色悪い。


「こ、れは…どうしよう、どうしようもないけど、でも絶対おかしい。」


途端に周囲が不気味に感じる。早くここを去りたい。逃げ出したい。でもこの異常事態から、森の守り手でもある狩人のこの私が、逃げるわけにはいかなかった。


「狩人は山を守る見返りに恵みをいただく。そうだよね、お父さん。」


私にとって父とは、優秀で、偉大で、尊敬する、敬愛する、等々褒め称える言葉が幾つもある、それ程大きな存在である。そんな大好きな父の教えを守るべく、異形の胎児に手を伸ばす。それは極めてゆっくりと四肢を、まぁ四つじゃ済まないけれど、それらを動かしていた。手のひらそれを乗せる。革手袋越しに、異様な雰囲気が伝わり寒気がする。蠢くそれを木箱に仕舞い込み、帰宅の準備をする。


「帰ってみんなに知らせよう。いや、街の人に見てもらった方がいいかな。」


改めて周囲を見回す。とても美しく、極めて不自然な景色だった。やっぱり全部夢なんじゃないか。そう思えるが、さっき脛をぶつけた時は確かに痛かった。残念ながら夢ではないだろう。そうこうしているうちに支度が終わり帰路に着く。増えた荷物以上に、足取りは重かった。


 森を抜けた頃だった。すっかり日は傾いていた。やはり夢なんかじゃなかったのだと痛感する。歩いて出られる夢なんて、あるはずもないのだから。それに、木箱の中には確かに、あの胎児があったのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ