リネン室の奥
スマホのライトが暗い部屋の中を照らしました。
もともとが何の部屋だったのかは分かりません。
のっぺりとしたベタ塗りのモルタルで四方を囲われただけの6畳程の部屋にはパイプベッドが置かれています。
「当直医の仮眠室?」
櫻子氏がつぶやき、僕もなるほどと思います。
棚で塞がれていたということは、今はもう使う予定が無いのでしょう。
それならなんら問題はありません。
早く、早く立ち去ってしまえばいいのです。
それなのに櫻子氏は部屋の中に入っていきました。
やめるべきです。時間の無駄です。
すぐにそこから離れるべきなのです。
安全で不審な点がない部屋だと分かったにもかかわらず、僕はなぜか強くそう思いました。
頼むから逃げてくれ……
気がつくと僕は切にそう願っていました。
「深川くん。私は逃げたりしないよ?」
不意に画面から櫻子氏の声がして、僕はゾッとしました。
「何故だか理解るだろう? 君だって私とおんなじ顔をしているはずだ。鏡を見てみればいい」
不意に僕は机の上に置かれた自分のスマホを覗き込みました。
真っ黒な画面に、自分の顔が映っています。
おぞましく顔を歪ませ、泣き笑いの表情を浮かべる自分が、闇の中に浮かんでいました。
「我々は同族なのだよ。深川くん。どうしようもなく闇に魅入られる――醜く歪んだ魂を持って生まれた負の求道者なのさ。私はそのことに関して誰のことをも責めるまい」
そう言って櫻子氏はパイプベッドからシーツを剥ぎ取りました。
埃が舞い上がり、スマホのライトがそれに反射します。
穢れた闇の中に舞う燐光は、得も言えぬ美しさを醸していました。
やがてそれらが落ち着いて、辺りに穢れが充満し切った頃、ベッドに上に残っていたのはパソコンを抱きかかえて眠る一体の骸でした。
「どうやら頼みの綱はもうご臨終のようだね」
櫻子氏の声は、どこか嗤っているいるような響きを宿していました。




