Sさんの話
「もしもし」
数コールの後に、受話器の向こうからくぐもった声が聞こえてきました。
前回お話しした時とは別人のような声に驚きました。
Sさんは明るくて勢いのある話し方をしていましたが、今はまるで自信や生気が感じられません。
「もしもしSさんですか? 深川です。体調は大丈夫ですか?」
「待ってたんや……あんはんから電話来るん。ずーっと待ってったんや。ずーっと。ずーっと」
奇妙な物言いでした。ぞくりと二の腕に鳥肌が立ちました。
あれからそう日は経っていません。
「ずーっと、ずーっと」と言われるほどのことではない気がします。
その言葉に込められた〝責め〟の感情に、とても居心地の悪さを感じました。
「申し訳ありません。いつ退職されたんですか?」
「あのすぐ後ですわ。調べたんですよ。予見ゼミの受講者の名簿。そしたらこれがもう。ヒヒヒッ‼ 笑いが止まりませんわ⁉」
引き笑いを繰り返すSさんの様子は異常でした。
僕は何とか会話を成立させようと思い、少し強い言葉を使うことにしました。
「Sさん、何かあったんですか? 体調不良って、あの件と関係があるんですよね? 今も何か普通じゃないことが起きてるんじゃないですか?」
Sさんは急に黙りこくってしましました。
「もしもしSさん?」と声を掛けると、突然Sさんは怒鳴り声をあげました。
「みんなおらんようになってんねん……‼ 受講者に電話かけたら、誰にも繋がらん‼ みんな消えたんじゃ‼ 警察に詐欺と誘拐の疑いがあるって掛け合っても、無意味や。なんでか分かるか?」
僕は答えることが出来ずに黙っていました。
するとSさんは再び「ヒヒヒ」と笑ってから、冷たい声で言いました。
「正解は、〝そんな人は存在しません〟や。挙句の果ては〝おっちゃん、一回病院で見てもろたら?〟やって! 爆笑やろ⁉ ほんで病院行ったら、脳におっきい腫瘍が出来てるんやと! こっちは全然マトモやいうねん‼」
言葉を失いました。
昔、授業中に先生が脳梗塞で倒れたことがあります。
その時先生は、ミミズのような解読不能の文字を黒板に書き、呂律の回らない言葉で授業をしていました。
僕を含めた生徒全員、状況が理解できずに固まっていたのですが、やがて先生はふらふらと床にうずくまってしまい急いで職員室に先生を呼びに行きました。
脳腫瘍でも、そういった行動や性格の変化が見られるそうです。
話しぶりからしてSさんもどうやら本当に脳に腫瘍がある様子です。
それなら、この性格の変化や発言も説明がつくような気がします。
「それは大変でしたね……お大事になさってください。この件にはもうこれ以上関わらないで、お体を治すことに専念なさったほうが……」
僕がそこまで話すと、Sさんは再び笑い出しました。
「字がな、読めんようになったんや。バラバラに動きよんねん。紙とか看板の上でミミズみたいにウネウネ動いて、逃げてしまうねん。ほんで病院いったら脳腫瘍や。でもな、こっちは絶対マトモやねん。聞こえてくるし、見えるねん。逆さまの女が両手を広げて近づいてくるねん。金色の後光が差しとって、めっちゃ綺麗やねん。でもあの金色はアカン。あれは女とは別もんや……ゴンジキ様は恐ろしい言うやろ? 万馬券なんかいらんかった……未来なんか知ったらアカンかったんや……ゴンジキ様の怒りに触れてしもうたんや……」




