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再起動のストラテジー  作者: アルテミス


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6/11

第6話:クイック・ウィン(小さな勝利)

「リソース(資源)が足りないのではない。

 イマジネーション(想像力)が足りないだけだ。」

◾️ 埋もれたスキル


 お盆休み明けの八月下旬。

 猛暑が続く中、西芝電機の地下二階は、熱気とは別の種類のエネルギーに満ちていた。

 桐谷の宣言通り、予算ゼロでのプロジェクトが始動していた。

 美冬は、社員たちの履歴書や職務経歴書をまとめたファイルを、桐谷のデスクに積み上げた。

「桐谷さん、全員分のデータです。でも……本当に彼らが戦力になるんですか?」

 美冬は不安げに、フロアを見渡した。

 大森は相変わらず電卓を叩いてブツブツ言っているし、佐久間は仕様書の誤字を探して赤ペンを走らせている。一見、以前と変わらない「掃き溜め」の風景だ。

「美冬さん。君はまだ『スペック』で見ている」

 桐谷はファイルを手に取らず、フロアの住人たちを指差した。

「大森さんの経歴書には『元経理部・係長』としかない。だが、彼がなぜここに飛ばされたか知っていますか?」

「えっと……細かすぎて煙たがられたとか?」

「半分正解です。彼は、当時の部長の不正経理を、一円単位の誤差から見抜いて告発しようとした。その結果、逆鱗に触れて飛ばされたってとこでしょう」

 美冬は息を呑んだ。

「つまり、彼には『異常値検出の天才的な嗅覚』がある。これを工場のコスト管理に使わない手はありません」

 桐谷は立ち上がり、大森の元へ歩み寄った。

「大森さん。貴方のその能力、もっと大きな数字に使ってみませんか?」

「……大きな数字?」

「工場の部品ロス率です。現在、数パーセントの使途不明金が発生している。貴方なら、その原因を特定できるはずだ」

 大森の眼鏡の奥の目が、カッと見開かれた。

「……不正、ですか。許せませんな」

 電卓を叩くリズムが、怒りと使命感のリズムに変わった。


 次は佐久間だ。

「佐久間さんは、品質保証部で『歩くJIS規格』と呼ばれていたそうです。融通が利かないのが欠点ですが、逆に言えば、彼がOKを出したシステムは絶対にバグを出さない」

 桐谷は佐久間に、夏川が書いたプログラムのテスト設計を依頼した。

「バグを見つけたら、一つにつき百円の賞金を出しましょう。私のポケットマネーですが」

「……ほう。面白い。私の目は節穴ではありませんよ」

 佐久間はニヤリと笑い、赤ペンを構えた。


 そして、元製造ライン工の加藤。彼は機械の異音を聞き分ける特技を持っていたが、耳が良すぎて騒音に耐えられず、事務職に回されていた。

「加藤さん。貴方の耳を、AIに移植してください」

「はあ? AIに?」

「貴方が『異音』だと感じる波形データを、機械学習の教師データにするんです。そうすれば、熟練工の耳を持つセンサーが作れる」

 加藤は戸惑いながらも、マイクとPCを渡されると、嬉しそうに機械音の録音データを分析し始めた。


 適材適所。

 死んでいたスキルが、パズルのピースのようにカチリカチリと嵌っていく。

 美冬は震えた。ここはゴミ捨て場なんかじゃない。背中がなんだか少しだけ熱くなった気がした。


◾️ IoTマクガイバー作戦


 人材の配置が決まれば、次は「モノ」だ。

 予算凍結でセンサーも回線も買えない中、工場の稼働状況を可視化(見える化)するシステムを作らなければならない。

 名付けて『IoTマクガイバー作戦』。あり合わせの材料で危機を脱出する、往年のドラマの主人公になぞらえた作戦名だ。

「材料は揃ったわよ」

 夏川が、段ボール箱一杯の「ガラクタ」を広げた。

 廃棄予定だった古いAndroidスマホ、ゲーム機のコントローラー、秋葉原のジャンクショップで買ってきた数百円のマイコンボード(Arduino)。そして、辻が工場から拾ってきた配線ケーブルの束。

「これを……組み合わせるんですか?」

 美冬が恐る恐る聞く。

「そう。スマホには加速度センサーとWi-Fiが入ってるでしょ? これを工場の機械にガムテープで貼り付ければ、振動データが取れるわ」

 夏川は楽しそうにハンダごてを握った。

「ゲームのコントローラーは、作業員の入力端末にするの。ボタンを押すだけで『作業開始』『完了』『トラブル』を記録できるようにね」

 辻も負けじと、配線を繋いでいく。

「LANケーブルが足りねえな……よし、この余ってる電話線を使おう。速度は出ねえが、テキストデータなら十分だ」

 地下二階は、夏休みの工作教室のような熱気に包まれた。

 既製品を買えば数千万円するシステムを、廃材と知恵だけで再現しようとしているのだ。

 美冬も、自分にできることを探した。

「私、スマホの固定ケース作ります! 段ボールと結束バンドで!」

「おう、頼むわ! 振動で落ちないようにガチガチにな!」


 数日後。

 不格好な「手作りセンサー」たちが完成した。

 ガムテープでぐるぐる巻きにされたスマホ。結束バンドで固定されたマイコン。見た目は酷いが、電源を入れると、しっかりとLEDが点灯した。

「……動く。動くぞ!」

 辻が拳を突き上げる。

「よし、これを工場に設置しに行くわよ。現場の連中に、私たちの『工作』を見せつけてやるの」

 夏川が不敵に笑う。

 美冬はSTノートを胸に、大きく頷いた。

 これは、ただの工作じゃない。私たちの魂の結晶だ。


◾️ 光のダッシュボード


 九月一日。運命の実証実験(PoC)の日。

 府中工場の第一ラインには、工場長の岩をはじめ、多くの作業員が集まっていた。

 彼らの視線の先には、ラインの機械に取り付けられた「ガラクタ」たちがあった。

「おいおい、なんだあれ。スマホが張り付いてるぞ」

「爆弾か?」

 ざわめく現場。岩は腕を組んで、胡散臭そうに眺めている。

「桐谷。これで本当に、工場の動きが見えるようになるのか?」

「ええ。見えますとも」

 桐谷は涼しい顔で、プロジェクターのスイッチを入れた。

 工場の白い壁に、巨大な画面が投影された。

 そこには、工場のレイアウト図と、各機械のアイコンが表示されている。今はすべてグレー(停止中)だ。

「では、ライン稼働をお願いします」

 岩が合図を出し、ベルトコンベアが動き出した。

 ゴウン、ゴウン……。機械が振動を始める。

 その瞬間。

 壁に投影された画面上のアイコンが、レスポンスが良いとは言えないが、次々と緑色に点灯していく。

「おおっ!」

 作業員たちから声が上がる。

 さらに、夏川がキーボードを叩く。

「振動データを波形表示に切り替えます」

 画面の一部がグラフに変わり、リアルタイムで機械の鼓動を描き出した。

「おい、第三プレスの波形、ちょっと乱れてねえか?」

 加藤が叫んだ。元熟練工の耳を持つ彼が、データとしての「異音」を検知したのだ。

 辻が走る。「確認する!」

 辻が第三プレス機に駆け寄り、点検する。

「たぶん、ここだ。 ボルトが一本緩んでる! これ、放置してたら一時間後に故障停止してたぞ!」

 現場がどよめいた。

 故障を「予知」したのだ。ガムテープで貼られたスマホと、お荷物社員の分析によって。

 さらに、大森が叫ぶ。

「第二ライン、材料投入のタイミングが遅れています! このままだと三十分後に手待ち時間が発生し、数万円、恐らく約五万円程度の損失が出ます!」

 ゲームのコントローラーを持った作業員が、慌てて「補充要請」ボタンを押す。すぐにフォークリフトが動き出し、寸前でライン停止を回避した。


 壁に映し出されたダッシュボードは、工場の「今」を雄弁に語っていた。

 見えなかったものが見える。聞こえなかった声が聞こえる。

 それは魔法ではなく、データという名の光だった。

 岩が、呆然と画面を見上げている。

「……すげえ。俺たちが長年、勘と経験でやってきたことが、全部ここに出てる」

 岩はゆっくりと桐谷の方を向き、深々と頭を下げた。

「参った。俺の負けだ。……こういうのも悪くねえな」

 その言葉に、現場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 美冬は、涙が溢れるのを止められなかった。

 隣では、辻と夏川がハイタッチをしている。大森や佐久間も、誇らしげに胸を張っている。

 予算ゼロ。期間一ヶ月。

 それでも、彼らは成し遂げた。

 これが、最初の「クイック・ウィン(小さな勝利)」。

 西芝という巨象が、確かに一歩、前に進んだ瞬間だった。


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