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再起動のストラテジー  作者: アルテミス


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14/30

第14話:リークと炎上

フェイクは、拡散する速度において真実を凌駕する。

 だが、人の心を動かす『熱量』において、

 作られた物語は、生の事実ドキュメンタリーに勝てない。」


◾️ 狙われた改革


 新しい年が明けた。

 一月四日、仕事始め。西芝電機本社ビルのエントランスには門松が飾られ、社員たちは「おめでとうございます」と挨拶を交わしていた。

 地下二階の情シス部でも、美冬たちは晴れやかな顔で顔を合わせていた。

「明けましておめでとうございます! 今年もリブート、頑張りましょう!」

 美冬が元気に声を上げると、辻が苦笑しながら答える。

「おう。正月休みで体が鈍っちまったからな。またデスマーチで絞ってもらうとするか」

「縁起でもないこと言わないでくださいよ」

 山藤も顔を出していた。彼は年末の営業データ改革の成功で、社内での発言力を増している。

 「半年間の成果」、「聖域なき改革」。西芝は確実に良い方向へ変わろうとしていた。少なくとも、現場の空気は明るくなっていたはずだった。


 その空気が一変したのは、昼休みのことだった。

 コンビニへ昼食を買いに行った夏川が、血相を変えて戻ってきたのだ。手には一冊の週刊誌が握りしめられている。

「大変。……これ見て」

 夏川がデスクに叩きつけたのは『週刊現代経済』の最新号だった。

 表紙には、毒々しい赤文字でこう書かれていた。

 『名門・西芝電機、DXの美名の下に非情のリストラ断行! AIに仕事を奪われた社員たちの悲痛な叫び』

「な、何これ……」

 美冬の手が震える。ページをめくると、そこには歪曲された事実が並んでいた。

 ペーパーレス化で仕事がなくなった総務部員が「長年の功績を否定され、ゴミのように捨てられた」と語るインタビュー。

 工場のIoT化により配置転換された作業員が「ロボットに職場を追われた」と訴える記事。

 さらには、桐谷の写真とともに「外資系出身の『壊し屋』が、日本の伝統的雇用を破壊する」というセンセーショナルな見出しまで躍っている。

「ひどい……全部嘘じゃない!」

 美冬は叫んだ。

「配置転換は本人の希望を聞いた上で行ったし、給与も維持されてる。総務の人たちだって、新しい企画業務にチャレンジできて喜んでたはずなのに」

「事実はどうでもいいのよ。週刊誌にとっては『大企業が悪事を働いている』という構図ストーリーこそが商品なんだから」

 夏川が悔しそうに唇を噛む。

「この記事、内部リークだわ。会議資料の数字がそのまま載ってる」


 その時、桐谷のスマホが鳴った。広報部からだ。

「……はい、桐谷です。……ええ、記事は見ました。……はい。これから社長室へ向かいます」

 桐谷は電話を切ると、静かに立ち上がった。

「炎上しましたね」

「桐谷さん! これ、誰が……」

「犯人探しは後です。まずは火の粉を払わなければ」

 桐谷の表情は、いつになく険しかった。

 システムトラブルなら技術で解決できる。だが、これは人の感情と認知を標的とした攻撃だ。

 

 午後になると、事態は悪化した。

 ネットニュースが記事を転載し、SNSでは「西芝不買運動」のハッシュタグがトレンド入りした。『冷血企業』『社員を大切にしない会社』といった罵詈雑言がタイムラインを埋め尽くす。

 情シス部の電話も鳴り止まない。

「おたくの会社は、人の心がないのか!」

「就活中の息子には絶対受けさせない!」

 抗議の電話だけではない。社内の社員たちからも、疑いの目を向けられ始めた。

 美冬が廊下を歩いていると、すれ違いざまに総務部の女性社員たちがヒソヒソと話しているのが聞こえた。

「やっぱり、私たちもいつか切られるのかしら」

「桐谷さんって、リストラ請負人らしいよ……怖いね」

 美冬は足がすくんだ。

 昨日まで「ありがとう、便利になったよ」と言ってくれていた人たちが、今は敵を見るような目をしている。

 信頼とは、こうも脆いものなのか。

 美冬はトイレの個室に駆け込み、声を殺して泣いた。

 私たちがやってきたことは、間違いだったの?

 会社を良くしようとしただけなのに、どうしてこんなに憎まれなきゃいけないの?


 社長室では、緊急役員会が開かれていた。

 後藤専務が、鬼の首を取ったような顔で桐谷を糾弾していた。

「見たまえ、この世間の反応を! 株価も午場だけで3%下落した。君の急進的なやり方が、会社のブランド(暖簾)を傷つけたんだ!」

 後藤の隣には、人事担当の吉田役員もいる。彼らがリークの主犯であることは明白だった。自分たちの既得権益を守るために、会社そのものを燃やすことも厭わない。自爆テロのような攻撃だ。

「責任を取ってもらおう。即刻、DXプロジェクトを凍結し、世間に謝罪するんだ」

 後藤が迫る。

 北室社長も苦渋の表情だ。

「桐谷くん……記事の内容が事実でないことは分かっている。だが、世間の怒りを鎮めるには、一度頭を下げるしかないかもしれない」

 桐谷は沈黙していた。

 だが、その目は死んでいなかった。眼鏡の奥で、冷徹な計算が高速で行われている。

「……謝罪会見を開けば、記事の内容(嘘)を事実と認めることになります」

 桐谷は静かに口を開いた。

「それは、これまで汗を流して改革に取り組んできた現場社員たちの努力を、会社が否定することになる。それだけは、絶対にできません」

「じゃあどうするんだ! このまま燃え尽きるのを待つのか!」

 後藤が怒鳴る。

 桐谷は顔を上げた。

「いいえ。火消しはしません。……燃料を投下して、爆風で吹き飛ばします」


◾️ インフォメーション・ウォー


「爆風で吹き飛ばすだと?」

 後藤が呆れたように鼻で笑った。

「何を言っている。炎上商法でもやるつもりか」

「これは『情報戦インフォメーション・ウォー』です」

 桐谷は役員たちを見渡した。

「敵の武器は『偏見』と『感情論』です。これに対抗するために、我々も論理ロジックではなく、より強い『物語ナラティブ』をぶつける必要があります」

 桐谷はタブレットを取り出した。

「社長、広報の全権限を私に預けてください。四十八時間以内に、世論をひっくり返してみせます」

 北室社長は桐谷の目をじっと見つめ、そして頷いた。

「……分かった。賭けよう。ただし失敗すれば、私の首も飛ぶ覚悟だぞ」

「承知しています」


 地下二階に戻った桐谷は、即座に指示を飛ばした。

「美冬さん、山藤くん。今すぐ府中工場へ行ってください。岩工場長を捕まえて、カメラの前で喋らせるんです」

「えっ、岩工場長ですか? あの頑固オヤジの……」

 美冬が驚く。岩鉄造は、かつて改革に猛反対していた「現場の壁」そのものだ。

「彼こそが適任です。嘘のない言葉を持っている」

「夏川さんはSNSの分析を。批判的な投稿の発信源インフルエンサーと、その拡散パターンを特定してください。ボットが混じっている可能性が高い」

「了解。逆探知して、プロバイダごと晒し上げてやるわ」

 夏川が不敵に笑い、キーボードを叩き始める。


 美冬と山藤は、社用車を飛ばして府中事業所へ向かった。

 車内では、スマホの通知が鳴り止まない。批判コメントは増える一方だ。

「……怖いな」

 ハンドルを握る山藤がポツリと言った。

「数字や論理ならいくらでも戦えるけど、こういう『悪意』の塊みたいなのは、どう対処していいか分からない」

「うん……」

 美冬も膝の上のSTノートを握りしめていた。

 でも、逃げるわけにはいかない。

 桐谷さんは言った。『現場の努力を否定させない』と。

 その言葉を守るために、私たちは走るんだ。


 府中工場に着くと、そこはいつも通りの稼働音に包まれていた。

 だが、休憩所では作業員たちが週刊誌を回し読みし、不安そうな顔をしていた。

「俺たちも、やっぱりクビになるのかな……」

 そんな声が聞こえる。

 美冬たちは工場長室に飛び込んだ。

「岩さん! お願いします、力を貸してください!」

 岩工場長は、腕組みをして窓の外を見ていた。その背中は怒りに震えているように見えた。

「……来たか、情シスの」

 岩が振り返る。その顔は鬼の形相だった。

「あの記事、読んだぞ。ふざけたことを書きやがって」

「そうなんです! 全部嘘です! だから、岩さんの口から真実を……」

「断る」

 岩は短く切り捨てた。

「えっ……」

「俺は喋るのが苦手だ。それに、会社が叩かれてる時にノコノコ出ていって、言い訳をするなんざ性に合わん」

「言い訳じゃありません! 戦うんです!」

 美冬は食い下がった。

「あの記事は、岩さんたちが苦労して導入したIoTや、安全管理システムのことまで『現場を監視する道具』だって書いてるんです。みんなの汗を、侮辱してるんです!」

 美冬の目から涙が溢れた。

「私は、自分が悪く言われるのは我慢できます。でも、現場のみんなが『可哀想な被害者』扱いされるのだけは、許せないんです!」

 岩は、泣きじゃくる美冬をじっと見下ろした。

 その目には、半年前に雨の中で泥だらけになりながら現場に通ってきた、この新人の姿が重なっていた。

「……ちっ」

 岩は舌打ちをし、作業着の帽子を被り直した。

「カメラはどこだ」

「え?」

「現場を見せてやるんだろ? 口で説明するより、俺たちの仕事を見せた方が早え。ついてこい」

 岩はスタスタと歩き出した。

 美冬と山藤は顔を見合わせ、急いで後を追った。


 その頃、本社地下では夏川が戦況を分析していた。

「ビンゴ。初期拡散のアカウント、ほとんどが捨て垢ね。しかも投稿時間が不自然に同期してる。業者の仕業よ」

 夏川はモニターに拡散経路図ヒートマップを表示させた。

「でも、厄介なのはそれに乗っかった一般人たち。『大企業叩き』という正義感に酔って、事実確認もせずに拡散してる。これを止めるには、もっと強い『感情』をぶつけるしかないわ」

 桐谷は頷いた。

「ええ。怒りには感動を。絶望には希望を。オセロの角を取るように、感情の極性を反転させます」

 桐谷の手元には、美冬から送られてきた動画データが届き始めていた。

 編集ソフトを立ち上げる。

「さあ、ドキュメンタリーの時間です」


◾️ 真実の映像


 翌日の十時。

 西芝電機は「緊急会見」のアナウンスを行わなかった。

 代わりに、公式YouTubeチャンネルとSNSアカウントで、一本の動画を一斉公開した。

 タイトルは『Reboot : 西芝の現場より』。

 サムネイルには、油まみれの作業着を着た岩工場長の、無骨な笑顔が使われていた。


 動画が再生される。

 BGMはない。工場の稼働音だけが響く中、カメラは生産ラインを映し出す。

 かつては手書きの紙を持って走り回っていた作業員たちが、今はタブレットを片手に、余裕を持って機械を操作している。

 画面にテロップが出る。

 『残業時間:月平均40時間減』『労働災害:ゼロ更新中』


 そして、岩工場長が登場する。

 カメラに向かってではなく、横にいるインタビュアー(美冬)に語りかけるような自然な構図だ。

『正直、最初は反対だったよ。ITだのDXだの、俺たちの職人芸を馬鹿にされてると思ったからな』

 岩は太い指で、モニターに表示された故障予兆グラフを指差す。

『でもな、こいつ(システム)のおかげで、若いやつらが怪我をしなくなった。機械の悲鳴が聞こえるようになった。……俺たちが守りたかったのは、古いやり方じゃねえ。良い製品を作って、無事に家に帰ることだ』

 岩の目が、少し潤んで見える。

『ロボットに仕事を奪われた? 笑わせるな。俺たちは、ロボットという相棒を手に入れて、もっと難しい仕事に挑戦できるようになったんだ』


 画面が切り替わる。

 今度は、ペーパーレス化が進んだ本社のオフィス。

 かつてハンコ押しに忙殺されていた総務部の女性社員が映る。彼女は今、新しいカフェテリアの企画案を練っていた。

『事務作業がなくなって、初めて「社員の笑顔を作る仕事」ができるようになりました。……私、今が一番、会社に来るのが楽しいです』


 動画のラスト。

 夕暮れの工場の屋上で、美冬と山藤、そして現場の作業員たちが並んで笑っている。

 そこにナレーションや説教臭いメッセージはない。

 ただ、テロップが一文だけ表示される。

 『西芝は、変わり続けています。働く人たちのために。』


 動画の公開から一時間。

 反応は劇的だった。

 最初は「言い訳動画かよ」といった冷ややかなコメントがついたが、すぐに流れが変わった。

『おい、この工場長のおっちゃん、ガチだぞ』

『目が生き生きしてる。やらされてる感がない』

『リストラじゃなくて、配置転換でみんな幸せになってるじゃん』

『マスゴミの捏造だったのかよ』

 SNSのタイムラインが、「怒り」から「感動」と「称賛」へとオセロのようにひっくり返っていく。

 『#西芝頑張れ』『#Reboot』のハッシュタグが拡散され、元の炎上記事は「デマ」としてコミュニティノートが付けられた。


 社長室。

 リアルタイムでSNSの反応を見ていた北室社長は、大きく息を吐き出した。

「……勝ったな」

 後藤専務は、青ざめた顔でスマホを握りしめていた。

「ば、馬鹿な……。たかが素人が作った動画一つで……」

「素人だからこそ、響くのです」

 桐谷が静かに言った。

「作り込まれたCMや、形式的な謝罪会見では届かない。生の言葉、生の表情だけが持つ『事実ファクト』の強さ。それが最強の広報戦略です」

 後藤は唇を噛み締め、無言で部屋を出て行った。

 その背中は、以前よりも小さく見えた。


 夜。情シス部では、ささやかな祝杯が挙げられていた(といっても、コンビニのジュースだが)。

「やったね! 再生回数百万回突破!」

 夏川がVサインをする。

「いやあ、岩さんのあの笑顔、反則ですよ。あんなの誰が見てもファンになっちゃいますって」

 山藤も興奮気味だ。

 美冬は、スマホの画面を見つめていた。そこには、数え切れないほどの応援コメントが並んでいる。

『この会社で働きたくなった』

『変化を恐れない姿勢、かっこいい』

 涙がこぼれそうになった。

 怖かった。逃げ出したかった。でも、信じてよかった。

「美冬さん」

 桐谷が声をかけてきた。

「貴女が流した涙と、現場へ走った足が、この結果を生みました。……情報戦のMVPは貴女です」

「桐谷さん……」

 美冬は鼻をすすりながら笑った。

「私、この会社がちょっとだけ好きになりました」

「それは良かった。……ですが」

 桐谷の表情が引き締まる。

「敵は、これで黙ってはいないでしょう。認知戦ソフトで勝てないとなれば、次は物理的な破壊ハードを仕掛けてくる可能性があります」

「物理的な……?」

「ええ。システムそのものを狙った攻撃です」


 その予言は、あまりにも早く的中することになる。

 一月下旬。西芝の心臓部であるメインシステムが、突如として悲鳴を上げることになるのだ。


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