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舞踏会は終わらない

掲載日:2025/12/12

もう何回目だ……と、リオは思った。

赤い絨毯。シャンデリア。壁際でグラスを握る自分。

楽団が、最初の一曲目を奏で始める。


(今度こそ、最後まで)


胸の奥で小さく呟き、指先に力を込める。

曲の流れも、王女の歩幅も、息が乱れる位置も、身体が覚えている。

肩の上で揺れる青いリボンの位置さえ、もう見慣れてしまった。

何度転び、踏み外したか、もう数えられない。


曲が終わり、王女が振り返る。


『リオ様も、踊ってくださいます?』


耳に焼き付いた台詞。

それでも胸が少し締め付けられる。

だが足は前へ出ていた。


「こちらこそ、お願いいたします」


差し出した手を、王女がそっと取る。

指先の震えは前より小さい。握り返す力も、少しだけ強い。


最初の一歩。床を踏む。

次の一歩で裾がふわりと舞う。

三歩目には、呼吸が揃っていた。


視界の端で貴族たちが輪を描く。

ざわめきはいつもより低く、誰かが息を呑む音がした。

胸元の勲章がわずかに触れ合い、乾いた小さな音を立てる。


(ここからだ)


中盤の回転。何度も足を絡ませ、止まってしまった場所。

膝が笑い、喉が焼けても、足だけは前に出した。

指先は汗で滑りそうだったが、それでも離さない。


「そのまま」


囁きに合わせ、腰を支え、くるりと回る。

光が線になって流れる。足元はぶれない。

王女の吐息が、かすかに頬を掠める。


中盤を越え、後半の旋律に入る。

息は上がっているのに、身体は軽い。

王女の表情からも硬さが消えている。

視線が合い、互いに微かに笑った。


あと数歩。

最後の一歩を踏み出せば、この曲は終わる。


その瞬間、左足の踵が、絨毯の縁をわずかに踏んだ。


ぐらり、と視界が傾く。


支えようと腕に力を込めた。

だがその勢いで、王女の体勢が大きく崩れる。


「っ……!」


抱き留めようとした腕と、王女の足と、自分の足が絡まる。

真紅の床が近づき、決めのポーズは転倒に変わった。


悲鳴。ざわめき。こぼれたグラスの中身が、じわりと広がる。


そこで、音楽がぷつりと途切れた。


音も、色も、匂いも、ひとつずつ薄くなっていく。

絨毯は白い霧に溶け、王女の姿も、自分の手も輪郭を失った。


息を吸おうとしても、肺の位置が分からない。

最後の一歩で踏み外した感触だけが、踵に焼き付いている。


――指先には、冷たいグラスが握られていた。


赤い絨毯。シャンデリア。壁際で立ち尽くす自分。

喉の奥で、さっきの転倒の残像がじわりと疼く。

楽団が、最初の一曲目を弾き始めたところだった。

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