第1章8話 未来は変えられる
明け方――貧民街の静寂を裂くように、数人の足音が闇に紛れて駆け抜けていた。
リアンは廃倉庫裏の小道に立ち、目を細めて仲間の報告を待っていた。
「リアン、送った通報、兵団が受け取ったって。今、倉庫に向かってる」
戻ってきたソウが息を弾ませて伝える。
「タイミングは完璧だな。なら、俺は先回りして“念のため”を見てくる」
「え、でも兵団来るんだろ? 下手に出たら巻き込まれるって」
マルクが慌てて止めたが、リアンは静かに首を振る。
「……逆だ。ここまで追い詰められたら、奴らは証拠を燃やしに戻る可能性がある。
俺が現場で時間を稼ぐ。証拠を消されるわけにはいかない」
「……気をつけろよ」
「任せとけ」
リアンは身を翻し、倉庫の屋根伝いに音もなく走り去った。
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廃倉庫――薄暗く、人通りのないその場所に、アラクネの男たちが数名集まっていた。
「この前の取引、全部パーだぞ……どこのどいつが抜け駆けしやがったんだ?」
「証拠は燃やせ。それだけでいい。あとは誰にも渡すな」
ちょうどその時だった。
「お前ら……なにやってんだ?」
静かな声。だが、そこに含まれた“怒気”に、男たちの背筋が反射的に伸びた。
倉庫の梁の上。そこに、棒剣を肩に担いだリアンが、冷ややかな目で立っていた。
「……チッ、誰だテメェ。見張りはどうした」
「眠ってるよ。お前らのせいで、な」
男の一人がナイフを抜き、忌々しげに笑った。
「ガキが……大人の商売に口出しすんじゃねぇ!」
言葉が終わるより早く、男の腕をリアンの棒剣が打ち払った。
――バギィッ!
「ぎっ……!?」
ナイフが吹き飛び、続けざまにリアンの足が男の膝へ叩き込まれる。
バランスを崩した男が地面に崩れ落ちた。
「一人……」
リアンが息を吐いたその瞬間、背後から別の男が飛びかかってくる。
「この野郎ォッ!」
気配を感じたリアンはすかさず前転で間合いを取る。着地と同時に棒剣を構え直し、背後からの攻撃を受け流した。
二対一。
だが、リアンは一歩も引かなかった。
(王国式剣術・初級、型三……)
攻撃を受け止めた瞬間、斬り返しに移る。
棒剣の先が男の肩を正確に打ち据え、力を奪う。
「ぐ……っ、このガキ……なんなんだよ……!」
「……“昔の被害者”だよ」
そう吐き捨て、リアンは男の腹を打ち抜くように一撃を叩き込んだ。
男が呻いて倒れる――その瞬間、背後から叫び声が響いた。
「フェルムート王国兵団だ! 武装を解いて投降しろ!」
リアンが振り向くと、倉庫の入口を破って兵団の兵士たちが突入してきた。
騎士ではない。だが、鎧に刻まれた第2師団の紋章は確かに“正義の証”だった。
「そこにいる男たち! 貧民街での拉致、奴隷取引に関与した疑いで拘束する!」
叫ぶのは中年の兵士――部隊を率いる隊長だろう。
兵たちはすぐに倉庫内に散開し、アラクネの残党たちを取り押さえていく。
リアンは立ち上がり、少し距離を取りながら見届けた。
「……うまく間に合ったな。あとは、任せた」
倉庫の奥から、隠されていた証拠の帳簿や金品が次々に発見される。
リアンは一つ息を吐き、マルクから渡されていた小さな封筒を兵士に手渡した。
「この通報と証拠が全て一致している。確認してくれ」
兵士はリアンを一瞥し、驚いたように目を細めたが、すぐに頷いた。
「……確かに、これは動かぬ証拠だ。任務完了後、上に報告する」
捕らえられたアラクネの男たちは、呆然としたまま連行されていった。
その背中を見つめながら、リアンは呟いた。
「一年前……何もできなかった俺が、今こうして、変えた」
振り返ると、倉庫の屋根の上で、マルクとソウが小さくガッツポーズを取っていた。
リアンは棒剣を肩に担ぎ、歩き出す。
夜は終わった。
だが、戦いはまだ始まったばかりだ。