第1章7話 救出
――ゴッ。
石の天井にくさびを打ち込む最後の一撃が響いた。
小さく、しかし確かな音を立てて、ひび割れた天井の一部が崩れ落ちる。
その瞬間、地下牢の中にいた子供たちが驚き、悲鳴を上げた。
「だ、誰っ!?」
「天井が……!」
割れた石の向こうから、差し込む淡い灯り。
土まみれの小柄な少年――リアンが顔を覗かせる。
「おい、静かに。俺たちは味方だ。助けに来た!」
怯えた子供たちの目が、一斉にリアンに向けられる。
しばらくの沈黙の後、檻の中から、小さな声が漏れた。
「……兄ちゃん……?」
リアンは声の方を向き、その子の瞳を見た。
(この声……あいつか?)
その少年――金髪に深紅の瞳の少年が、檻の奥からじっとこちらを見つめていた。
他の子供たちとはどこか違う雰囲気。年齢も同じくらい。
だが、目に宿った光は、明らかに“現実”を見た者のそれだった。
「お前、名前は?」
「……レオン……レオン・……いや……ただのレオンだ」
リアンは一瞬、その名にひっかかりを感じた。
(レオン……どこかで……いや、今はいい)
「マルク、ソウ、急げ! 縄を下ろせ、引き上げる!」
「おう!」
次々と子供たちが天井の穴から引き上げられていく。
泣きながら掴まる子、声も出せずにただ震える子――
その中で、レオンはしばらく動かなかった。
リアンが檻の前に立つ。
「行かないのか?」
「……助けてもらえるなんて、思ってなかったから」
その声に、リアンの胸が微かに締め付けられる。
(ああ……俺も、昔、そう思ってた)
だからこそ、今度は救う側にいる。
「来い、レオン。お前の世界は、これからだ」
その言葉に、レオンの目が少し見開かれる。
そして、ゆっくりと立ち上がり、リアンの差し出す手を掴んだ。
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救出に成功したリアンたちは、廃屋の裏手に戻っていた。
子供たちは次々と運び出され、見張り役の仲間が安全な場所へと誘導していた。
「ケガ人なし。全員、無事だ。すげぇな……これ、マジでやったんだな」
マルクが息をつきながら呟く。
リアンは焚き火の前で、毛布に包まれた子供たちを見つめながら静かに頷いた。
「これが始まりだ。俺たちが動けば、変えられる。そう証明できた」
「でもよ……あいつら、黙ってねぇだろ。アラクネも奴隷商人も、これで引くとは思えねぇ」
「ああ、だからこそ準備してきた。証拠も抑えた。奴らの拠点、隠し部屋、金の出入りも全部――明日、兵団に匿名で提出する」
マルクが驚いたように振り返る。
「……本気か? 兵団に、タレ込むのか?」
「フェルムートの兵団は腐ってない。証拠があれば、必ず動く。奴らに逃げ場はない」
そこに、レオンが近づいてきた。
焚き火の灯りが、レオンの顔を照らす。かすかな表情の陰に、どこか懐かしさを覚える。
「……ありがとう、リアン。俺……ほんとに助かったんだ」
「礼はいい。ただ一つ条件がある」
「……条件?」
リアンは腕を組み、言った。
「ここで暮らすなら、自分のことは自分でやれ。戦いたいなら、修練にもついてこい。うちでは、誰もタダ飯は食わせねぇ」
レオンは数秒、ぽかんとした顔でリアンを見つめ――
そして、微かに笑った。
「わかった。やってみるよ、兄ちゃん」
その一言に、リアンは小さく肩をすくめた。
「……なんで“兄ちゃん”なんだよ」
「なんか、呼びやすくてさ」
その笑顔に、かつての自分を重ねるリアン。
(この世界に、もう一人……変わろうとする奴がいる)
それは、心強くもあり、同時に――どこか不思議な胸騒ぎを覚える瞬間でもあった。