第1章5話 回帰から1年
――1年前。
死の淵から目覚めたリアンが最初に決めたことは、二度と同じ結末を繰り返さないことだった。
仲間を守れなかった後悔。妹を失った無力感。
そして、師であるヨルゴを裏切りに巻き込み、死なせてしまった怒りと悲しみ。
すべてを変えるため、リアンは“動き始めた”。
(最初の悲劇を防ぐ。それがすべての始まりだ)
目指すは、貧民街を蝕む悪の根――
地下組織「アラクネ」と、それと繋がる奴隷商人の撲滅。
リアンは記憶を頼りに、じっくりと動き始めた。
力を蓄えるため、まずは自分自身の肉体と技術を鍛え直し――
「王国式剣術・初級、三型まで。よし、通せる」
誰にも見られない場所で、黙々と剣の型を繰り返す日々。
棒切れだった“剣”は重心を知り、力の流れを思い出し、技術となって宿る。
小さな手足は成長し、動きに鋭さを取り戻した。
気がつけば、初級の全型を滞りなくこなせるようになっていた。
(よし、最低限の基礎は戻った)
次に取り組んだのは、貧民街の掌握。
かつての記憶を辿り、子供たちの中で力を持っていた“核”になる者たちを探し、対話を重ねていった。
マルク、ジャミル、ターニャ、ソウ――
喧嘩っ早くて手癖の悪い奴もいれば、計算高くて人を信じない奴もいた。
だが、リアンは彼らの心を一つずつ丁寧に拾い集めていった。
時には飯を分け、時には喧嘩して殴り合い――
そして一年後、リアンの周囲には、確かな“絆”が生まれていた。
情報収集班、物資調達班、見張り班。
それぞれの得意を活かし、リアンを中心に貧民街の子供たちが動き出していた。
そんな中、春が訪れる。
――輝歴585年。あの日と、同じ年。
「……始まった、か」
仲間の一人が持ち帰ってきたのは、信じられない報告だった。
「リアン……西の外れの居住区で、子供が3人消えた。家の中には生活の跡が何も残ってなかったって……」
胸の奥がひやりと冷えた。
この感覚は、忘れることなどできない。
(これは……奴らだ。アラクネと、奴隷商人……接触した)
ちょうど一年前、同じように仲間が消えた。
情報もなく、騒ぐことも許されず、ただ静かに“消された”。
そして、奴らはその痕跡すら完璧に消していった。
「俺たちが集めた情報では、アラクネの連中が最近、よく“北門側”に顔を出してる。物の出入りも多い」
「じゃあ……そっちに奴隷商が……?」
マルクが険しい顔で言った。
リアンは深くうなずく。
「間違いない。計画は進行してる。だが、今回は……俺たちが先手を打つ」
顔を上げる。
「これまでの一年、無駄にしてない。今こそ動く時だ」
周囲の仲間たちの顔にも、覚悟の光が宿っていた。
もう、逃げることも、ただ怯えることもない。
守るために、戦う――その覚悟が、リアンの中で確かに燃えていた。
(次こそは、失わせない。守り抜いてみせる)
剣を握る手に、力がこもる。
「“計画”を実行に移す。作戦は今夜だ」