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第1章3話 少年のいま


 朝靄に包まれた空気が、肌にひやりと触れる。

 腐った木の匂いと、遠くで響く喧騒――ここは貧民街。リアンが生まれ、そして地獄を見た場所だった。


 掘っ立て小屋の外に出たリアンは、自分の手をじっと見つめた。

 小さく、細く、頼りない。剣を握っても振り抜けるとは思えないような子どもの手。


「……やっぱり、身体も戻ってるな」


 回帰前、自分は全盛期に近い肉体を持っていた。

 今の身体では、王国式剣術・初級すら満足に扱えない。


 だが、それでもやるしかない。


 リアンは近くに落ちていた木の棒を拾い、土の上に足を開いて構えた。


「はっ!」


 小さく気合いを入れて踏み込み、棒を振るう。

 しかし、足元がぐらつき、その場でバランスを崩して尻もちをつく。


「っ……はは、こんなもんか」


 惨めだ。でも、自分の実力を知らずに無茶をする方がよほど愚かだった。

 少しずつ取り戻していくしかない。


 リアンが立ち上がろうとしたその時――


「おい、リアンじゃねぇか?」


 聞き覚えのある、しゃがれた声が響いた。


「……マルク?」


 黒髪をぼさぼさに伸ばした少年が、笑いながら近づいてくる。

 リアンと同じ貧民街育ちで、幼い頃に仲間だった男――マルク。


「生きてたのかよ、てっきり死んだと思ってたぜ。三日も姿見せねーからさ」


「悪いな、ちょっと寝てただけだ。……なあ、ここ最近、街で何かあったか?」


 リアンは立ち上がりながら、さりげなく周囲の情報を集めようとした。

 まずは、この時代の"現在地"を正確に把握するために。


「んー、ああ、そういや西通りのボスが変わったらしいぞ」


「西通り……ガルドの縄張りか?」


「ああ。昨日の夜に潰されたってよ。新しいボスの名前は――ロダ。聞いたことあるか?」


「ロダ、か……」


 リアンの眉がわずかに動いた。記憶にある。

 ロダは後にアラクネの幹部となる危険人物。

 貧民街の子供たちを巧妙に取り込み、奴隷商人と繋がっていく男だ。


(なるほどな……もう動き始めてるってことか)


「そいつ、どんなやつなんだ?」


「見た目は普通だけどな、やることがえぐいらしい。ガルドの手下を二人、見せしめに殺したって話だ」


「子供相手に、か?」


「らしいぜ。見たやつが言ってた」


 リアンは静かにうなずき、視線を遠くに向けた。


(この時期なら、まだ勢力が安定してない……なら、潰すなら今だ)


 そのとき――


「……あ、兄ちゃん?」


 小さな声がして、後ろを振り返ると、リナが不安そうな顔でこちらを見ていた。

 布の端を握りしめ、眠たげな目をこすりながら近づいてくる。


「どうした、リナ。寒かったか?」


「ううん……兄ちゃん、いなくて……ちょっと、さびしかった……」


 小さな体がぴとりとリアンの背中に寄り添う。

 その温もりに、リアンの胸がじわりと熱くなる。


(俺が守る。この小さな命を、今度こそ……)


「マルク。俺、ちょっと用がある。西通りの様子、見に行ってくる」


「はぁ? おいおい、ロダの縄張りに行くってのかよ? 頭沸いてんじゃねーのか」


「平気だよ。ちょっと見るだけだ」


 マルクは信じられないという顔をしたが、リアンはリナの手を引きながら歩き出した。

 まだ身体は未熟。だが、頭には経験と知識がある。


 今はそれを最大限に使う時だ。


 西通り――数年前にはゴミ溜めだった一角が、今や若い連中のたまり場になっていた。


「……兄ちゃん、ここ来たことないとこ……」


「ああ、大丈夫だ。絶対に危ないことはしない」


 そう言い聞かせながら周囲を見渡すと、すぐに目に入った。


 ――ロダだ。


 腰に鉈を下げ、赤いバンダナを巻いた細身の少年。

 歳はリアンと同じくらいだが、目つきだけは獣のように鋭かった。


(間違いない。あれがロダ……アラクネに繋がる起点の男)


 ロダは目の前でガキどもに指示を飛ばしていた。

 まるで、兵を操るように。そこには、幼さなどなかった。


「……まずは"観察"からだ」


 リアンは物陰に隠れ、じっとその様子を見つめた。

 かつての経験が、"ただのガキ"ではないことを本能的に教えてくれる。


(ロダ、そしてアラクネ……今のうちに芽を潰す。それが、俺の最初の戦いだ)


 リナの小さな手を握りしめながら、リアンはそっとつぶやいた。


「今度こそ、守るために戦うんだ。真の騎士になる――それが、俺の誓いだ」

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