第9話 魔女、魔女について聞く
オークを一度仕舞ってから、かわりに死使鳥の余っている肉を全部取り出して渡す。
「ほう、これ全部良いのか?」
「いいですよ。どうせ使い切れないですし」
「それならまとめて金貨三枚でどうだ」
「えっ、そんな高額でいいんですか?」
「いやこれでも安めの値付けだぞ。羽も揃っているなら大金貨一枚くらいにはなる」
「大金貨ですか? ちなみに貨幣に付いて少し教えてもらえませんか、なんとなくわかるんですけど今までお金を使う機会がなくて」
「そこからか、まあいいが死使鳥の肉は買い取りでいいか?」
「それでお願いします。ちなみに羽もいります? 自分用のお布団と枕に使おうと思ってるので余りになりますけど」
持っている死使鳥の羽の三分の一ほど取り出して見せる。
「ならこれも買い取ろう」
「あっ羽に関してはお金は良いですよ。色々お世話になりますしお近づきの印ということで」
「お前がそれでいいなら受け取るが、いいのか?」
「良いですよ、色々ご迷惑かけそうですし。オークの件の手間賃とでも思ってもらって受け取って下さい」
「そういう事ならありがたく受け取っておく」
死使鳥の羽を倉庫らしきところから持ってきた袋に詰めて、死使鳥の肉は厨房の地下の保冷庫まで一度収納して運ぶ。大将から金貨三枚を受け取り取引終了だ。
「部屋の用意ができたようだ。部屋は二階の一番奥になる」
戻ってきたアーシアさんから鍵を受け取る。
「晩飯は死使鳥の肉を使ったものを出すから街を見て回るのもいいがあまり買い食いはするなよ」
「はーい、楽しみにしておきます」
部屋を一度確認だけしておこうと思って二階に上がろうとした所で声をかけられた。
「それにしてもお前が魔女本人じゃなくてよかったな」
「そうですね……ちなみに魔女だとなにかまずいんですか?」
「あん? そりゃあ……まずくはないのか?」
魔女だとなにかあるのだろうか?
「さっきの魔の森のおとぎ話と同じだな。昔のどこかの賢者が言葉を残しているって話だ」
「それはどういうものなんですか? ほら、一応私って魔女の弟子じゃないですか、なんだか気になっちゃって」
「まあ、調べればすぐ分かることだから隠すようなことでもないがな」
なんだろうすごく気になる。後でちゃんと調べてみたほうが良いかな。
「賢者がいうには『魔女が動く時世界が動く、人よ魔女に関わるなかれ、魔女に触れるなかれ、魔女に手を出すことなかれ、魔女は心を映す鏡なり、善には善を、悪には悪を、されど恐れることなかれ』って感じだな。他にもあるらしいが俺が覚えているのはこんなものだ」
「ふーん、それだけ聞いてもなんだか危険物注意って言われてるようにしか思えませんね」
「まあな。だから子供向けの教会教室なんかで教えられる類のもんだな」
「わかりました。極力魔女の弟子ということもバレないようにしますよ」
「それが良いだろう。気になるなら教会にでも行って話を聞いてみるといい。俺が知っている以上の情報もあるだろうしな」
「わざわざ助言ありがとうございます」
「いや、なんとなく俺の勘が言っておけと囁いてきたからな」
うわー、すごい勘だ。魔女もびっくりだ。さすが元ゴールドランクってところだろうか。今後もしゴールドランク以上の人と会うことがあれば警戒したほうがいいかもしれない。
「それじゃあ、一度部屋で着替えてから散策にでかけますね」
「おう、金については外を見回ってればだいたい分かると思うが、それでも分からなければ聞いてくれれば良い。俺は今から晩飯で使う死使鳥の仕込みに入るから何かあれば厨房の方に声をかけろ」
「はいはーい、お世話になります」
side ガードルフ
あいつの着ているローブを見た時に只者じゃないと思った。だがその後に出てきた話で納得が行くとともにどうしたものか迷うことになった。見た目はのほほんとしているが魔女の弟子を名乗るだけの力を持っているのだろう。特殊個体のオークや死使鳥を片手間のように簡単に狩れるのだから。その実力は疑いようもない。
アーシアからも嘘はついていないというお墨付きも出ている。それにもしかすると……。まあいい、なんとなくだが悪いやつではないのは分かる。常識は余り持ち合わせていないようだがすぐに慣れるだろう。
「アーシア何かあればすぐに知らせてくれ、俺の勘では助かることはあっても困らされる事は……少ししか無いと思う」
アーシアはニコニコと微笑みながら頷いてくる。対外的には昔の怪我が原因だと言っているが、本当の所はある呪術師に呪いをかけられて声を失った。そんなアーシアだが、嘘を見抜く能力を持っている。俺たちがこの街にたどり着き落ち着いたのが十年ほど前になるが、元々の目的はアーシアの呪いを解くために魔の森の素材を手に入れることだった。
それにあいつが言うことが本当なら、魔の森に魔女がいるという噂は真実だったのだろう。結局はアーシアが娘をみごもった事を契機に冒険者を引退して、手持ちの金でこの宿木亭を始めた。
あいつを受け入れた理由に、もしかするとアーシアの声をなんとかできるんじゃないかという期待もある。それに娘のことを考えると受け入れるべきだと勘が囁いた。冒険者時代から俺は自分のこの勘というやつに助けられてきた。
だから俺は自分の勘を信じて受け入れることにした。それが吉と出るか凶と出るかはわからないが、悪いようにはならないだろう。のんきに手を振りながら階段を上がっていくあいつをみて自然とため息が出た。本当に俺の判断は間違っていなかったのだろうか。
◆
軽く手を降って部屋を確認しに向かう。一番奥の部屋を鍵で開けて中に入ると、思ったより綺麗な部屋だった。ベッドが一つと机と椅子があるだけの小さな部屋で、お布団も綺麗に洗われ干されていたようでお日様の匂いがする。とりあえずローブのポケットに入れていた魔石と貨幣を一度机に置いて収納ポシェットから小袋を取り出して小分けして収納する。
隠匿の魔法が掛かっているローブを脱いでポシェットに放り込み、かわりに見た目は普通の暗い緑色のローブを取り出す。普段使っているローブと違って、こっちのローブは特に魔法の効果は無いけど破れにくい素材で作っているただただ頑丈なだけのローブになる。
よし、これでいいだろう。おすすめスポットなんかは改めて聞いてから回るとして、軽くお店の位置を確認して歩くとしましょうか。部屋から出て鍵をかけ一階に降りて厨房の方に「大将行ってきます」と声をかけて外へ出る。
宿の入口で位置情報の魔法で記録しておく。一度離れてここに戻ってくる自信がないから必要な処置だ。この魔法はただ設置点の方角が分かるだけだけど結構重宝している、方角を見失うことの多い魔の森だと必須とも言える魔法だ。
とりあえず大通りに出て散策を開始する。魔女の話は教会へ行けば分かるとは言っていたけど今日じゃなくてもいいかな。暫くはただのウッドランクの駆け出し冒険者として過ごすつもりでいる。おっと、散策を始める前に一度ギルドに行ってお礼を言っておこうかな? こういうのは最初が肝心だからね。話す相手が百数十年の間、師匠と師匠の使い魔相手だけだったとは言え、決してコミュ障ではないのだよ。