小話 デッドシルクスパイダーの憂鬱
今回の納品に行ったモノがそろそろ戻ってくる頃か。そう思っていた所にちょうど帰ってきよったわ。
報告を聞いた所、今回もアヤツの姿は見かけなかったようだの。アヤツを見かけないという報告はかれこれ今回で3回目になるか。アヤツを我が里へ寄せ付けぬように交わした契約。そのおかげで我らは平穏を手に入れた。
そしてアヤツが我らの後ろ盾にあると判断されたおかげか、我らは領域をずいぶんと広げることが出来た。業腹ではあるがそれには感謝せねばなるまい。
戻ってきたモノにねぎらいの言葉をかけ、我は自らの巣穴に戻る。巣穴の奥の奥の奥にて母様であるデッドシルクスパイダーマザークイーンに報告をし指示を仰ぐ。母様は今のまま納品を続けるようにと言い眠ってしまわれた。そろそろ新しき姉妹が生まれてくることだろう。
我は巣穴から再び外に出ると糸紡ぎの場へ視察へ向かう。この糸こそが我らの繁栄と、そして魔女であるアヤツへの貢物となる大事なものだからの。
◆
デッドシルクスパイダーである我らの一日は早い。日が昇る前より動き出し、罠にかかった獲物を探し捕獲する。捕獲した獲物は糸でぐるぐる巻きにして保管場所へ持ち帰り、天井からぶら下げておく。
なるべく風通しをよくし、中の獲物が窒息しないように気をつける。生きたままでないと美味しくないからの。麻酔毒を使って仮死状態としておけば長期間持つわけだからの。獲物は獣から魔物まで様々だ。特に虫系の魔物はクリーミーでうまいのでいつも取り合いになるの。
朝食が済めば次は狩りだ。日々増え続ける我々は、常に食料を必要としておる。それとは別の目的としては弱き個体の淘汰だの。我らの領域は広がったとはいえここは魔の森だ。周辺には我ら以上に強きものがいくらでもおるでの。
巨大な蛇のタイタンヴァイパー。白き森の賢者と呼ばれる巨大なサルの姿をしたコングハヌマス。単眼の魔物キュクロープス。巨大なハチのデスホーネットなどなど強敵だらけだ。
そのため狩りの途中でこやつらと出逢ってしまえば、悪くて全滅良くて半壊で戻ってくる。逆に倒し戻ってくることもあるがそれはまれというものだの。
逆に我らの領域には魔物も動物も寄り付かぬ。新参以外にこの森で生きている魔物はみな、誰がこの森の支配者か知っておる。その事が我らに安住の地を与え、攻め込まれることはない。どの魔物もアヤツらの逆鱗に触れることがどういう事かわかっておるからの。
昼は基本的に食事はない。昼も食事をするモノもおるようだが我らはしないというだけだの。その代わり昼はそこら中に罠となる糸をはりめぐらせ、侵入者に備えると共に新たな餌がかかるのを期待するわけだの。
そして夜になれば糸紡ぎの場をもう一度視察に行く。紡がれた糸のできの良いものは保存されアヤツに渡されるわけだの。程度の悪いものは我らの衣服の材料となり使うことになる。
それが終われば見張り番のもの以外は就寝に入る。これがこの領域で暮らす我らデッドシルクスパイダーの一日だの。
◆
それは突然訪れた、まだ新たな糸の納品日ではないというのに、そして我らとアヤツが交わした契約があるというのにアヤツはやってきた。指先一つでこの里を滅ぼせるような魔力の放流をまとったアヤツが……。
恐慌をきたす我らの領域の者たち。我はなにかアヤツを怒らせるようなことをしたのか戦々恐々としながらアヤツの前に飛び出す。我は震えそうになる声をできるだけ抑えながら話すことにした。
「ギィギャギャギィギィ(今日はどのようなご要件で)」
突然目の前に我が現れたというのに眉一つ動かさずに立ち止まった。そしてアヤツは地の底から響いてくるような声色で話しかけてきた。
「えっとごめん魔物の言葉は流石にわからないのだけど、わかる子っているかな?」
おぉ失念しておった。コヤツは我らの言葉を知らないのであったの。
「これは失礼を、して今日は何用でありますかな」
人間の言葉は何人かはわかるものもおるが、我ほど流暢に話せるものはいないと自負しておる。
「ああ、やっぱりあなたがいつも対応してくれていた個体だったのね。今日来た目的はね。師匠の家に預けられているはずの糸が二回分ほど届いていないみたいでね。どうなっているか見に来たんだよね」
二回分がない? どういうことだ? 何日か前に持っていった者がおるはずだの。それはまた後ほど確認するとして、まずは契約にのっとり糸を渡すのが先決だの。
「それは失礼を致しました。すぐに代わりのものをお持ちしますので、しばらくお待ち下さい」
「いや、まあそこまでかしこまらなくても、契約さえ守ってもらえればそれでいいよ」
我は近場にいたものへ糸を飛ばし、糸を通してすぐに管理庫にある最上級糸を持ってくるように指示する。普段はこの最上位より少しできの悪い物を渡すのだがこの際仕方ないの。
我の指示を受けたものがすぐさま最上級の糸を三束持ってくる。渡すのは二束でよいがここは迷惑料として一束追加で渡すことにした。
「えっと二束で良いのだけど、それにこれ何時ものよりも上等だよね。もらっていいの?」
「この度は我が方の手違いで魔女殿の家にまで届けることが敵わなかったようですので、迷惑料代わりにお受け取りください」
「そう? そういうことならありがたく受け取っておくわ。あーでももらい過ぎも悪いからこれと交換ということにしてね」
そう言ってアヤツは大きな樽を一つ取り出し地面においた。我の鋭い嗅覚でそれが酒なのだということがわかったの。
「よろしいので?」
「うん、いいよ。その代わり今度は契約通りお願いね。品質はこれじゃなくてもいいから、それにここまで来るのも面倒くさいからね」
「今後このようなことが無きよう気をつけます」
「じゃあ、そういう事で」
そういったかと思うとアヤツは我に背を向け歩いて帰っていった。アヤツが去ったことにより恐慌をきたしていた里が落ち着きを取り戻す。我自身もほっとしてついついその場にうずくまってしまう。
後の話になるが、糸を魔女殿の家へと運ぶ役をしていたモノの姿をその日から見たものは我以外いなくなったとだけ言っておこうかの。
◆
side:エリー
久しぶりに師匠の所によって糸を回収に来た。本来なら三本あるはずの糸の束が一本しかなかったので直接取りに、デッドシルクスパイダーの巣に行くことになったのだけど、巣の規模がかなり広くなってた。それにしてもなんでいつも私と会うとみんな震えだすんだろうね?
いたって普通に話しているだけなのにおかしいよね。それにしてもいつももらっているのより良い糸をもらえたのはラッキーだった。これで何を作ろうかなー。やっぱりこう良い品質の糸だと下着が良いかな。
「師匠糸もらってきたよー。なんだか一本多く貰えたから一本置いていくよ」
「そうかい、ほほうこれはきっと最上級品だね。よくアヤツラがこれを出して来たものだね」
「いやーほんとラッキーだったね。たまにはこっちから取りに行ってあげようかな。そうしたら最上級品くれたりしないかな」
「それはあちらが今回のように持ってこなくなってからにしてあげな」
「んー、まあそれでいいかな。結構行くのめんどくさいからね。さてとそろそろ行きますね」
「もう行くのかい」
「はい。ちょっと急ぎの用事がですね。またそのうち寄りますから」
「そうかい、お土産を楽しみにしておくよ」
私は杖に腰掛け師匠に手を振り空へ飛び立つ。さてとさっさと用事を済ませるとしましょうか。そう考えながら私は急ぎ目的地へ向かって飛びたった。





