小話 不死身と呼ばれた男、全うする
オンセン効能騒動からから五十年ほど経った今ではわしも随分年をとった。いつしか島全体がわしら一族が所有するものとなっていた。そうなるまで色々と大変なこともあった。
貴族の横やりがあったり、島の他の宿の者が嫌がらせをしてきた。他にも宿の乗っ取りをしようとしてきたりもしたが、元近衛騎士団長や冒険者時代の仲間が助けてくれたことで乗り切ることができた。
そしてオンセンジマの名が広まると同時に、転生者や異世界人と名乗る者たちが度々訪れるようになった。そして彼らは色々なものをもたらしてくれた。魚などの海産物を使った揚げ物料理を食べたいからと白身のフライを始め様々な揚げ物料理の作り方を教えてくれた。
中には温泉卵を食べたいからと島でコケッコーを育て始めたり「こん土は、ずんばかよかね」と言って、島でサツマイモというイモを育て始めるものが現れた。そのイモから焼酎と呼ばれるワインとも違う変わったお酒を作るものが現れたりもした。今ではこの島でしか飲めない幻の酒などと言われ、やってくるお客様に親しまれている。
そんな忙しくも騒がしい日々をわしはシノと共に過ごしてきた。そしてそのシノも一年ほど前に幸せだったと言って静かにこの世を去った。そしてわしにもそこまでお迎えが来ているのがなんとなくわかる。
「お祖父様、お呼びだと聞いたのですが」
「おー来たかカエデ、大事な話があるから入ってきなさい」
部屋に入ってきてわしの正面に座るカエデ。
「お話とは何でしょうか?」
わしとシノの孫にあたるカエデは、今ではヤスラギの郷の女将をしている。実質我が家の当主となっているわけだ。
「ふむ、そうじゃのわしの寿命もそろそろ尽きそうでの、その前に話しておくことがある」
「そんなことは、まだ元気じゃないですか」
「わし自身のことじゃからの。まあそれは良いカエデは一年ほど前に訪ねてきた黒髪の少女のことは覚えているかな?」
「えっとエリさんの事ですか」
「そう、その少女だ」
わしは黒いローブを羽織り、イノウエリと名乗った黒髪の少女とのやり取りを思い出しながらカエデに語る。
◆
「えっとここがヤスラギの郷でいいのかな?」
「いらっしゃいませ。はい、こちらがオンセンジマのヤスラギの郷となっております。ご予約のお客様でしょうか」
「あー、予約はしていないかな。よければ何日か泊まりたいのだけどいける?」
散歩から帰ってきた所でそんなやり取りが聞こえてきた。島全体の宿がわしら一族の所有になってからは、癒やしの効能は島全体に及ぶようになっていた。そんな中、老朽化が進んでいるヤスラギの郷に泊まる人は皆無となっている。
それでもたまに昔から通ってくれている人が泊まりにくるくらいだろうか。だが声を聞くに若い女性だと思われる。そんな若い女性がわざわざヤスラギの郷を利用したいのか気になった。
「お嬢さん、どうしてここに泊まりたいのかね。他にもっと新しい宿はあると思うがね」
そう声をかけた所で少女がこちらを振り向きその顔が見えた。そしてわしは驚いた。そこにいたのは六十年ほど前にダーナの街でわしを治療してくれた少女と同じ顔をしていたからだ。あの少女の娘か孫という考えは全く思い浮かばなかった、わしが記憶しているその当時の姿だったのもあるが、体の奥の部分であのときの少女本人だと確信したからだ。
「ありゃ、お祖父ちゃんなんだか変わった能力を持っているようだね」
「ほほ、わかりますかな。その変わった能力というのはきっと貴方様が授けてくれたものだと思っております」
「えっと、私が?」
「ええ、およそ六十年ほど前になるでしょうか、ダーナの街でスタンピードが起きた時にですよ」
「んー……、あー、あー、あれか、あなた随分年を取っちゃったね」
「覚えておりますか」
「覚えてるよ。それにしてもそうなっちゃったんだね。これは私も想定外だわ」
「そうなのですか? まあそれでもわしは随分と助けられました。サクラさんこの方はわしのお客様としておもてなししてもらえませんかな」
最初にこの黒髪の少女と話していた孫の一人であるサクラに声をかける。
「わかりました。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「そうだねここじゃあこう名乗ったほうが良いかな、私の名前は伊能英莉よ、普段はエリーと名乗っているわ。エリでもエリーでも好きに呼んで」
「異世界の……、そういうことでしたか。エリさまですね。それではお部屋にご案内いたします」
「お願いします」
「エリ殿、ご夕食の後にでも少し相談したいことがありまして、時間をとってもらえますかな」
「ええ大丈夫ですよ。それでは後ほど少しお話しましょうか」
「それでは後ほど伺わせていただきます」
サクラに案内されていくエリ殿を見送りわしはシノの部屋へ向かった。
「シノ起きているかい」
「起きていますよ。なにかありましたか?」
部屋に入るとシノは筆を持ち何かを書いているようだった。
「わしらの悩みを解消してくれるかも知れないお客様がきなさったよ。それも異世界の方のようだ」
「そうですか、もしそうでしたら私たちも安心していけますね」
シノもわしも、もういい年だからいつお迎えがきても不思議ではない。ただその前に解決しておきたいことがあった。
「後ほど話を聞いてもえるようにお願いしてきたから一緒に行こうか」
シノは静かにうなずき微笑んでいる。わしとシノは夕食が終わったタイミングでエリ殿の所へ向かった。
「エリ殿よろしいですかな?」
「良いですよ、どうぞ入ってください」
わしとシノの二人が部屋に入るとエリ殿は美味しそうにお茶を飲んで待っていた。二人して用意されていた座布団に座る。お互いに自己紹介をすませた所でこちらの事情を話そうとしたのだが、エリ殿にはわかっていたようだ。
「いい温泉だったよ。お二人が思っている通り温泉の効能はあなたが亡くなったら少しずつ消えていくわね」
「やはりそうですか」
「元々はね、あなたが持っていた能力”狂戦士化”の効果を、あのスタンピードのときだけでも抑える目的で飲んでもらった薬なんだけどね。あの薬は一時的に治癒能力を増幅させる程度のものでしかなかったのだけど、狂戦士化と合わさることで能力が変化したんだろうね」
わしの異常なまでの回復力はやはりこの方が原因だったようだ。そしてわしが魔物の群れに突撃していったのは狂戦士化という能力を持っていたからのようだった。
「そしてあなたが戦うことをやめたことで、狂戦士化のスキルが役目を果たしたと判断して今のあなたが持つスキルとなったわけだね」
「その能力というのが今のオンセンの効能とか関わっているということですな」
「その認識でいいよ、それにしても、ふふ、本当に、あはは、変わった、能力だね」
笑いをこらえているようで堪えられていないその様子を見て、わしの能力とは一体なんなのかすごく気になった。
「ごめんなさいね。でも初めて見る能力だし、流石にそんな能力があるなんて思ってもみなかったからね」
「その、能力というのを伺っても?」
「えっとね、その能力というのはね温泉の素って言うみたいだね」
「オンセンノモトですか、名前からしてオンセンに関係があるようですね」
「まあね。それにしてもホント誰がそんな能力を作ったんだろうね。まだまだこの世界は私を楽しませてくれるね」
エリ殿はそう言いながらなんだか楽しそうにしている。この能力の事はわかったのだが、わしが死ねばオンセンの効能が無くなってしまうのは変わらないのだろう。エリ殿にそう言うと、エリ殿は一本のポーションを取り出した。
◆
「それがこのポーションになる」
カエデにポーションを差し出す。
「わしが死んだらそのポーションをわしの遺体にかけてほしい。そうしたらわしの体は石化するようだ。その後はわしの石化した体をシノと同じ所に埋めてほしい。そうすることによって今後もオンセンの効能は残るということだ」
エリ殿の話では、わしが死した後も暫くは能力という物は肉体に残るという事だった。そこで石化することで効能が維持されるのだとか。
「石化ですか? お祖父様はそれでよろしいのですか」
「良いともさ、これがわしが最後に残せるものだからの」
「……わかりました。その時が来ましたらそうさせていただきます」
「あとはそうだね。もし再びエリ殿が訪ねてきたら感謝していたと伝えてほしい。あなたのお陰でわしは良い人生を送れたとね」
エリ殿の気まぐれで渡されたあの真っ赤なポーションを飲んでいなければ、わしはきっとすぐに死んでいたことだろう。そうなればシノとも出会えず、たくさんの子や孫とすごすこともなかっただろう。そしてわしの死後もエリ殿の石化のポーションのお陰で子や孫がこの宿を島を守ってくれる。
「話はそれでしまいになる。少し疲れたから休ませてもらうよ」
「はい、お祖父様」
カエデはポーションを手に持ち部屋を出ていく。それを見送りわしは立ち上がるとヤスラギの郷の奥にあるシノの墓へと向かった。わしら家族だけが使うオンセンにほど近い場所にあり、山の上にあるゲンセンからお湯が最初に流れ出してくる場所。
「シノ待たせたね。わしももうすぐそちらに行くよ」
墓の前で座り込み目を閉じると、出会った頃の美しい黒髪のシノが微笑みかけてくれた。





