第7話 雨に濡れて露おそろしからず
『ドザーッ』
陽が傾きかけた頃、予報外の豪雨があたしたちを襲った。こんな予報出てたか!?まぁ、急に降るからからゲリラ豪雨なのか……。
「やっべぇー。靴の中までびっしょりだわ。」
「あぁ。俺は傘持ってくればよかったよ。」
「いや、難しいって。朝はあんなに晴れてたんだし。」
「はは。違いない。」
水も滴る良い男。
くそっ。雨に濡れても爽やかだなぁ、中埜君は。
「あれ、みんなは!?」
「あぁー。ハグれたか。」
「んん。そだけど……お。連絡来てた。先駅行ってるって。」
「そっか。じゃ、俺らは雨宿りしてから向かいますか。」
博物館を出た時点でややハグれ気味だったが、この雨で決定的なものとなる。まぁ、さっきが最後のチェックポイントだったし。あとは帰るだけ。そう、帰るだけ。
「いつ止むんだろねぇ。」
「予報だと、あと10分くらいで雲抜けそうだけど。」
中埜君は、濡れた前髪を掻き上げながら雨雲レーダーを調べてくれた。
「タオルいる?」
「いや、いい。」
「風邪引くよ。」
「引いたら、看病してくれるだろ?」
「しないよ!!」
「えぇー。」
気を遣って損した。そんな目で訴えなくても、尽くしてくれる女子は大勢いるだろうに。
雨足は一層強さを増す。雨宿りの屋根も気休め程度、どんどん吹き込んでくる。
そんな時、中埜君が『あのさ、』と切り出した。
「ん?」
「この前話そうとしたこと。」
「うん。え、ここで話す!?」
「結局、タイミングないじゃん。」
「あぁ。まぁ。」
しまった…完全に油断していた。私たちには『おあずけ』していた話があるんだった。一気に緊張感が高まり、指先がピリつく。
「岡峰、無事コクれた?」
「え。」
「コクられたろ。」
「……なんで、知ってるん。」
「何で。そうか、何でねぇ。」
彼は遠くを見つめる。
「岡峰に。変わって欲しかったんだ。」
「変わってほしい…?」
「今までみたいに内向的じゃなくて。友達をたっくさん作って、それと、彼女もできたりなんかして。青春を存分に満喫して欲しいと思った。」
これにはちょっとカチンときてしまった。
「思ったって。なんで中埜君がそこまでするの?オカミーに、無理難題を押し付けてるだけじゃん。」
「はは。そう言われちゃうとなぁ。」
彼は軽く笑い飛ばす。笑い事じゃない。笑い事なんかじゃない!
それと、あたしの中で『否定し続けてきた仮説』がにわかに真実味を帯びてくる。
「……ちゃんと、話してよ。」
「え?あぁ。菅波ちゃんにも、見透かされてると思ってたけど。」
「あたしはオカミーほど解んないよ。中埜君がさ、オカミーを虐めているようにも見えたりする。違う?」
「そっか。菅波ちゃんには、そう映ってたか。」
ハッキリと告げて欲しい。その口から。
「俺さ。アスカのこと、好きなんだ。」
「へ?」
「あーあ。言っちゃった。」
「ちょ、待ってよ。え、お、オカミーのこと、好き?それって…恋愛の対象として?」
「うん。」
「マジ……か。」
彼は、とんでもない事実を隠し持っていた。そりゃあ可能性としてはちょっとは考えた。けどまさか、本当に、恋愛感情を抱いていたなんて。
「マジマジ、大マジ。悪ぃな。変な奴で。」
「ヘン。変だよ。」
正直、何て言っていいのか分からなかった。
『男女の友情は成り立つのか』って議論は度々されているけれど、彼らの場合は『男同士の友情』すら成り立たない。
「好きなら、なんで遠ざけるようなことするのさ。」
そして、沸々と湧き上がる疑問。好きなら、まっすぐ伝えなきゃだめじゃん。
「え?いや、普通に考えてよ。男同士だぞ。」
「そんなん関係ない!……と思う。好きなら、伝えなきゃ。そうしなきゃさ、自分が壊れちゃうよ。」
「もう、壊れてるよ。」
「え。」
「あいつは目を見れば俺の考えてることが解る。見透かされてるんだよ。俺の気持ちも。そんな状態で、まともに友達やれるわけないだろ。」
「……だから、オカミーはあたしに助けを求めたってこと?中埜君との関係を断ち切らないためにも。」
「友達想いのいい奴だろ。よろしく頼むよ。」
『よろしく頼む』って。何それ。私は、オカミーのお世話係でもなんでもない。ただ、たまたま同じ学校で、同じ教室で、同じ名前で、隣同士だっただけ。
「は?」
「……。」
「バカじゃないの?」
「バカだよ。」
「自分の気持ちに蓋して。親友をけしかけて告白させて。大馬鹿野郎だよ!」
「もう俺の気持ちは岡峰には伝わってるし!いいだろ。」
「オカミーは勇気を振り絞ったんだよ!?中埜君が一番分かってるでしょ。どれだけ勇気を出したか。自分だけカッコつけて感傷に浸ってんじゃねぇよ!」
「……。」
「なんか言いなよ!」
「じゃあ、振らないでくれよ。」
「それは……また別の問題だよ。まだ彼のこと全部わかったわけじゃないし。そもそも、あたしは彼に対して恋愛感情とか無いから。」
「そっか。」
言い終えて、自己嫌悪する。あたしだって、偉そうに言えた義理じゃない。恋愛のなんたるかなんて知らない。でも、中埜君の一歩も二歩も引いた姿勢が見てて痛々しかった。
自分も苦しんでるくせに。余裕なフリなんか、しないでほしい。
「岡峰と、同じ日焼け止め使ってる?」
「え?」
「あいつと、同じ匂いがした。」
「だから、なに?」
「いや。別に。」
――
「雨、止まねぇな。」
「うん。」
雨水が、彼の頬を伝って流れていく。




