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懐かしい光景


 街の門まであと少しという辺りでジョセから此処で待ってるようお願いされ、道の端に彼女は一人で立っていた。

 日は沈み辺りが薄暗い中、巨大な死体と二人きりというのは流石に居心地が悪いようだ。


(血生臭い…)


 門に視線を向けると丁度話が終わったのかジョセがこちらに小走りで向かって来る。


「悪い、待たせた」


「ああ」


「とりあえず、衛兵に話はつけといた。その魔物は門の側に置いとけば解体屋が来るってよ」


「分かった……面倒かけて悪いな」


「いいってことよ!あんたに受けた恩に比べれば小さいしな」


「…ありがとう」

 

「おう!」


 ジョセは朗らかに笑うと魔物の後ろに回り、後ろ足を重々しく持ち上げた。彼女は遠慮する言葉を掛けようとしたがジョセはそのまま急かすように彼女に呼びかけ、門へと運んで行く。


「まじで重てえな、これ。よくここまで運べたもんだぜ…重たくないのか?あんた」


「そうだな、不思議とそこまで重くない」


「まじか……俺も鍛えればいけるか…?」


 小さく呟くジョセはこれからの鍛える量を増やそうかと本気で考えたのか、魔物を上げたり下げたりを繰り返しながら歩いていた。

 先を急ぐよう歩みを早め、門へと進んでいると一人見覚えのある坊主の男が彼女達に近付いてきた。


「こりゃあデケェな、って!お前さんは!!」


 魔物の死体を見上げるよう移動していた男は、彼女の顔を捉えると驚愕した表情を浮かべ大声で叫んでしまう。


「ん?衛兵長と知り合いなのか?」


 急な叫び声に驚いていると不思議に思う声が後ろから聞こえ、彼女も目の前の男を認識し始めたが吐き出された言葉は冷たかった。


「いや、喋る機会があっただけだ」


「おいおい冷たいな…俺達からすれば恩人だってのに。こっちは借りを返す気満々だぞ!ガッハッハッハ!!」


 頭を掻きながら彼女の言葉に対して軽口を叩く姿は、困った半分心配半分といったところだろうか。

 彼女の優しさなのかは分からないが、何も求めない姿勢でいつか騙されて利用されるかもしれないという気持ちが衛兵長の中で芽生えた。


「…あんた、もしかするとお人好しか?」


 ジョセも助けられた身だというのに、衛兵長ですら彼女に助けられたという言葉を聞いてつい思った言葉が口から出てしまう。


「…目の前に居たからだ。運が良かったな」


 相手の顔を見ずに言葉を返すと、逃げるかのように門の近くへと魔物の死体を置きに行く。

 急な動きに躓きそうになるジョセを無視して早歩きで進む姿はどこか照れくさそうだ。


「意外と分かりやすいのか…?あ、ちょ、ちょっと待て!置く場所分からないだろ!先に行くんじゃねえって!!」


 我に還った途端焦りの表情を浮かべ、衛兵長は彼女の後を追いかけるよう走り出した。まだ出会って間もないというのに端から見れば、仲のいい友人に見えないことも無い。

 それほど彼等の周囲はほのぼのとしていた。





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 魔物を衛兵長に預け、ジョセと共に門を潜るとマギルと呼ばれていた女がこちらに歩み寄って来るのが視界に入る。


「お!マギルだな。あいつにはケインを治療院に運ぶよう頼んでたんだ。ちゃんと労わないとな」


 ジョセは笑顔でマギルの下へと向かって行き、彼女もそれに続くよう歩みを進めた。


「よっ、マギル!運んでくれてありがとな。そんで、ケインはどうだった?」

 

「暫くは動けないわね…治療師が言うには血が足りてないって言ってたわ」


「なるほどな…安静にしてろってことか」


 ジョセが安心した表情で会話を終えると、マギルが彼女の方に体を向けお辞儀し始めた。

 

「アタシ達を助けてくれて、本当にありがとう」


「……ああ。間に合って良かった」


 彼女は助けた時の気持ちを素直に伝え、未だ頭を下げているマギルの下へと向かい急かすよう顔を上げさせる。


「マギル。受けた恩はしっかりと返す、そうだろ?」


「ええッ、もちろんよ!!何かあれば気軽に声をかけてよね」


 ジョセの問いに勢いよく返答すると彼女に笑顔を向け、小さい胸を張って宣言した。

 宣言し終わり胸を張るのを止めると彼女の腕を軽く掴み、ある方向に指をさして誘う言葉を言った。


「ねえ、早速なのだけど一緒に大浴場とか行かないかしら?」


「大浴場?この街にそんな場所あったのか…」


「ええ、汗も返り血も綺麗に流せて気持ちいいわよ」


「行く」


「決まりね!それじゃ行きましょ!!」


「おい!俺には聞かねぇのかよ!!」


 さっきまで静かに聞いているジョセだったが、大浴場に行く話を振られない事で情けない声を上げながらマギルに問いかける。


「ジョセは男でしょ!誘ったところで一緒に入れないわよ!」


 マギルの答えにうっ!と言葉に詰まり、ジョセは嘘泣きをしながら縋るように言葉を吐き出す。

 しかし彼女にもマギルの言葉に何処か思う所があったのか、ハッとした表情に一瞬変わりマギルに話しかけようとするがジョセの声にかき消される。


「待っ…」


「それはそうだけどよぉ〜この流れで誘われないのも寂しいだろう!?俺も大浴場に入る!!」


「はいはい、ジョセは放っといてさっさと行きましょ」


 彼女の手を優しく引っ張りながら大浴場へと笑顔で進んで行くマギルだが、その後ろで引っ張られてる彼女の内心は本当に入っても大丈夫かという悩みでいっぱいだ。

 引かれるがままの彼女の後ろにも、この場にケインがいないことを嘆きながら追いかけるジョセの姿もあった。


「そういえば討伐の証拠が入った袋なんだけどアタシ名義で冒険者ギルドに預けてあるから、大浴場の後一緒に取りに行きましょうね」


「?…あ、ああ分かった」


「二日ぶりの大浴場…早くさっぱりしたいわ!」


 大浴場に向かう速度が上がり、仲良く三人連なりながら道を進んで行く。


 暫く真っ直ぐ歩いていると大きな二階建ての建物が見えてきた。建物の上には湯気が出ていたりと、温かい場所がそこにあることが分かる。

 彼女はどこか日本にある銭湯を思い浮かべ、湯に浸かれることが出来るのか期待が高まる。


(浴槽…あるだろうか)


 門のような扉を潜り、受付の看板の下に行くとマギルが銀貨三枚を受付の男の子に渡した。


「三人分でお願いね。あと、拭きタオルと垢擦り三枚ずつ頂戴」


「分かりました!では、持ち物などをお預かりします!」


 少年がマギルにタオルと垢擦りを手渡した後、各々の鞄を少年に渡すと何処かに鞄を持って行く。

 奥の部屋に行って数分足らずで戻って来ると少年から番号と紐がついた鍵を渡される。


「向こうに番号が書かれた靴箱があるので、靴を入れたら鍵を閉めて身に着けていてください。衣服などを入れる場所も浴場前にありますが、鍵は失くさないように!靴箱も衣服入れも使う鍵は共通ですのでお気をつけを」


「分かったわ。はいこれ、ジョセは向こう」


「へいへい、分かってるってよ」


 マギルがジョセにタオルと垢擦りを渡すと寂しそうに彼女達から離れ、男達が行き来している扉を潜って行った。


「アタシ達も行くわよ」


 彼女はされるがままに連れてがれマギルの真似をするよう行動していく。靴を靴箱に入れ、武器を縦長の木箱にしまい錠をかける。更に奥の部屋に向かうと木製のロッカーが無数に並んでおり、適当な場所に向かい防具と衣服を脱ぎ始めた。


「錠前は錆びないのか?」


「確か希少な鉱石で作った特別製って聞いたわ。どんな鉱石かは忘れちゃったわね」


「…凄いな」


 二人とも喋りながら衣服を脱ぎ、垢擦り片手に浴場へと向かう。周囲にはそこまで人はおらず、彼女はマギルの姿を見ないよう下を向く事に専念していた。

 マギルが先導して扉を開けると熱気が体中に吹きかかり、前の記憶の懐かしい感覚が思い出される。


(銭湯に似ている…気の所為か?)


「こっちよ」


 マギルが一足先にシャワーと椅子、二つの容器が置いてある場所に座り身体を洗い始めた。

 どう見ても銭湯の内装にしか見えないが所々西洋な造りもあるみたいだ。

 彼女も椅子に座り、目の前のハンドルを回すとノズルからお湯が出てくる。どうやら水は出ずお湯だけのようだ。


(本当に懐かしい…)


 頭からシャワーを浴び始め、髪を濡らして頭と記入された容器を下に押し込み、手に液体を垂らすと慣れた手つきで髪を洗う。

 長年の浮浪児生活で溜まった汚れが手で擦る度に落ちていくのが分かる。全ての汚れを落とそうと長い髪に苦戦しながらも入念に頭を洗い、シャワーのハンドルを回して一気に洗い流す。


「ふぅ…」


 流し終わり、垢擦りに体と記入された容器から液体を垂らして擦り合わせる。泡立ったのを確認すると身体を力強く擦り始め、上から順番に髪の時よりも入念に汚れを落としていく。


 全身を擦り終わると垢擦りを揉んで付着した汚れを綺麗に擦り落とすと全身の泡を洗い流した。

 見違えるほど肌の表面が滑らかになり、肌の色も少し綺麗になった気がする。

 全身を洗い終わり、垢擦りを正面にある垢擦り用の籠に入れ、椅子から立ち上がるとマギルを見ないよう声をかけた。


「先に行ってる」


「え!わ、分かったわ。アタシも直ぐ行くから」


 相変わらず視線を下に向け、他の客の姿を見ないよう中心にある大きな浴槽に入浴していく。

 心地良い温かさが足から伝わり、ゆっくりと腰を下ろして全身を湯に浸ける。


「あぁ…」


 全身の力が抜ける感覚と気持ち良さそうな声が彼女の口から吐き出される。

 目を瞑り、心地良い時間を堪能しているとマギルの声が聞こえた。


「ちょっと、髪は湯に浸けちゃ駄目よ。傷む原因になるわ」


「…知らなかった」


 マギルが彼女の横に座ると、彼女の方を向き髪に手を伸ばしてくる。


「ほら、横に向いて。後ろに纏めるから」


 指示通り横に向いてマギルが彼女の髪に触れ始めるが、これが中々くすぐったい。

 声が漏れそうになるのを我慢している間に、マギルが彼女の髪を手早く結い終わる。


「それにしても綺麗な黒髪ね。貴方の雰囲気に合ってるわ、ふふっ」


 彼女の黒髪を撫でながら優しく微笑む姿はとても可愛らしいが、ミナミ本人は見えていない。


「そうか…………マギルの金髪も綺麗だと思う」


「あら、そうかしら?アタシはもう少しくすんでいない金髪が良かったのだけど……本当に綺麗?」


「ああ」


「ふふっ、嬉しいわ」


 マギルは彼女の髪から手を離すと、彼女のとある部分を凝視し始めた。ゆっくりとマギルの人差し指が彼女の豊満な部分に近付き、包み込むように指が沈んでゆく。


「…これに関しては嫉妬するほどだわ。何でアタシのは成長しないのかしら……」


「……分からん」


「ふん!ずるいわ」


 マギルは不貞腐れたように言葉を吐き捨て、口元まで湯に浸かると彼女の腕や足に目を向ける。

 彼女の腕や足には細かい傷跡が残っており、肩には一際目立つ刺し傷があったりとかなり痛々しい姿だ。


「ちゃんとご飯食べてるの?全身も少し細いような…頬も少し痩けてるから、心配になったのだけど」


「平気だ。最近まともに飯を食えてなかっただけだ…これから太くする」


「そう……なら、今日はアタシ達の奢りだから一緒にたくさん食べましょ」


「ああ、限界まで食べるつもりだ」


「ふふっ、アタシも頑張らないとね。ここの成長のためにも!」


 その言葉を最後に会話は終わり、二人とも緩んだ表情で暫く湯に浸かっていたのであった。


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