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ある者達の危機


「いねぇ…」


 あれから更に移動して森兎を探しているが、一向に見つからない。かれこれ三時間は経ったにも関わらず森兎の痕跡すら無く彼女の心は折れそうだ。


 しかし彼女が持つ大きな袋はかなり膨らんでおり、ここまでの道中で小鬼と森狼を殺した証拠が数多く袋の中に詰め込められていた。


(こいつらしか出会わないのは何なんだ)


 太陽は沈み、空が橙色に変わっていく光景はとても綺麗だが…今の彼女にとっては虚しくなる時間だろう。一番簡単だと思っていた森兎は見つからず、依頼が今日中に終わらないことに苛つきが心の中で燻る。


「…帰る」


 かなり遠くに見える魔溜めの木を目印に彼女は来た道を戻るよう歩いて行く。彼女から漂う雰囲気は重く、気のせいか足取りすら重く感じる程だ。


(期限は無いとはいえ終わらせるつもりだったのに)


 ひどく落ち込みながら道中を進んでいると、突然の轟音と地響きが彼女に伝わる。此処からでも木が倒れる様子が見え、その様は巨大な何かが無理矢理へし折っているように見える。

 距離はそう遠くはなく、人の焦った叫び声が微かに聞こえると彼女はその場に向かい走り出す。


「マギルッ、ケインを連れて逃げろ!!コイツは俺が食い止めるッ!」


「嫌よッ!!ジョセを置いていけない!!」


「マギルッ!!生き残るだけを優先しろッ!!せめてお前達だけでも生きろォ!」


 鮮明に声が聞こえ始め、もう少しでその場に到着しようとしたその時…。


「グルァァァァアアアッッ!!!!!」


 凄まじい咆哮が響き渡り、あまりの咆哮にその場に一瞬動きが止まると物凄い勢いで目の前に大木が飛んできた。


「ッ!!」


 咄嗟に右手の斧槍を正面に振り降ろし、接触した衝撃を気にせず最後まで振り抜き大木を砕き斬る。

 大木が真っ二つに割れるとそこには、視界の端に倒れているローブ姿の金髪の女、革鎧を着込んだ茶髪の男の近くで四足歩行の薄黒い魔物が鎧を身に纏った一人の男を盾越しに襲っていた。

 魔物は黒い体毛に顎よりも長い鋭利な牙が特徴的で、彼女が見上げるほどの巨体だが盛り上がった筋肉が魔物の存在感を更に引き立たせる。


「ッッ!?此処から離れろッ!死ぬぞ!!」


 大盾で4mはある魔物の攻撃を受け止めながら男が彼女に向けて離れるよう焦った声で訴えるが、彼女に意識を向けたことで魔物の攻撃に備えられず大盾が吹き飛ばされる。


「ぐぅあァッ!!?しまッ!!」


 腕があらぬ方向に曲がり、痛みに悶える暇もなく魔物は巨大で盛り上がった右前足を男へと振り下ろそうとしたが、男の体は横に吹き飛び甲高い金属音が辺りに強く響く。


「ゥ゙ッ!!」


「あ、あんた…」


 男がいた場所には斧槍の斧で前足を受け止める彼女の姿がそこにはあった。

 涎と荒い息をこぼしながら魔物はのしかかるよう上体を起こして前足に体重を乗せる。彼女の足元が一段地面に沈むが次の瞬間、彼女は力を抜き左横に下がると前足と斧が離れる。

 急に力を込める対象がいなくなったことで魔物の右前足が空振ると彼女は斧槍を右斜上から体重を乗せた一撃を叩き込んだ。


「グルァッ!?グァアアァァァ!」


 魔物は苦痛を叫び、切断面から血しぶきを噴き出しながら前足が宙を舞い地に落ちる。痛みに悶え重心が傾いて頭から倒れる姿に彼女は斧槍を頭上に構え直し、魔物の頭に振り下ろすが途中で己を守るように構え直した。


「!?クソッ!!」


 鈍く甲高い金属音とともに、彼女の体は後方へと吹き飛ばされると斧槍を地面に突き刺し勢いを殺して止まろうとする。


「ッ!!ぐぅぅうッ……はぁ、はぁ、馬鹿力が」


 なんとか勢いを止めることに成功したが手に痺れが残り呼吸は乱れ、一撃の重さが身に染みる。

 魔物は頭部を地に擦りつけ前足の痛みを堪えようと何度も何度も首を振り、頭から出血してようやく振るのを止めた。


「ヴゥル…ヴゥ………グルァァァ」


 ゆっくりと首を上げていき、頭の血が滴りながら血走った魔物の目が彼女を捉える。

 濃厚な殺意というのだろうか…周囲は凍りつくような空気が流れ、静かにこちらを見る姿は怨嗟の声が聞こえてきそうだ。


(冷静な奴だ…何も考えずに攻撃すればいいものを)


 魔物の圧を感じながらも彼女の呼吸は整い、手の痺れが消えると彼女は立ち上がる。魔物から視線は外さず、右手の斧槍を肩に担ぐと魔物の傷口に目をやる。


(出血が酷い…そのうち動けなくなる傷だ)


 止め処なく血が溢れ出血死するのも時間の問題だが、その時までの時間はかなり長いだろう。


(もう一度隙ができれば、次は殺れる)


 どこから崩そうかと魔物の体を観察していると、魔物の体が揺れ動き出した。

 前足と後ろ足の筋肉の膨張が始まり、姿勢を低くして後ろ足に体重をかけたのが見えた時…大地を割る音とともに奴は彼女目掛け突進していた。


(!?受けるしかないか!!)

 

 全身の力を込めた突進は想像以上に速く、巨体から繰り出される前足の攻撃は間合いの長さから避けられないと分かる。


 「グルァァァァア゙ア゙ア゙ア゙ッッ!!!!」


 斧槍を上に構えると横薙ぎに振るう魔物の攻撃に合わせ、全力で振り下ろす。


「…ッ!、はあッッ!!」


 辺りに響く鈍い衝突音、凄まじい衝撃に大地は窪み割れ周囲に衝撃波が重く広がる。

 お互い一歩も引かずただ前へと全力をぶつけ、まるで鍔迫り合いのように力で相手をねじ伏せようとしている。


「嘘だろ…あれを正面から受け止めるのかよ…」


「ちょっと!呆けてないで腕見せなさいよ!」


 4mの魔物に対して2mもいかない人間が、膂力で張り合っている光景は異様だ。


「グガァァァァアアッッ!!」


 魔物が叫び声をあげると彼女へと口を開き、頭を噛み砕こうと首を伸ばしたが叩きつけていた斧槍を軸に彼女はその場から飛び上がる。

 前足と首が大きく前に出た魔物に頭上から、頭部を狙い槍を下に向けて体重を斧槍に乗せ落ちていく。


(このまま頭を!!)


 彼女の一撃が刺さる直前、魔物は後ろ足で地面を蹴り斧槍の突きをずらした。

 魔物の背中に深く刺さるが致命傷ではない。振り落とそうと揺するが落ちず魔物は近くの大木に向け走り出すと、背中の彼女を叩き潰そうとしてくる。


 彼女は斧槍を引き抜き上に飛ぶが少しの間体勢を崩して魔物から目を離してしまう。大木がへし折れる音が耳に入り着地をしたその時、猛スピードで迫る魔物が目の前に居た。


 叩き潰そうと頭上にある前足に斧槍を横に振るい弾く。一回、二回、三回とその後も何度も迫りくる前足を弾き、次の攻撃を大きく下に弾き返すと次には噛みつきが迫り来る、が。

 魔物の前に大きな火の玉が現れ、魔物の顔が火で包まれた。


「グギャァアアッ!!!」

 

 魔物が怯み後ろへとたたらを踏んだ瞬間に彼女は前に走り出して魔物の横に接近すると、斧槍を上に掲げ魔物の首を、斬り落とした。


「ッはぁ、はぁ…新人が、戦う、相手…じゃねえ」


 足腰から力が抜け、斧槍を支えにしてその場に座り込んでしまう。

 痺れるような痛みが全身に襲いかかり、体を動かす事が出来ないほどに魔物の攻撃は強力だった事を彼女は痛感する。


(手の皮が剥けて熱い…流石に正面は失敗だったな)


「だ、大丈夫か!?マギル!回復魔法を頼む!」


「分かってるわよ!…主よ、彼の者に癒しを与えたまえ、主よ、彼の者の傷を癒したまえッ大治癒(ヒール)!!」


 緑のオーラが彼女を包み込み、全身の痺れと手の皮が再生していく。先程まで立ち上がることすら出来ない状態だったというのに今では全身が少し重いぐらいだ。


「ふぅ…アタシはケインのとこに行くわ」


「分かった」


 金髪の女はもう一人の倒れた男の下へと走り去って行く。


「これは…」


「回復魔法だ。動けそうか?」


「ああ」


「今回は本当に助かった。あんたがいなきゃ今頃俺達は死んでた……ありがとう」


「偶々だ。気にしなくていい」


「いや、そういう訳にはいかんさ。受けた恩はしっかりと返す。何かあれば冒険者ギルドの受付に伝えてくれ、ジョセに用があるってな」


「…本当に気にしなくていいんだが」


「謙虚な人だな、あんた…。まぁ、ひとまずここで安静にしてくれ。俺は盾を取りに行ってくるから」


 男がその場を離れ後方にいる女と緑のオーラを纏った男の様子が視界に入る。女が男を抱きかかえ回復魔法を唱え終わった後のようだ。女の表情は酷く疲れた表情で目を瞑り、苦しい呼吸が続いている。


(回復魔法…扱いが難しそうだ)


 彼女は立ち上がると、討伐の証拠が入っている袋を拾い魔物に近付いて行く。大蛇も巨大で厄介だったがこの魔物の強さは大蛇を上回るほどだ。隙を与えない攻撃に速度も膂力も高く、判断を間違えていたら殺されていたのは自分だと背筋が冷える。


(もっと強くならないと…)


 彼女が魔物を見下ろしている間に、男は盾を手に持ち戻って来たようだ。ジョセと呼ばれた男は倒れている男の下に行くと男を担ぎ、こちらに向かって来る。


「俺達は街に戻るんだが、あんたはどうする?もし、戻るなら一緒に行かないか?」


「ああ…行こう」


「よし。自己紹介をしたいところだが、完全に日が沈むのが近い。今は急いで戻ろう」


「分かった…それと、あの魔物は貰ってもいいか?」


「あ、あれか?全然いいんだが…運べるのか?」


「多分…いける」


 彼女は魔物の頭を袋に無理矢理押し込むと、金髪の女に差し出した。


「その、申し訳ないのだが持ってくれ」


「え、ええ」


 袋を渡すと彼女は魔物を引っ張り、自分の体を魔物の下にねじ込み肩に乗せると軽々と一気に持ち上げた。


 「準備出来た」


「あ、ああ……行こうか」


 男は驚愕した表情で返事を返すと、迷いなく歩き始めた。彼等の表情は真剣な顔に変わり、早歩きで進んで行くがその後ろを頭部がない巨大な魔物もついて行くのは、恐怖する光景だ。


(いくらになるか…楽しみだ)


 内心、他の冒険者に出会わないよう願っている彼等であった。

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