冒険者登録
急な眩しさで彼女の意識は浮かび上がる。
のそりと上半身を起こして、伸びをすると半開きの目が窓の外へと向けられ首を傾げる。
「…んぅ?……………」
窓の外には日が昇り、青い空が広がっていた。
ベッドの上から窓を開けると活気のある声が街の至る所から聞こえるように感じられる。
街の騒がしい声で彼女の眠気が覚めていく。
ベッドから降りてもう一度大きく伸びをすると地面に落ちている鍵を拾い扉の鍵を開け部屋の外に出る。
(洗面所とか無いよな…)
一階に降りていくと騒がしい声はせず、静かな空気で満ちていた。視線をカウンターに向け老婆が居るのを確認するとカウンターへと近付いていく。
「あれまぁ、もう起きたんかい。おはようさん」
「……顔を洗いたい、水場はどこに?」
老婆は彼女の問いに応えるようにカウンター下からタオルを彼女に手渡すと斜め後方に指をさす。
「裏に井戸があるから、そこを使いなさいな。タオルは裏手にある籠に入れておけばいいからねぇ」
「あぁ」
案内通り裏手に続く扉を潜ると周囲を塀に囲われた、石造りの地面に古くて小さい井戸がそこにはあった。
塀の先は通り道なのか足音が聞こえたりと、こちらの音も丸聞こえのようだが彼女は気にせずにタオルを首にかけ木桶で水を汲むと井戸の塀に木桶を置き顔を洗い始めた。
「冷たい」
ついでに口を濯ぎ、もう一度顔を洗い終え自分がいた場所を水で流して木桶を元の場所に戻すとタオルで顔拭いていく。
(日用品も買わないとか)
タオルを籠に入れて扉を潜り、自分の部屋へと戻ると開けていた窓を閉め、装備を身に着ける。
武器に防具と黒い外套、今の姿を見て昨日まではボロ布一枚の浮浪児だとは誰も分からないだろう。
頬がこけているが整った顔に雰囲気も相まって疲れている冒険者にも見えなくはない。
(冒険者ギルド…登録できればいいが)
一抹の不安を抱えながら斧槍を手に取り、一階の老婆に一声かけ森人の宿を出る。
外に出ると住人が出歩き、各々の生活をしていた。宿に来た時は人ひとりいなかった時とは大違いで、ここまで活気があるとは彼女も思わなかったようだ。
(門の方はもっと多そうだ)
道が狭く、人の流れに合わせて進んでいると鍛冶屋ガンテツの店が見えてきた。店の周囲には冒険者と思われる人物達が武器や防具を手に取り買うかどうかの吟味をしているようだ。
以前通った時と同じく、相変わらず金属の音がよく響いている。
店の正面を通ると武器や防具の隣に木製の値札が置いてあり、値段を見ると中々高い。
色々な値札を見ていると、ふと一つの疑問が頭に浮かぶ。
(そういや、何で読めるんだろうな…知らない文字だというのに)
習ったわけでもないのに読めたり喋れる事に疑問は生まれたが彼女はそれ以上考えたりはしなかった。
(まぁいいか…どうせ分からないしな)
鍛冶屋を通り過ぎるとそこはもう冒険者ギルド、冒険者がギルドから出たり入ったりと人の数はとても多い。
活気のある声の一部はこの冒険者ギルドも大いに含まれていると分かる。なんせ外に居るというのに人の騒がしさがよく聞こえる。
冒険者ギルドの扉は開かれており、横並びの六人でも平気で通れる大きさだ。
彼女は丁度入る集団に合わせて中へと入る。
(元気が凄いな、こっちまで気圧される)
想像していたとおり中は酔っ払いやご飯を食べている人、木の看板に貼ってある紙を真剣に見ている人、集団で話し合っているなど様々な光景が広がっていた。
奥の正面には受付と思われる場所が五つ見え、冒険者の対応をしているようだ。受付では何かの部位を見せたりと討伐の確認をする時はああやるのかと彼女は理解する。
(混んではいないんだな…)
ある冒険者が受付に向かうがそう時間はかからず、何かを紙に押す動作を受付嬢がすると冒険者は離れていく。
彼女は丁度よく空いた受付へと向かう。
「冒険者ギルドへようこそ!御用は何でしょうか!」
透き通る声と愛嬌のある笑顔で対応する人物は赤茶の髪をした綺麗な女性だった。
「冒険者の登録をしたい」
「登録ですね。でしたら…こちらの紙に記入をお願いします!」
渡された紙には名前、年齢、魔法適性、出身地、が記されていた。
「分からない所は書かなくて大丈夫ですので」
そう言うと受付嬢は鉛筆を彼女の前に置き、笑顔でこちらの様子を伺っている。
(名前は分かる…年齢はあれでいいだろう。魔法適性?分からん。出身は此処でいいのか?…いや、街の名前を知らん)
彼女は名前と年齢だけを書き、他は空欄で提出した。
「お預かりします。……なるほど、お名前はミナミさん、年齢は23、…はい!!大丈夫です」
受付嬢は紙を確認すると鉄のタグを取り出し、彼女の名前とⅨという文字をタグに彫った。
やりきった声を洩らし、削りかすを払うと笑顔で彼女に手渡した。
「はい、これがミナミさんの登録証になります!失くさないよう気をつけてくださいね!」
「あぁ」
「では!ギルドの仕組みとタグについて説明さしていただきます。まずあちらの看板をご覧ください」
彼女の指示に従い看板を見る。
「あの看板には様々な依頼が張り出されます。依頼を受ける際にはここに持ってきてもらい、私達に渡してもらえれば依頼は受理されます!ただし、受理せずに依頼をこなしても報酬は渡せないことを忘れないように!!」
「あと、討伐された魔物なども買い取りをしていますので持ち込んでいただいた場合はあそこの受付をご利用ください」
「それと、依頼にはランクがございます。依頼の紙には必要ランクも記入されていますので見逃さないようにしてください。ランクはⅨ等級からI等級までありますので、依頼をこなしていくと上の等級に上がる仕組みです。無理しない範囲で頑張りましょう!!。ふぅ…以上で説明は終わりになります。何かご不明な点はごさいますか?」
「大丈夫だ。ありがとう」
「!!?お、お礼…」
笑顔を保ち饒舌に説明していた彼女が驚愕した表情を浮かべ固まってしまう。
「…どうかしたか?」
「い、いえ。礼を言われるとは思わなかったので…」
受付嬢は目を逸らし、手を重ねて乾いた笑い声を上げる。
「……そんなに、無愛想に見えるのか…」
「………少し」
「…そうか」
「すいません!!まだ新人なものでして…今回はつい反応しちゃったというか、偶々というか…」
「気にしなくていい。自分でも話しづらい奴の認識はある…………とりあえず、依頼を見てくる」
「は、はい!!」
その場を後にして彼女は依頼の看板を見渡す。看板はいくつもあり、依頼の数も尋常じゃない程貼られている中、周辺の地名を記した大きな地図が貼られていた。
(この街がユレニア、昨日居たのがユレニア大森林、なるほど…)
地図を見て周辺の街や村、名称のある場所を頭に刻み込むと依頼を見始める。
(ヒグナ村周辺の小鬼の討伐、報酬は金貨一枚…バナリス王都までの護衛、金貨十枚…ユレニア大森林、鉱石熊一頭金貨二枚…ユレニア大森林、森狼八匹銀貨八枚…メガル村、沼鰐一頭金貨一枚…ユレニア街、荷運び銅貨九枚…ユレニア大森林、小鬼六匹の間引き銀貨一枚…)
(大森林の依頼を受けるか、近場だしな)
みなみはランクに見合った依頼を三枚剥がすと、先程の受付嬢に持って行く。
(小鬼六匹銀貨一枚…森狼三匹銀貨三枚…森兎三匹…銀貨一枚……合わせて五枚か…魔物の買取でもう少し稼げればいいが)
「これを受けたい」
「はい!お預かりします」
受付嬢は依頼の紙を受け取り他の紙に何かを書き写す。三枚の紙にサインを記入するとミナミに返した。
「ええと、小鬼、森狼、森兎、討伐の証拠として右耳を剥ぎ取ることを忘れずにお持ちください!」
「分かった」
「命大事に、ですよ!!」
受付嬢の言葉にミナミは頷き、冒険者ギルドを出た。
上には青い空と雲、日差しの強い太陽が地上を照らしているが風も相まってほどよい気温で過ごしやすい。体感的に今はお昼過ぎだろうか。
(日が落ちる前に終わらせたい)
ギルドの周囲にある露店の呼び込みを聞き、商品を見て目的の物を探しながら門へと向かっていくと、門に着く手前で大きい革の袋を露店で購入した。
(銀貨一枚か…取り戻さないと)
鞄に袋を入れ門へと近付いていくが、門にいる衛兵達は知らない顔ぶりだった。
「冒険者証はお持ちですか?」
タグを鞄から取り出して衛兵に見せる。
「はい、大丈夫です。お気をつけて」
衛兵の言葉に頷き、ユレニア大森林を目指して舗装された道を進んで行く。周囲には大勢の人が歩いており、談笑している集団、ゆっくりと進む屋根のつきの馬車、牛のような動物を引き連れている集団、一人で移動しているなど、前世と今世の記憶でも見慣れない光景に胸の高鳴りが大きくなる。
(いいな、これ……異世界で生活してる実感がある)
無表情ながらも心の中では今の時間をとても楽しんでいる彼女は他の人達とは違い舗装された道から横に逸れると、ここに来た時の道をなぞるよう進んで行く。
見渡す限りの草原には魔物一匹おらず、空を飛び回る鳥?と、のそりと動いている野生の牛?が気持ちよさそうに過ごしていた。
(街の近くは魔物が近寄らないのか……)
「…どの魔物も甘く見ないように注意だな」
そう言葉に出して気合いを入れ、早足でユレニア大森林へと向かう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夜の時とは違い、明るい大森林は緑が豊富な綺麗な森に見える。昨日は身が竦むような冷たい雰囲気を醸し出していたのに、今では爽やかな雰囲気でこちらを出迎えている。
「ここまで変わるのか…」
森の中が見やすいということもあり、身を屈ませずに足音を出来るだけ抑えながら目的の魔物を探している中、突然鼻につく臭いが漂ってきた。
独特な臭いに彼女は身に覚えのある臭いだと確信すると、身近な木の上の丈夫な枝に跳び乗る。
枝の軋む音が聞こえたが折れる気配はなく、彼女は地上の様子を見渡す。
「六…いや、七か」
10m先に食事中の小鬼が七匹見えた。原形をとどめていない何かの肉を貪るように食べている姿は隙だらけだ。
彼女から小鬼までの道は遮蔽物が少なく、多少の草や木ぐらいで見通しは良い。
(あれだけ密集してるなら…)
彼女は木から降りると斧槍を両手で持ち直し、左に振りかぶるよう構えると凄まじい速度で一直線に小鬼の下へと走り出す。
力強い足音に小鬼が気付いた時には彼女の姿が目の前に迫り、急なことに七匹揃って動けずにいた。
「「「「「「ギャ?」」」」」」
小鬼に十分近付くと勢いのまま左足を軸に大きく踏み込み、左から流れるように斧槍を振り抜く。
「ふッ!」
空気と肉を斬り裂く音とともに小鬼七匹の首は綺麗に断頭されたが、それだけでは終わらず付近の大木までも轟音を鳴らして倒れていく。
大地を震わす振動が周囲に響き、鳥が一斉に飛び立つ音も彼女の耳に入る。
「…なんだこれは」
彼女の視線の先には小鬼の死骸と七、八本の大木が転がっていた。明らかに間合いよりも遠くの物が斬れていることに彼女は驚愕を隠せない。
(飛ぶ斬撃…人間ができる範囲を超えている。それに、以前はこんな威力は出なかったはず…いつの間に)
身体能力が更に上がっていることに不思議に思いながらも、転がっている小鬼の頭から耳を斧槍で切り取っていく。
七匹全ての耳を切り取ると鞄から露店で買った大きい革袋を取り出して、耳を中にしまう。
袋はかなり分厚く、液体を弾くような革でできているのか血が滴る様子はなく、袋の容量もまだまだ余裕がある。
(取り敢えず、今は依頼優先だな…)
袋を左肩に担ぎ、倒れた大木の先に歩みを進める。先程の騒ぎで周囲の魔物が離れたと考えた彼女は移動している間には魔物を探さず、真っ直ぐに歩いてあの場所から距離を稼いだ。
(…これだけ離れれば魔物も居るだろう)
休憩のため大木を背に座ると魔法で水を丸く創り、浮かんでいる水を口の中に入れていく。
冷たい水に満足しながらそろそろ動こうと立ち上がり荷物を手に持つと、軽やかな足音が聞こえてくる。
(!?何かが近付いて来ている)
彼女はその場で飛び上がり、木の上に移動し辺りを警戒する。足音がする方向を定め、見つめていると足音が止み草や茂みの揺れる音が聞こえ始めた。
その茂みを上から眺めていると茂みから出てきたのは、大型犬よりも二回り大きい緑がかった灰色の狼だった。
(狼……森狼なのか?)
鼻を地面に付け、何かを探すよう這い回っていると彼女のいる木に近付いて来た。
狼は木の周りを嗅ぎ回り相変わらず何かを探していたが、突如狼が大きく遠吠えをする。
「ワァオォォォォン!!」
(!?こいつ、仲間を呼びやがった!)
気付かれたのか分からない状態にも関わらず狼達に囲まれることに焦りを感じると、木から飛び降り、吠えている狼目掛け斧槍をぶっ刺す。
「ギャッ!」
斧槍は頭を貫き、狼の命を一瞬にして刈り取ったが複数の足音が迫りくる。
袋と鞄を後方に投げ捨て、意識を周囲に向けていると茂みから勢いよく狼が飛び出してきた。
「ガアァルォォゥ!!」
斧槍に狼が刺さっているまま、飛び出して迫りくる狼に向け振り下ろし二匹を両断する。
二匹の血と肉を撒き散らすも直ぐに次の狼が彼女へと迫り、狼の眉間目掛け斧槍を突き出し新たに死骸を作る。
次の狼を警戒して斧槍を振るい、狼の死骸を取り外すが来る気配がない。
(近くに居たのが来たみたいだな……)
彼女は鞄と袋を拾うと素早く狼の耳を剥ぎ取っていき、斧槍に付着した血を水魔法で洗い流す。
(丁度良かったが急に来るのは心臓に悪い…そう何回も味わいたくは無いな)
「また移動だな」
視線を森深くに向け、彼女はその場を後にした。




