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ゴブリンの巣


 暫くゴブリンの血痕を辿っていると大人四人が横並びで通れる暗い洞窟がそこにはあった。

 洞窟の中からは何も聞こえず、誰もいないような静けさが漂うが地面にはゴブリンの血痕が残されている。


「………灯りが必要か」


 槍を前に突き出して先端に意識を向け集中すると、火の球体が浮かび上がる。大きさは人の頭ほどあるだろうか…このひとつの火が周囲を明るく照らす。


(感覚さえ掴めば、存外に扱えるな…)


 暗い洞窟の中へと歩き出すと火球の明るさは6m先まで届いており何かを見過ごす事はなさそうだ。

 隣で火球の燃え盛る音を響かせながら進んで行くと、足音が複数聞こえてくる。


(正確な数が分からないが…とりあえず一発)


 短剣の先端を前に突き出し火球を放つ。

 槍の時とは違い小さめな火球が暗闇に飛んでいくとゴブリンの群れが走り迫る姿が見え、直撃の瞬間一際明るくなると爆破音と悲鳴が聞こえた。


「グギャギャ!?ギャ!ギャァ゙……」


(見た限り二十匹以上……数で押される前に火球で仕留める)


 先程より大きめの火球を放ち、直撃した時の明かりを頼りにゴブリンに狙いを定め連続で撃ち込む。


(一発あたり二匹は殺れる…)


 火球を絶え間なく撃ち込んでいると、重い足音を響かせながら一際大きなゴブリンが棍棒片手に前にいるゴブリンを薙ぎ払い突き進んでくる。


(あいつは…いや、焦ることはない)


 大きいゴブリンに狙いを定め火球を創り出し顔目掛け放たれた…が、奴は他のゴブリンを使い火球を防いだ。


「グギャギャッ!!」


 ゴミでも捨てるかのように投げ捨て嘲笑う声を発して笑みを浮かべるが……次の瞬間、その顔が火に包まれ痛みに悶える声が大きく響き渡る。


「警戒しといて正解だな…」


 顔が爛れ目が見えないのか見境なく棍棒を振り回すゴブリンに大きめな火球を放つ。

 その一撃で顔は吹き飛び、上半身から徐々に燃えながら倒れ伏すと周囲のゴブリンにも火が燃え移りゴブリンにとって道を遮る障害物になった。


(…見える限り十未満)


 大きい個体が殺されると周りに居たゴブリンの動きが見るからに鈍るのが分かる。

 何匹かは後退りをして逃げようと此方の様子を窺い準備している奴や、気にせず突っ込んでくる奴もいたが冷静に一匹ずつ殺していく。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「………片付いた」


 彼女の前方にはゴブリンの死体が山積みに重なり、足の踏み場があるかも分からない。

 辺りは肉が焦げる匂いとゴブリンの体臭で満たされ、息をするのを躊躇うほどだ。


「………ふぅ」


 ゴブリンの死体を足場にしてその場を通り抜け、洞窟の奥へと歩いていると視線の先に薄っすらと橙色の揺れ動く灯りが見えた。

 少し歩き進むとそれが広い空間から漏れ出る松明の灯りだと分かる。


(最奥に着いたのか…使える物があればいいが)


 血の匂いが強くなった事を感じながらも広い空間に踏み入ると中心には大きい木造のテーブルが置かれ、溢れんばかりの食べ物がそこにはあった。右側には武器、防具、衣服、黄金に光る装飾品や硬貨など、目的の物が積み重なっていた。


「これは……………っ!!」


 しかし他の物が視界に入らないほど、左側のとある存在に意識が集中してしまい驚愕しながらも近づいて声をかけた。


「……………生きているか?」


 左側には四角い木製の檻があり、その中に一人の少女が力無く倒れていた。

 衣服は所々破かれて乱れた茶色の髪が血で固まり、微かな呼吸が聞こえるが半開きの瞳には正気があるのかも怪しいところだ。


「………み、ず…………水、を…」


 掠れた声を聞いて持ち物を手放し檻の扉を開け、少女を抱きかかえて外に出るとその場に座りこみ片手で支えながらもう片方の手で指先に水を創り少女の口に流し込む。


「…っ、っ、っ……は、ぁ…あり、がとう」


 感謝の言葉を伝えると半開きの目は完全に閉じ静かな寝息が聞こえ始めた。

 改めて少女の姿を観察すると衣服は所々破れているが脱がされた形跡が無いことに安堵の気持ちが広がる。


「………思わぬ出会いだな」


 優しく少女を床に寝かせ、乱雑に置かれている武器や防具の下に向かい様々な武器と革や鉄製の防具を手に取り自分に合うものを探していく。


(どれも状態が良さそうだ…)


 刃毀れや錆は無く鋭さが保たれている武器、損傷が少なく綺麗な防具を見る限り人間から奪った物だと分かるがやけに真新しく感じる。


(手入れだけでこんなにも綺麗に保てるものなのか?)


 傷痕が無い武器を不思議に思いながら漁り続けていると、大きい茶色の鞄が視界に入る。

 座り込み手に取ると軽めの重さが腕に伝わり何かが擦れる音が鞄から漏れ出た。


(何の音だ…)


 鞄を開けると4個の瓶と何枚かの衣服に革の巾着袋が見え、瓶を手に取り中身を見ると緑色の液体で満たされており飲んでいいものなのか困惑する。


(飲み物だよな…異世界なら回復薬って可能性も)


 瓶を鞄に戻し他の物を確認すると衣服は男物の下着と白いシャツに焦茶色のズボンが、巾着には金銀銅の三種類の硬貨が数十枚程入っていた。


(身体の汚れが酷いが…着替えるとしよう)


 身に纏っていた布を脱ぎ捨て付近に落ちていたブーツを拾い足下に置き、鞄から衣服を取り出して着替え始める。


「くっ……ぅあ…………うっ」


 シャツを着ようとするが厚めの生地が擦り傷をかすり、痛みに悶える声が静かな洞窟に響き渡りながらも全身の着替えを終わらせる。


(結構厚めの生地だな…少しきついが問題ない)


 尻が隠れる鞄付きのベルトを腰に巻き付け、大きめの革鎧を不慣れな手つきで身に着ける。

 軽く体を動かして動けるかどうか確かめると全身を覆える黒い外套を手に取り少女を包み始めようとする。


「ぐぅッ!?……わ、たしは?…いったい、なに、を」


 外套を巻き付けようと持ち上げた瞬間、突如呻き声を上げて苦悶の表情を浮かべながら困惑の言葉を少女は呟き、咄嗟に身体を下ろす。


(!?起こしてしまった……何て声をかけるか)


 少女の顔を覗くように動きが止まっていると少女の意識が段々とはっきりしてきたようだ。

 焦点が定まると少女の瞳が彼女の顔に釘付けになり、少しの間の後掠れた声が問いかける。


「…………あなたが助けてくれたの?」


「あぁ…偶々な」


「そっか……ありがとう」


 少女からの問いに低い声と無表情で答える姿は無愛想な女にしか見えないが、少女は気にしてないようだ。


「動けるか?」


「無理…まだ、動けそうにない。力が上手く入らないの」


 身を捩り起き上がろうとするが全く動けず、苦悶の表情と苦痛の声を漏らすだけだった。


「どこか痛むのか?」


「右腕が…折れてると思う」


「…少し見る」


 外套を外して右腕を見ると腫れた部分が見え、紫色に変色している肌はとても痛々しい状態だ。

 怪我を見て外套で包むべきか迷っていると少女が話かけてくる。


「一人であの数のゴブリンを相手にしたの?」


「そうだ」


「強いのね…等級はいくつ?」


「等級…何の事だ?」


「えっ、等級を知らない?その格好だから冒険者だと思ったけど…違うんだ」


 不思議そうな表情でこちらを見る少女から離れ、大きい鞄の下に向かい瓶を取り出す。


「これとか使えるだろうか?」


「それは、治癒の水薬だけど…」


 瓶の蓋を開け少女の口元に運び飲ませようとすると、戸惑いながらも遠慮がちに飲み始めた。


「んぐっ、んっ、…ありがとう」


 治癒薬を飲んだというのに傷が治る様子が見受けられず、想像とは違う効果につい言葉に出してしまう。


「治ってるようには見えないが大丈夫なのか?」


「?この治癒薬だとすぐに効果は見れないかな。これから徐々に治る感じ…かな」


「なるほど」


「…本当に何も知らないんだ」


「まぁ…な」


 会話が途切れ洞窟に静けさが戻ると、自分が人との会話が苦手だったと改めて痛感する。


(…とりあえず街まで送ろう)


「背負って移動するが大丈夫か?」


「えっ!あっ…うん、平気だよ」


 静寂からの急な問いに少女は驚きながら返事を返すと、彼女は立ち上がり外套を身に着け武器の下へと向かい漁り始めた。


(背負いながらの戦闘を考えると斧槍が扱いやすいか……あと小回りが利く頑丈な剣も欲しい)


 自分に合う剣を探していると、鞘の上から分かるほど分厚い長剣を見つけた。長剣には剣帯が巻かれており持ち運びが楽そうだ。


(これにしよう…)


 長剣を手に取り剣帯を腰に身に着け、2mはあるだろう斧槍を手に取ろうとした時…ふと思う。


(そういや、彼女の持ち物もここにあるのでは)


 少しの間硬直した後、ゆっくりと少女に振り向き話しかけた。


「…自分の持ち物はここにあるか?言ってくれれば持ってくぞ」


「!?な、ならそこの鞄とあそこの短剣をお願い」


 少女はのそりと左腕を上げ、指先で荷物の場所を弱々しく申し訳なさそうに伝えた。

 彼女は指示通りに短剣二本と小さめの鞄を拾い、茶色の大きい鞄に詰め込み、持ち運ぼうとすると…少女から声をかけられる。


「あっ、鞄は私が背負うよ…まだ身体が動かせないけど…持ち運びは出来るから」


「……いいのか?」


「大丈夫…生き残る為の協力は惜しまないよ」


 少女の声は相変わらず弱々しい声だが、会った時と比べると声に感情が込められている気がした。


「………分かった」


 彼女は鞄を手に取り少女の肩斜めに紐を掛けると少女の左手を掴んで背を向け、自分の背中に強引に乗せて左手で体を支えながら斧槍を手に取る。


「…………行くか」


「……うん」


 重そうな見た目とは裏腹に彼女の足取りは軽やかに歩き始め、広い部屋を後にした。

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